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2021.01.04

船舶の修繕作業に従事した結果、中皮腫に罹患して死亡した従業員の遺族が提起した訴訟において、元請会社の責任が認められた事例(大阪地裁平成23年9月16日判決)

樋沢 泰治

本稿監修者 樋沢 泰治(ひざわ たいじ)
法律事務所 ASCOPE所属弁護士

船舶の修繕作業に従事した結果、中皮腫に罹患して死亡した従業員の遺族が提起した訴訟において、元請会社の責任が認められた事例(大阪地裁平成23年9月16日判決)
【ポイント】 ①職場での石綿ばく露及びその後の中皮腫の罹患が証明された場合には、特段の事情なき限り、当該石綿ばく露と中皮腫罹患との間に因果関係が認められるとされました。 ②❶下請会社の従業員の勤務する事業所は元請会社が管理していたこと、❷元請会社の定めた安全規則等の遵守を義務付けられていたこと、❸元請会社の従業員により現場監督がされていたこと等の事情から、元請会社の安全配慮義務が認められるとされました。 ③元請会社には、遅くとも昭和42年頃までには、従業員が石綿ばく露により生命、身体に重大な障害を受ける危険性があることへの予見可能性が認められると認定されました。 ④元請会社は、粉じん作業と非粉じん作業の隔離、防じんマスクの支給・着用、必要な安全教育を行うべきであったとされました。

〈目次〉

第1 事案の概要
第2 主な争点
第3 判決
第4 判旨
第5 検討

第1 事案の概要

 本件は、被告(元請会社)の下請会社の従業員として船舶の修繕作業等に従事していた亡Eの相続人である原告が、亡Eは、被告の亡Eに対する安全配慮義務違反により、石綿粉じんにばく露した結果、中皮腫等に罹患して死亡したとして、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償金合計5149万5187円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案です。
 訴訟に至った経緯を具体的に見ると、亡Eは、以下の「★亡Eの職歴」記載の会社に勤務していましたが、被告の大阪製造所(以下「本件製造所」といいます。)に勤務した際に、以下の「★被告の作業内容」記載の石綿ばく露作業に従事しました。
 また、被告は、上記石綿ばく露作業への対策として、以下の「★被告の石綿ばく露対策」記載の対策しか採っていませんでした。
 その後、亡Eは、以下の「★被告の病歴」記載の経過により、平成22年9月6日、中皮腫により死亡しました。

★亡Eの職歴

昭和35年6月1日~
昭和40年9月13日

I株式会社J工場に勤務 耐火煉瓦の窯のガラス材料の不具合確認の仕事をしていた。 (石綿ばく露をうかがわせる具体的な形跡なし)

昭和41年6月1日~
昭和42年2月28日

船舶で鮮魚を運搬する仕事をしていた。 (石綿ばく露をうかがわせる具体的な形跡なし)

昭和34年8月27日~
昭和35年6月1日

G株式会社H出張所に勤務。 溶鉱炉内に入れるスクラップや銑鉄などの調合をしていた。 (石綿ばく露をうかがわせる具体的な形跡なし)

昭和42年4月10日~
平成18年12月21日

被告の下請会社である株式会社Fに勤務。 主として本件製造所にて船舶の修繕作業に従事していた。 (石綿ばく露作業に従事)

★被告での作業内容
・本件製造所で修繕していた船舶の内部には、機関室の断熱材に石綿布が使用されており、修繕作業を行う際には、この石綿布を取り外す作業をする必要があった。 ・断熱材の取り外し作業は、主として専門業者が行っていたが、亡Eを含む作業員が断熱材の取り外し作業をすることもあった。 ・亡Eが専門業者の来る前に断熱材周辺の針金を外したときなどに断熱材が落下することや、断熱材を広げてボルトを緩める作業をすることもあった。 ・本件製造所で扱っていた船舶には、断熱材以外にもパイプやパッキンなどに石綿製品が使用されており、亡Eがその取り外し作業をすることがあった。 ・作業員は、石綿布の取り外し作業の途中でその現場に入ると、繊維状の石綿が服の隙間から入り込んで「ちくちく」としたかゆみを感じることがあった。
★亡Eの病歴

平成19年8月30日

良性石綿胸水に罹患

時期不明

びまん性胸膜肥厚に罹患

平成21年8月頃

中皮腫に罹患

平成22年9月6日

中皮腫により死亡

★被告の石綿ばく露対策
・本件製造所での石綿布の取り外し作業等につき、石綿布の取り外しは原則専門業者が行う方針を一応採っていたが、石綿布の取り外し作業をしない作業員が石綿布の取り外し作業の現場付近で別の作業をすることがある等、作業の分離は徹底されていなかった。 ・被告は、昭和50年9月3日頃、安全規則を制定した。安全規則によれば、作業員は保護具を着用することとされたが、防じんマスク等の着用が義務付けられるのは、①作業標準によって保護具の使用が規定されている場合と、②安全管理者が保護具の使用を指示した場合に限られた。被告は、亡Eを含む作業員に対し、ガーゼマスクの着用を指示したことがあったものの、防じんマスクや防護衣の着用を指示したことはなかった。 ・亡Eを含む作業員は、作業着や工具を自前で用意しており、被告から防じんマスクや防護衣の支給を受けていなかった。安全規則によれば、作業員は、必要となったときにのみ保護具の貸出しを受けることとなっていた。 ・被告は、平成17年頃、作業員に対し、専門業者による特別教育を実施した。この際、被告は、被告及び下請会社の従業員が石綿ばく露による健康被害に基づいて労災認定されたことがあったにもかかわらず、同特別教育の際、そのことを報告しなかった。

第2 主な争点

 本判決の主な争点は、①本件製造所での石綿ばく露と中皮腫罹患との間の因果関係、②被告の安全配慮義務違反の有無です。

第3 判決

 本判決は、 亡Eに対する被告の安全配慮義務違反に基づく責任を認め、原告主張の損害額である5149万5187円のうち4624万5952円について損害として認める一部認容の判断を示しました。

第4 判旨

1 争点①(本件製造所での石綿ばく露と中皮腫罹患との間の因果関係)

(1) 石綿ばく露の機会
 本判決は、上記「★被告での作業内容」記載の亡Eの作業実態からすれば、「亡Eは、本件製造所内での作業の中で、石綿粉じんにばく露しており、その程度は健康被害を惹起するのに十分なものであったものということができる」としました。

(2) 石綿ばく露の機会
 その上で、本判決は、「中皮腫罹患のほとんどが石綿ばく露によるものとされている一方、石綿以外の物質が中皮腫の原因となることを疫学的に立証する研究はほとんどない」ことを理由に、「石綿ばく露が中皮腫罹患の原因であることと矛盾すると考えられる特段の事情がない限り、石綿ばく露と中皮腫罹患との間の因果関係が認められる」としました。

2 争点②(被告の安全配慮義務違反の有無)

(1) 被告の亡Eに対する安全配慮義務の存在
 本判決は、一般論として、使用者が負うべき安全配慮義務は、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべき」であり、「このことは、元請会社が下請会社の労働者に対して実質的に支配を及ぼしている場合にも変わらない」として、被告が亡Eに対して安全配慮義務を負っていたものとしました。
 その上で、本件の場合、被告は、
①本件事業所は元請会社が管理していたこと ②元請会社の定めた安全規則等の遵守を義務付けられていたこと ③元請会社の従業員により現場監督がされていたこと
 等の事情から、元請会社の安全配慮義務が認められると判断しました。

(2) 被告の予見可能性
 本判決は、昭和35年のじん肺法の制定までには、広く一般的に石綿粉じんが石綿肺などの危険性を有するとの知見が確立し、また、遅くとも第9回国際癌学会の結果が報告された昭和42年頃までには、我が国の研究者や関係行政庁においては、石綿の発がん性及び中皮腫との強い関連性に関する認識が相当程度深まっていたと認定しました。
 そして、造船会社である被告も、造船作業の現場において一般に大量の石綿が使用されていることに照らせば、遅くとも亡Eが本件製造所内での作業を開始した昭和42年頃には、石綿が人の生命、身体に重大な障害を与える危険性に対する予見可能性が認められるとしました。

(3) 被告の安全配慮義務違反
 上記「★被告の石綿ばく露対策」記載の被告の石綿ばく露対策について、以下の3点の安全配慮義務違反を肯定しました。
①粉じん作業と非粉じん作業の隔離を徹底せず、粉じん作業によって生じた粉じんの飛散を十分に防止しなかった点 ②防じんマスクを支給せず、又はその着用を徹底せず、防護衣等を支給しなかった点 ③必要な安全教育をしなかった点

第5 検討

1 因果関係について

 本判決で注目すべき点の1つは、中皮腫に罹患した患者の場合、①業務において石綿ばく露作業に従事したこと、②その作業後に中皮腫に罹患したことを主張立証すれば、特段の事情がない限り、石綿ばく露と中皮腫罹患との間の因果関係が認められると判断されたことです。
 例えば、肺がんの場合には、タバコ等の他の原因により罹患する可能性もあることから、肺がんが石綿ばく露によるものであることについて、相当程度の調査・検討が必要になりますが、中皮腫の場合にはそのような調査の手間がある程度省けることになります。

2 安全配慮義務違反について

 また、本判決は、元請会社の下請会社の従業員に対する安全配慮義務違反を認めたという点でも、注目すべきでしょう。特に建設業界においては、元請けや下請け、孫請けといった形で多重下請けの階層構造を呈していることが通常ですので、下請会社に従業員として勤務していた場合には、元請会社にも請求できる場合があるということは是非覚えておいていただきたい点となります。
 なお、本判決が被告に対する予見可能性の時期についても、昭和42年頃から被告に勤務していた方については救済の可能性があるという点で、一定の参考になると考えられます。
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