裁判例紹介:船体艤装職として勤務し、その後胸膜悪性中皮腫で死亡した労働者ついて、国が船体艤装職について、石綿関連疾患にり患すること防止するために必要な権限を行使しなかったとして、国の責任が認められた事例(横浜地判令和7年2月28日)
本稿執筆者
柏木 利直(かしわぎ としなお)
法律事務所 ASCOPE所属弁護士
・明治大学附属中野八王子高等学校 卒業
・明治大学法学部法律学科 卒業
・明治大学法科大学院 修了
はじめまして、弁護士の柏木利直です。
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ポイント
①亡A(以下単に「A」といいます。)は船体艤装職としてa株式会社(以下「勤務先」といいます。)の造船所において勤務し、昭和45年4月1日から昭和54年11月30日までの間、木艤装職として、天井と四方を壁で囲まれた船内で、石綿含有資材を電動ノコギリで切断したり、電動ドリルで穴をあけたりして、石綿粉じんにばく露していました。
③国の予見可能性について、建設アスベストに関する最高裁判決(最高裁判所令和3年5月17日判決(民集75巻5号1359頁参照))(以下「横浜判決」といいます。)を引用のうえ、昭和50年10月1日までに判明していた石綿粉じん濃度の測定結果、石綿関連疾患に関する医学的知見の集積状況等を考慮すれば、屋内作業員の建設作業従業員のみならず船内の木艤装職に対しても広範かつ重大な危険が生じていたといえ、国はそれを認識し得る状況にあったと認定し、同日以降の予見可能性を肯定しました。
〈目次〉
第1.事案の概要
第2.重要な争点
第3.判決
第4.判旨
第5.検討
第1.事案の概要
本件は、20年にわたって船体艤装職としてa株式会社の造船所に勤務していたAが、船内居室で石綿含有資材を電動ノコギリで切断するなどの同勤務中に石綿粉じんを吸引し、その後胸膜悪性中皮腫(以下「本件疾病」といいます。)によって死亡したところ、Aの相続人である原告らが、国の違法な規制権限不行使によってAが中皮腫で死亡したとして、国に対して、国家賠償法(以下「国賠法」といいます。)1条1項に基づく損害賠償請求をした事案です。
1.当事者
(1)原告ら
原告らは、Aの相続人です。
Aは後述のとおり、令和元年10月9日に、本件疾病により死亡している ところ、原告の一部は、令和2年11月20日、本件疾病が勤務先での業務災害に当たるとして遺族給付等請求したところ、本件疾病は労災保険法上の業務災害によるものと認定されました。
原告らは、令和3年7月27日、勤務先との間で、Aの本件疾病を理由とする死亡に対する補償金として、原告らに合計2000万円の支払を受ける旨の和解をし、同額を受領しています。
(2)亡A
亡Aは、昭和45年4月1日から昭和54年11月30日までの間は木艤 装職として、昭和54年12月1日から平成3年3月31日までの間は鉄艤装職として勤務していました。
木艤装職の職務内容は、机や椅子の船内への搬入と取り付け、居住区内及び船艙内の内壁の内張り、電動ノコギリを用いた資材の切断、及び電動ドリルを用いたビスの締付作業などであり、Aの作業場所は艦内の居室中心でした。
亡Aは平成24年3月、良性石綿胸水により治療を開始し、その後、労働災害補償保険法(以下「労災法」といいます。)の業務災害に認定されました。
そして、令和2年6月に悪性胸膜中皮腫の診断を受け、同年10月9日に死亡しました。
(3)被告
被告は、国です。
2.作業現場における石綿の存在
Aの作業内容は前述のとおりであるところ、勤務先の木艤装職が切断、取り付けをしていた居住区の仕切り壁、内張り、天井等のうち海上における人命の安全のための国際条約(以下「SOLAS条約」といいます。)適用材は、石綿含有資材であり、天井や間仕切り壁に使用されるシリカボード等にも石綿が含有されていました。
第2.重要な争点
本件での重要な争点は、国に違法な規制権限不行使が認められるかついてです。
具体的には、国が船体艤装職について作業現場に含まれる石綿にばく露することによって石綿関連疾患にり患することを予見(以下「り患予見可能性」といます。)できたか、言い換えれば、国が船内の船体艤装職について石綿関連疾患にり患する重大な危険性が生じていることについて認識し得る状況にあったと認められるかが争点です。
第3.判決
本判決は、上記作業に従事して石綿粉じんにばく露し、本件疾病によって死亡したAとの関係において、国は船内の木艤装職について石綿関連疾患にり患する重大な危険性が広範に生じており、それを認識し得る状況にあったとしたうえで、同り患することを防止するに必要な規制権限を行使しなかったことは、国賠法第1条1項の適用上違法であるとして国の責任を認め、原告らの請求を認めました。
第4.判旨
1.前提事項
裁判所は、本判決の前提として、石綿や石綿関連疾患の概要、防じんマスクの着用状況、関係法令の概要などについて示しました。
(1)石綿及び石綿関連疾患
石綿は、天然に産出される蛇紋石族及び角閃石族の繊維状けい酸塩鉱物の 総称であり、クリソタイル、クロシドライト、アモサイト、アンソフィライト、トレモライト及びアクチノライトがあります。
石綿関連疾患には、石綿肺、肺がん、中皮腫等があり、石綿肺は、石綿粉じんを大量に吸入することによって発生する疾患であり、じん肺の一種です。
肺がんは、肺に発生する悪性腫瘍の総称で、石綿粉じんのばく露量と肺がんの発症率との間には、直線的な量反応関係(累積ばく露量が増えるほど発症率が高くなること)が認められています。
中皮腫は、胸腔、腹腔等において体腔表面を覆う中皮細胞から発生する腫瘍であり、全て悪性です。中皮腫のほとんどは、石綿粉じんにばく露したことを原因とするものであり、肺がんより低濃度のばく露によっても発症し得ることが判明しています。
(2)電動ノコギリの使用による影響
電動丸のこ、電動ドリル等の電動工具で資材を加工する場合、手工具で加工する場合に比して多量の粉じんが発散します。
(3)防じんマスクの着用状況
昭和60年頃の建設現場では、吹付け工や一部のはつり工を除き、大半の労働者は防じんマスクを着用しておらず、昭和50年頃も同じ状況でした。
(4)石綿関連疾患に関する医学的知見の集積状況
国内及び国外で発表された論文等により、昭和47年には、石綿粉じんにばく露することと肺がん及び中皮腫の発症との関連性並びに肺がん及び中皮腫が潜伏期間の長い遅発性の疾患であることが明らかとなっていました。
また、労働省労働基準局長は、昭和48年7月11日付けで、「特定化学物質等障害予防規則に係る有害物質(石綿およびコールタール)の作業環境気中濃度の測定について」と題する通達(同日基発第407号。以下「昭和48年通達」といいます。)を発出しました。昭和48年通達では、石綿粉じん対策の指導を大幅に強化しているところ、通達発出の理由として、最近、石綿が肺がん、中皮腫等を発生させることが明らかとなったこと等により、各国の規制においても気中石綿粉じん濃度を抑制する措置が強化されつつあることが挙げられていました。
(5)関係法令の概要
ア 昭和47年6月8日、労働安全衛生法(以下「安衛法」といいます。)が公布され(一部を除き同年10月1日施行)、これに伴い、昭和47年法律第57号による改正前の労働基準法(以下「旧労基法」といいます。)42条以下に定められていた安全及び衛生に関する規定が改正され、労働者の安全及び衛生に関しては、安衛法の定めるところによるものとされました。
同法22条においては、事業者は、粉じん等による健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない、と定められました。
また、同法27条において、1項22条、23条等の規定によって事業者が講ずべき措置等は、省令に委任されています。
イ 内閣は、安衛法の規定に基づき、労働安全衛生法施行令(昭和47年政令第318号。以下「安衛令」といいます。一部を除き同年10月1日施行)を制定し、安衛令は、同年8月19日、公布されました。
ウ 労働大臣は、昭和47年9月30日、安衛法及び安衛令の規定に基づき、並びに安衛法を実施するため、労働安全衛生規則(同年労働省令第32号。以下「安衛則」いいます。一部を除き同年10月1日施行)を制定し、次の内容の規定が設けられました。
安衛則593条において、事業者は、粉じん等を発散する有害な場所における業務等においては、当該業務に従事する労働者に使用させるために、保護衣、保護眼鏡、呼吸用保護具等適切な保護具を備えなければならない、と定められました。
また、安衛則596条において、事業者は、593条に規定する保護具については、同時に就業する労働者の人数と同数以上を備え、常時有効かつ清潔に保持しなければならない、と定められました。
そして、安衛則597条で、593条に規定する業務に従事する労働者は、事業者から当該業務に必要な保護具の使用を命じられたときは、当該保護具を使用しなければならない、と定められました。
エ 労働大臣は、昭和47年9月30日、安衛法及び安衛令の規定に基づき、並びに安衛法を実施するため、特定化学物質等障害予防規則(昭和47年労働省令第39号。以下「特化則」といいます。一部を除き同年10月1日施行。)を制定し、旧労基法の規定に基づく特定化学物質等障害予防規則(昭和46年労働省令第11号。以下「旧特化則」といいます。)を廃止しました。特化則では、旧特化則と同様、石綿は第二類物質とされ(同則2条4号、安衛令別表第3第3号2)、第二類物質に係る作業に関し、次の内容の規定が設けられ、従来の規制がほぼそのまま引き継がれました。
特化則43条においては、事業者は、第二類物質を製造し、又は取り扱う作業場に、当該物質の粉じん等を吸入することによる労働者の健康障害を予防するため必要な呼吸用保護具を備えなければならない旨規定され、特化則45条において事業者は、特化則43条の保護具について、同時に就業する労働者の人数と同数以上を備え、常時有効かつ清潔に保持しなければならない旨規定されました。
オ 内閣は、昭和50年1月14日、安衛令を一部改正し(一部を除き同年4月1日施行)、労働大臣は、同年3月22日、安衛則を一部改正しました(安衛則別表第2の改正規定等につき同年4月1日施行)。
かかる安衛令及び安衛則の改正により、石綿及び石綿を含有する製剤その他の物(ただし、石綿の含有量が重量の5%以下のものを除く。以下、石綿と安衛令、安衛則又は特化則が規制対象とする石綿を含有する製剤その他の物とを併せて「石綿等」といいます。)が、安衛法57条に基づく表示義務の対象となり、名称、人体に及ぼす作用、取扱い上の注意等を表示すべきこととなりました(上記改正後の安衛令18条2号の2、同条39号、上記改正後の安衛則30条、32条2号の2、33条、別表第2第2号の2。ただし、昭和50年4月1日において現に存するものについては、同年9月30日までの間は、安衛法57条の規定は適用しないとの経過措置が設けられました。)。
カ 労働省労働基準局長は、昭和50年3月27日付けで、「労働安全衛生法第57条に基づく表示の具体的記載方法について」と題する通達(同日基発第170号。以下「表示方法通達」といいます。)を発出し、石綿等についての安衛法57条に基づく表示の具体的記載方法を、「注意事項多量に粉じんを吸入すると健康をそこなうおそれがありますから、下記の注意事項を守って下さい。1.粉じんが発散する屋内の取扱い作業場所には、局所排気装置を設けて下さい。2.取扱い中は、必要に応じ防じんマスクを着用して下さい。」などと示しました。
キ 労働大臣は、昭和50年9月30日、特化則を一部改正し(一部を除き同年10月1日施行)、同改正に係る石綿等に関するものの主な内容は、次のとおりです。
石綿のほか、石綿を含有する製剤その他の物(ただし、石綿の含有量が重量の5%以下のものを除く。)も、第二類物質とされ、事業者の呼吸用保護具を備える義務の対象とされるなどとしました(前記改正後の安衛令別表第3第2号4、37、上記改正後の特化則2条1項2号、2項、別表第1第4号)。
また、事業者は、石綿等を含む特別管理物質を製造し、又は取り扱う作業場には、特別管理物質の名称、人体に及ぼす作用、取扱い上の注意事項及び使用すべき保護具に係る事項を、作業に従事する労働者が見やすい箇所に掲示しなければならないとされました(上記改正後の特化則38条の3。以下、この規定を「本件掲示義務規定」という。)。
ク 労働省労働基準局長は、昭和50年10月1日付けで、「特定化学物質等障害予防規則の一部を改正する省令の施行について」と題する通達(同日基発第573号。以下「573号通達」といいます。)を発出しました。
この中で、特化則の改正は、最近特に大きな関心事となっている職業がん等職業性疾病の発生状況等に鑑み、特化則の充実を図ったものであるとされ、「特別管理物質」は、人体に対する発がん性が疫学調査の結果明らかとなった物、動物実験の結果発がんの認められたことが学会等で報告された物等人体に遅発性効果の健康障害を与える、又は治癒が著しく困難であるという有害性に着目し、特別の管理を必要とするものを定めたものであるとされました。
また、573号通達は、本件掲示義務規定の掲示事項のうち、特別管理物質の名称、人体に及ぼす作用、取扱い上の注意事項については、表示方法通達の当該部分と同一内容として差し支えないとしました。
(6)石綿粉じん濃度の規制等
ア 日本産業衛生学会は、昭和49年、昭和40年の勧告に示された石綿粉じんの許容濃度の数値の改訂を行い、クリソタイル、アモサイト、トレモライト、アンソフィライト及びアクチノライトの気中許容濃度を、時間荷重平均として、5μm(マイクロメートル)以上の繊維として1cm³当たり2本、天井値(いかなる時も15分間の平均濃度がこの値を超えてはならない数値)として、5μm以上の繊維として1cm³当たり10本とし、クロシドライトの許容濃度については、これらの濃度をはるかに下回る必要があるとしました。
同改訂理由は、石綿肺のみでなく肺及び消化器のがん及び中皮腫が注目されるようになり、日本の現行許容濃度が近年に各国で設定又は改訂された許容濃度と比較すると極めて高い値であること等が挙げられています。
イ 労働大臣は、昭和50年9月30日、特化則に基づく告示を改正し、石綿の抑制濃度の規制値を5μm以上の繊維として1cm³当たり5本と定めました(同年労働省告示第75号)。
(7)昭和50年10月1日から昭和54年11月30日までの勤務先の木艤装職の石綿粉じんばく露状況について
ア 木艤装職の作業内容は、前述のとおり天井板や間仕切り板等の原寸合わせでの切断、天井灯具や壁掛け時計、スイッチ等の取付け穴の切断などを行うといものでした。
そして、木艤装職が切断、取り付けしていた居住区の仕切り壁、内張り、天井等のうちSOLAS条約適用材は、石綿含有資材であり、また、天井や間仕切り壁に使用されるシリカボード等にも石綿が入っていたこともありました。
そのため、同作業に伴って石綿粉じんが発生していました。
イ 次に木艤装職は、溶接作業をすることがあり、溶接作業中には養生材としてグラスウール製の難燃性シートが使用されていました。木艤装職が養生材を裁断して使用する際、大量の粉じんが舞っていました。
ウ そのような作業状況の中、木擬装職は、作業中、勤務先から、マスクの着用を義務付けられることはなく、現にマスクをすることはありませんでした。木艤装職がマスクをするようになったのは、諸管の仕事をするようになった昭和54年4月頃以降でした。
エ 木艤装職の作業場は、専ら艦船の丸窓のついた居室でした。部屋は、部屋ごとに仕切られる前には、幅約20m、縦約10mの区画に、後に船内通路となる幅2mの空間に接していました。
また、この通路空間は、両舷で開口部を通して外気に接していました。各部屋は、幅20mを、船長・機関長、士官級、クルーの階級に応じて、約10m、約5m、約3mに区切られて仕切られおり、各部屋には、丸窓をつける前には縦約60cm、横約40cm、又は、直径約40cmの開孔があり、外気に接していました。
完成した居室は、鉄板の屋根と床、側壁に囲まれており、木擬装職の作業中には、蛇腹ホースが付いた通風装置により換気がなされていました。
2.国賠法上違法な規制権限不行使の判断基準
「国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国賠法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である。」(最高裁判所平成元年11月24日判決(民集43巻10号1169頁参照)、最高裁判所平成7年6月23日判決(民集49巻6号1600頁参照)、最高裁判所平成16年4月27日判決(民集58巻4号1032頁参照)、最高裁判所平成26年10月9日判決(民集68巻8号799頁参照)以下、「基準判例」といいます。)とし、同判決判断基準を引用し、本件においても判断をしました。
3.り患予見可能性について
裁判所は前述した前提事実を踏まえ、以下のとおり、国に対してり患予見可能性は認められるとしました。
(1) 昭和50年当時、木艤装職の作業現場は石綿粉じんにばく露する危険性が高い作業環境にあったところ、国による石綿粉じん対策は不十分なものであり、木艤装職に石綿関連疾患にり患する広範かつ重大な危険が生じていた。
(2) 昭和47年には、石綿粉じんにばく露することと肺がん及び中皮腫の発症との関連性並びに肺がん及び中皮腫が潜伏期間の長い遅発性の疾患であることが明らかとなっていた。
(3) 国は、昭和48年には、石綿のがん原性が明らかとなったことに伴い、石綿粉じんに対する規制を強化する必要があると認識し、昭和50年には、石綿含有資材を取り扱う木艤装職について、石綿関連疾患にり患することを防止する必要があると認識していた。
(4) 国は、昭和50年には、木艤装職が、当時の通達の示す抑制濃度を超える石綿粉じんにさらされている可能性があることを認識することができたのであり、木艤装職の作業現場における石綿粉じん濃度の測定等の調査を行えば、屋内作業場と評価し得る船内における木艤装職にも、石綿関連疾患にり患する広範かつ重大な危険が生じていることを把握することができた。
4.結論
以上認定した事実関係を前提にすれば、石綿に係る規制を強化する昭和50年の改正後の特化則が一部を除き施行された同年10月1日以降、労働大臣が、安衛法に基づく規制権限を行使して、通達を発出するなどして、石綿含有資材の表示及び石綿含有資材を取り扱う木艤装職の作業現場における掲示として、石綿含有資材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺、肺がん、中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること並びに石綿含有資材の切断等の石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すように指導監督をせず、また、同法に基づく省令制定権限を行使して、事業者に対し、船内において上記各作業に労働者を従事させる場合に呼吸用保護具を使用させることを義務付けなかったことは、上記の作業に従事して石綿粉じんにばく露した亡Bとの関係において、国賠法1条1項の適用上違法である
として、裁判所は国の規制権限不行使についての責任を認めました。
第5.検討
本判決は、国が船内の木艤装職について、石綿関連疾患にり患すること防止するに必要な権限を行使しなかったとして、国の責任が認められた事例です。
本件について、国は、国の責任を認めた横浜判決は建築現場での事案であり、本件のような造船現場と状況を異にするため同判例の射程は及ばない旨反論していました。
もっとも、石綿やそれらと石綿関連疾患との関係性に対する社会的関心が高まっていたこと、及び同社会的関心の変化に伴って各法令や政令、規則(以下「法令等」といいます。)などが変更されてきた経緯を踏まえると、建築現場のみならず造船現場においても同様に石綿ばく露、石綿関連疾患り患の危険は生じており、国はそれを予見できたとして、裁判所は国の反論を認めませんでした。
本判決での前提事実で詳細に認定されているように、石綿及石綿関連疾患の危険性が認識され始めてから何度も法令等が改正・改訂され、さらにその危険性の周知方法について表示方法通達が発されるなどしてきました。
それらの経緯を踏まえれば、造船現場を含めた石綿含有資材を取り扱う作業現場における、石綿関連疾患り患の危険性を十分認識し得た状況にあったと考えるが自然な解釈だといえます。
本判決を契機に、これまで救済されてこなかった石綿関連疾患にり患し苦しんでいる方が一人でも多く救済されることを願うばかりです。
【弁護士への相談について】
本判決は、造船所における艦内で作業していた労働者について国の責任を認めた事例であり、今後、同種事例の集積等が進んでいくと考えられます。
国に対する責任追及が認められるかどうかの見通しを判断や、裁判の中で最適な主張内容・方法の検討には、弁護士による詳細な事情の確認や専門的な判断が必要ですので、過去にアスベスト粉じんにばく露する作業に従事した方で具体的な救済方法についてご関心のある方は、ぜひ一度弁護士までご相談ください。