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2025/11/15

【元労働基準監督官が徹底解説】労働基準監督署が行う「送検」の全プロセスと実態

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【元労働基準監督官が徹底解説】労働基準監督署が行う「送検」の全プロセスと実態

目次

 人事労務担当者の皆様におかれましては、「労働基準監督署が労基法違反で〇〇会社を書類送検した」という記事を一度は見たことがあるのではないでしょうか。また、現状の労務管理の状況が、労働基準監督署(以下、「監督署」といいます。)の行政指導だけでなく送検(刑事罰)の対象になりえないか心配されているかたもいらっしゃるでしょう。しかしながら、行政指導について解説した記事は多くありますが、監督署が行う送検や司法捜査について詳しく解説した記事は少ないです。そこで、元労働基準監督官で司法警察事務の主任捜査官経験のある社労士が、本件について解説します。

1.労働基準監督署の役割と送検|企業が知っておくべき基本と役割

 労働基準監督官(以下、「監督官」といいます。)は監督署に所属する国家公務員で、労働基準関係法令の遵守を確保するため、行政指導(是正勧告など)を行う行政機関としての役割と、労基法第102条に基づき、犯罪捜査を行う司法警察官(司法警察職員)としての役割を兼ね備えています。

 ここでいう送検とは、監督署が刑事事件として捜査を遂げた事件について、関係書類や証拠物を添えて検察庁に事件を送致(送付)する手続き(刑事訴訟法第246条)を指します。これは、検察官に起訴・不起訴の判断を委ね、ひいて裁判所に最終的な司法処分を求めるための重要な手続きです。

 刑事事件の捜査にあたっては、任意捜査の原則がはたらきます。後に説明するように、監督官が供述調書を作成するために被疑者に出頭を求めたり、証拠書類の提出を求める場合は、相手方の任意にもとづき行われます。

 しかし、被疑者が繰り返し出頭要請に応じない、逃亡や証拠隠滅のおそれが強いと判断された場合には、裁判所の令状にもとづき捜索差押えや逮捕といった強制捜査に踏み切ることもあります。

2.司法捜査の切り替えと送検|判断基準と実際のケース

 監督官が行政指導から刑事事件の捜査(司法捜査)に切り替える場合、あるいは、初動から刑事事件として捜査をする例としては次の事項があげられます。

  • ・ 行政指導では解決できない重大・悪質な法違反: 再三の是正指導に従わない、法令違反の態様が極めて悪質であるなど、行政の指導での改善が限界と判断されるケース。
  • ・ 重大な労働災害の発生: 法令違反が原因で労働者が死亡・重傷を負うなどの重大災害を引き起こした場合。例えば法令で定められた安全装置の不設置や作業手順の不遵守などが該当します。
  • ・ 告訴または告発があった場合:
     ◦ 告訴: 法違反を認識した労働者本人が、使用者に対して処罰を求める意思をもって捜査機関に申告すること。
     ◦ 告発: 第三者(労働組合など)が、処罰を求める意思をもって捜査機関に申告すること。

これらの事由が発生した場合、監督官は司法警察職員として刑事訴訟法に基づいた捜査に着手します。

3.送検までの流れと手続き|誰が被疑者?法人も送検される?両罰規定と企業対応のポイント

捜査のイメージ(例)
着手
地検相談
(随時)
証拠収集
関係人聴取
とりまとめ
送検
このほかに、労災事故等の場合は、実況見分等を行う場合もある。

 労基法や労働安全衛生法などの違反における刑事責任の追及対象は、「使用者」や「事業者」と定められています。

被疑者の範囲

 企業の代表者(代表取締役など)が原則ですが、法令上の「使用者」には、「事業主のために行為するすべての者」も含まれます(労基法10条)。

 そのため、指揮命令権等一定の権限をもつ管理監督者等も「使用者」として取り扱われる場合もあります。

両罰規定(法人の責任追及)について

 労基法や労働安全衛生法といった労働関係法令の罰則には、両罰規定が設けられています(労基法121条1項等)。

 これは、企業の従業員が業務に関して法令違反を犯した場合、その行為者自身を罰するだけでなく、その行為を組織として防げなかった法人(会社)や行為について責任を負うべき代表者などの個人に対しても、同様に罰金刑を科すという規定です。

 この規定の趣旨は、法令違反の実質的な責任は、現場の従業員だけでなく、その行為を容認または防止できなかった企業組織全体にもあるという考え方に基づいています。これにより、単なる現場責任者への処罰に留まらず、法人としてのコンプライアンス体制の不備を厳しく問うことになります。

 具体的には、従業員である管理職などが実行行為者として立件され罰金刑が科される際、会社に対しては、両罰規定として別途罰金刑等が科されることとなります。

 実行行為者とは法違反を実際に犯した者をいいます。例えば、指揮監督や命令権をもった上長が部下に違法な時間外労働をさせた場合、その上長が実行行為者となり得ます。

4.捜査手続と送検の流れ

 刑事事件として着手すると、検察官と相談したり指示を仰ぎながら捜査を進めます。監督官は、刑事事件として立件するために、以下のプロセスで構成要件や故意等の立証に必要な証拠を収集します。

構成要件の立証のための証拠収集

 刑法犯として立件するには、法令の条文に定められた犯罪の要件(構成要件)を満たしていることを立証する必要があります。例えば法定労働時間について規定した労基法第32条違反を立証するためには、「被疑者が使用者であること」「被害者が労働者であること」「法定時間を超えて労働させたこと」を証明する必要があります。

 労基法第32条:「使用者は労働者に・・・・一週間について四十時間を超えて労働させてはならない。」

 これらの要件を立証するために、雇用契約書、賃金台帳、タイムカードなどの書類が、関係者から原則任意で提出を求められ、証拠物として領置・保管されます(刑事訴訟法第101条)。また、後に説明する被疑者や参考人からの「供述調書」に記載された供述内容も構成要件や故意の立証に用いられます。

 例えば、「労働者」であることを立証するために、「賃金台帳」等で賃金が支払われていることや、供述調書等で「使用者から指揮命令を受けて労働していること」等を立証します。

聴取と供述調書の作成

  • ・ 聴取の実施: 監督官は、被疑者や事件関係者から(特に被疑者については、黙秘権を告知した上)で事情聴取を行います。
  • ・ 供述調書の作成: 聴取した内容は供述調書という書面にまとめられ、聴取の対象者に読み聞かせを行います。そして、内容に間違いがないことを確認した上で、その者の署名・押印等を得て、証拠の一部となります。

送検の実行

 必要な聴取と証拠が揃った段階で、身柄を拘束せずに、事件に関する一件書類(捜査書類、領置した証拠物の写し、捜査報告書、監督署長の処罰意見などを記載した総括捜査報告書など)をまとめて検察庁へ送付(送致)する手続きが書類送検です。この書類には、被疑者の反省や被害者との和解状況といった情状酌量に関する事実も記載されることもあります。
なお、例外的に被疑者を逮捕した上で、身柄とともに送検することもあります。

5.送検後の措置(検察庁・裁判所での手続き)

 送検を受けた検察官は、送付された捜査書類に基づき、検察官自らも補充捜査・取調べを行った上で被疑者を起訴するかどうかを判断します。

  • ・ 起訴: 裁判にかける必要があると判断した場合。公判請求(正式な刑事裁判)または略式命令請求(罰金刑などが科される簡易な手続き)に進みます。
  • ・ 不起訴: 証拠不十分やその他の事情(示談成立、反省の度合いなど)により、起訴しないと判断した場合。捜査は終了し、不起訴の場合、刑事裁判は開かれません。

 検察官が起訴し、略式起訴や裁判所での審理を経て有罪判決が確定した場合、違反者(法人やその代表者など)には、罰金刑や懲役刑などの刑罰が科されることになります。

 厚生労働省「労働基準監督年報」に記載の令和5年の送検結果のデータは下記のとおりでした

コラム

 *処理が年度にまたがっていること等によって数値にずれが生じている場合があります。

 上記のデータによると、起訴率は34%程度となっています。なお、送検された企業については、刑罰が課されたか否かに関わらず、厚生労働省のHPに一定期間、送検された事実が掲載される場合があります。企業名が公表されると、ブランドイメージが下がる等のリスクがあり注意が必要です。

上田 真準(うえだ まさのり)

本稿執筆者
上田 真準(うえだ まさのり)
・衛生工学衛生管理者
・労働基準監督官を経て社会保険労務士登録、上場企業にて労務業務に従事の後、ASCOPEに参画

本稿執筆者からのメッセージ

 司法捜査による企業のリスクを避けるためには、日頃からの労務管理体制の徹底が不可欠です。法令遵守(コンプライアンス)の浸透と実効性のある管理体制の構築には、専門家である社会保険労務士がお力になれます。
 万が一、刑事事件化し、司法捜査に発展した場合は、検察官の起訴判断に大きな影響を与える被害者との示談交渉など、専門的な弁護活動が重要になります。その際は、弊所弁護士が法的なサポートを提供いたします。


<監修者紹介>
鈴木 亨(ASCOPEパートナー弁護士)

経歴
・平成4年4月 検事任官
・その後、東京地検特捜部検事、名古屋地検特捜部検事、公正取引委員会官房付・審査局付検事、法務総合研究所研究官、那覇地検次席検事、横浜地検特別刑事部長、名古屋地検交通部長、東京高検検事等を歴任
・平成28年12月~令和4年11月 公証人
・令和4年12月 弁護士登録

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