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2021.12.17

中皮腫の患者様による企業に対する損害賠償請求 東京地方裁判所平成22年12月1日判決

樋沢 泰治

本稿監修者 樋沢 泰治(ひざわ たいじ)
法律事務所 ASCOPE所属弁護士

中皮腫の患者様による企業に対する損害賠償請求 東京地方裁判所平成22年12月1日判決
【本判決のポイント】 ・石綿粉じんにばく露したと考えられる期間が1年7か月しかなくとも、同期間に悪性中皮腫を発症する十分な石綿粉じんばく露があったと認められ、それ以外の期間で石綿粉じんにばく露したと認められない場合には、同期間に勤めていた勤務先企業に対する損害賠償請求が認められること ・元勤務先企業が、吸収合併により現時点で存在していなくとも、吸収合併した会社に対して損害賠償請求ができること

〈目次〉

第1 本判決の事案
 1 事案の概要
 2 原告
 3 被告
第2 本判決の特徴(因果関係と勤続年数について)
 1 因果関係を認めるために必要な期間
 2 原告の具体的な作業内容
 3 原告が取り扱っていた部品における石綿の使用
 4 原告の作業環境
 5 石綿と悪性中皮腫に関する知見
 6 原告の生活環境
 7 小括
第3 被告に求められていた安全配慮義務について
第4 現存しない企業について
第5 まとめ

第1 本判決の事案

 1 事案の概要    東京地方裁判所平成22年12月1日判決(以下「本判決」といいます。)は、昭和43年4月1日にS社に入社した原告が、1年7か月の期間S社工場(以下では「本件工場」といいます。)の自動車整備工として勤務し、退社した約37年後に悪性胸膜中皮腫(以下では「中皮腫」といいます。)を発症したため、S社を吸収合併していた被告に対して、S社の安全配慮義務違反を理由として損害賠償請求を起こした事案です。

 2 原告    原告は、上記の期間S社の自動車整備工として勤務したのち、平成19年2月19日から同年3月17日まで治療を受け、悪性胸膜中皮腫と診断され、労働者災害補償保険業務上支給決定を受けました。

 3 被告    被告は、S社の権利義務関係を最終的に承継した会社です。S社は、被告の子会社で、被告社製の自動車整備会社の点検整備、修理等を目的として設立された会社でしたが、他社に吸収合併され、商号変更を行った後、平成10年7月10日に被告に吸収合併されるに至りました。

第2 本判決の特徴(因果関係と勤続年数について)

 1 因果関係を認めるために必要な期間    悪性中皮腫(以下では「中皮腫」といいます。)は、石綿粉じんにばく露した量が多いほど発症の危険性は高まりますが、ばく露量自体が多くなくとも、発症する危険性があります(1)。本判決において、原告は、元勤めていたS社に1年7か月しか勤務していませんでしたが、以下に示すように、S社で石綿粉じんにばく露したこと、そしてそれ以外の期間において石綿粉じんにばく露するとは考えられないとして、原告の中皮腫発症と原告のS社勤務時の石綿粉じん曝露との間には因果関係があると判断されました。

   (1) 参考記事

 2 原告の具体的な作業内容
  (1) 石綿含有部品に関する作業
     原告の自動者整備工としての作業のうち、石綿含有部品に関する具体的な作業は、ブレーキドラムの清掃、ガスケット交換、フリクションディスクの交換でしたが、その作業による粉じんばく露として以下の事実が認定されました。

  (2) ブレーキドラムの清掃      原告はブレーキドラム内に溜まった摩擦屑の清掃をしていましたが、ブレーキライニングの摩耗により生ずる細かな摩擦屑がブレーキドラム内に残留していました。そして、ブレーキドラム内の摩擦屑のほとんどはブレーキライニングの摩擦屑で占められていました。ブレーキドラム内の摩擦屑等を清掃する際、効率性を重視して、エアガンを使用し、分解したブレーキドラムに圧縮空気を吹き付けて摩擦屑を吹き飛ばす作業者も多く、エアガンの使用により、作業者の周囲には粉じんが舞い上がり、相当時間にわたって粉じんが滞留していました。

  (3) ガスケット交換      マフラーが不調の自動車のマフラー交換には、マフラーの構成部品であるエキゾーストサイレンサーAと同Bとを分解して切り離す必要があり、その際、両者を密着接合するガスケットBを剥がして切り離す作業が必要でした。ガスケットBは、厚さ5mm程度のアスベスト布製のもので、排気管に巻き付けられた上からエキゾーストパイプバンドで固定されていました。切離し作業は、ジャッキアップ又はリフトアップされた自動車の下で、古いガスケットをマイナスドライバーや金槌等を用いて剥がし取る方法によって行われましたが、ガスケットは高熱により排気管等に焼き付いて硬化していることが多かったため、マイナスドライバーや金槌等で叩いたり、削ったりする必要がありました。ジャッキアップした自動車につき上記作業を行う場合、高さ5cm程度の台車に仰向けに寝て、自動車の下に潜り込んで作業を行うことになり、叩いたり、削ったりした古いガスケットからは、屑の固まりや粉じんが、直接作業者の顔や頭に降りかかりました。

  (4) フリクションディスクの交換      クラッチを構成する部品の1つである円盤状のフリクションディスクは、クラッチの使用により少しずつ摩耗するため、定期的に交換が必要でした。クラッチ部を包み込むクラッチハウジングの中には、フリクションディスクの摩擦屑が入っていることがありましたが、溜まっていた摩擦屑の量はそれほど多くはなく、逆に、外部の泥や埃等も相当量含まれていました。フリクションディスクの交換は、ブレーキの分解点検、修理交換作業と同様の方法で行われ、エアガンを用いた摩擦屑の清掃が行われることもありましたが、吹き飛ばされる摩擦屑の量は、ブレーキライニングの摩擦屑に比べればかなり少なく、舞い上がった粉じんが周囲に滞留するほどの状況ではありませんでした。

 3 原告が取り扱っていた部品における石綿の使用
  (1) ブレーキにおける石綿の使用
     原告の石綿含有部品を取り扱う作業の作業内容は、上記のブレーキドラムの清掃、ガスケット交換、フリクションディスクの交換ですが、ブレーキドラムには、以下のとおり石綿が使用されていました。      ドラム式ブレーキの制輪子であるブレーキシュー外側の接触面に取り付けられたブレーキライニングには、平成7年に製造が全面禁止されるまでの間、石綿のうち専らクリソタイルが使用され、ブレーキライニングの素材中、クリソタイル繊維の占める割合は、概ね30~50%程度でした。      運転中、制動が行われてブレーキが作動すると、ブレーキライニングには600ないし800℃に達する摩擦熱が発生します。他方、ブレーキライニングに使用されていたクリソタイルは、約600℃で変質を始め、700℃で1時間加熱すると、ほとんどが非繊維質である無水珪酸マグネシウムやフォルステライト等に分解され、変質するとされています。そのため、ブレーキライニング中のクリソタイルも、摩擦熱により、相当量が分解、変質するが、全てが分解、変質するわけではなく、石綿としての構造を保ったまま残存するものもあります。また、クリソタイルは、乾燥状態で強力な粉砕を行うことにより、構造が破壊されることもあわせると、摩擦屑の総重量のうち残存するクリソタイルの占める割合については、一般に、1%未満とされており、また、摩擦屑に残存するクリソタイル繊維は、摩擦圧力により、長さ0.4μm未満に粉砕されることが多いが、長さ5μm以上の繊維もわずかながら残存するとされています。

  (2) その他の部品における石綿の使用      昭和40年代の被告製自動車には、ブレーキライニング以外にも、マフラー部のエキゾーストサイレンサーを結合するガスケット、クラッチ部のフリクションディスク等に石綿(ほぼクリソタイル)が使用されていました。

 4 原告の作業環境    本件工場には、自動車の排気ガスを排出するための設備はあったものの、粉じんを排出するための設備はなく、本件工場内の設備は石綿粉じんを除去する機能を有するものではありませんでした。    点検整備の作業は、1人の整備員が1台の自動車を受け持ち、一貫して整備する体制が採られており、エンジン部門、板金・塗装部門を除いて合計十数名の担当者が稼働していました。1人の整備員が1日に整備する自動車の数は、性能サービスの場合で3、4台、法定車検の場合は1台程度であり、それ以外の一般整備等の場合は、自動車1台の点検整備に要する時間はまちまちでした。    本件工場には、自動車全体を水平に持ち上げる4柱リフト、傾けて持ち上げる2柱リフトが併せて7基程度設置されていたほか、40ないし50cmほどジャッキアップされ、「馬」と呼ばれる鉄製の台(リジッド・ラック)に乗せられた自動車が3m程度の間隔で並び、合計十数台の自動車が同時並行で整備されていました。    各整備員は、毎日作業終了後にほうきとちりとりを用いて床面の掃き掃除を行い、エンジンピットについては毎日、他の箇所については1週間ないし1か月に1回程度、床面を水洗いしていましたが、工場の床面には、エアガンにより吹き飛ばされたブレーキライニングの摩擦屑などを含め、自動車の整備により出た粉じんや埃などがしばしば堆積していて、その場所で作業を行ったり、床面の掃き掃除を行ったりするたびに、堆積していた粉じん等が舞い上がっていました。

 5 石綿と悪性中皮腫に関する知見    中皮腫は、内臓の表面と体壁の内側をそれぞれ覆う漿膜の表層に位置する中皮細胞に発生するがん(悪性腫瘍)を指します。発生部位に応じて、胸膜中皮腫、腹膜中皮腫、心膜中皮腫、精巣鞘膜中皮腫に分類され、胸膜中皮腫が全体の80~85%を占めます。悪性中皮腫の原因物質として疫学的に立証されているものとしては、石綿とエリオナイト(火山性の天然鉱物繊維)が掲げられますが、悪性中皮腫の8割以上が石綿に起因するとされます。なお、悪性中皮腫発症の機序については未解明の部分が多く、喫煙との関連性についても現時点では明らかでありません。    予後不良とされ、発症からの2年生存率は約30%、5年生存率は4%以下ともいわれ、標準的な治療法はいまだ確立されていません。    石綿粉じんばく露により発症する悪性中皮腫の特徴として、ばく露期間の長短にかかわらず発症例が存在すること(ただし、低濃度の石綿ばく露であるほど発症リスクは減少する。)、ばく露から発症までの潜伏期間が長いことが掲げられています。平成11年度から平成15年度までの労災認定事例における石綿ばく露期間と悪性胸膜中皮腫発症までの潜伏期間は、次のとおりです。

平均値 中央値 最小値-
最大値
ばく露期間(年) 20.3 17.1 1.5-
50.2
潜伏期間(年) 38.8 39.3 11.4-
70.8
 6 原告の生活環境    原告は、S社入社前は、自動車整備専門学校で学んでいました。そして、原告は昭和43年4月、S社に入社し、翌44年12月にS社を退社しました。その後、原告は飲食店で修業を積み、洋食系飲食店を開業して40年近く営んできました。    原告の周囲の環境として、S社退職後、住居や洋食系飲食店で浮遊性石綿は使用されていないと認定されました。

 7 小括    裁判所は、原告の石綿粉じんばく露の程度について、本件工場において、工場全体に粉じんが立ちこめるような状況であったとまではいえないと認定したうえで、狭い空間にリフトアップ又はジャッキアップされた自動車が数多く並び、その下に潜り込むような形で整備作業が行われていたことから、整備員1人あたりの作業空間は相当に限られたものであり、原告は、そのような空間において、使用が黙認されていたエアガンを用い、圧縮空気によりブレーキドラム内に溜まった微細な摩擦屑を吹き飛ばす作業を行っていたのであるから、少なくとも原告の周囲の作業空間においては、エアガンを使用するたびに局所的に相当濃度の粉じんが発生飛散していたと認定しました。本件工場においては、1日1人あたり3、4台を処理していたから、ブレーキドラムの点検整備のみをとっても1日12ないし16回程度は粉じんが発生、飛散し、その間、床面を水洗いするなどしていたことは認められないから、原告が動くたびに、床面に堆積した粉じんが再び飛散することを繰り返していたと判断しました。そして、ブレーキ制動時の摩擦熱や摩耗によりブレーキライニングに使用されていたクリソタイルの多くが分解、変質していたとしても、なお分解、変質することなく残存するクリソタイルもあったのであるから、上記作業により原告が吸引した粉じんの中には、相当量のクリソタイルが含まれ、その中には悪性中皮腫を発症させるに十分な長さのものも相当数含まれていた高度の蓋然性が認められると結論付けました。    また、マフラーの構成部品であるガスケットの交換作業に際しては、車体の下に入り、仰向けの状態で、直上でアスベスト布製のガスケットを引き剥がす作業を行い、ガスケットの屑や粉じんが顔に落下したこともあったのであるから、上記作業中、クリソタイルを含有する粉じんを直接吸引したものと判断しました。    以上に加え、労災認定事例に基づく統計資料によれば、石綿ばく露期間が1.5年という事例も認められるところであるから、原告は、約1年7か月にわたる自動車整備工としての就業期間中、相当量のクリソタイルを吸引したものと認められ、その中には悪性中皮腫を発症させるに十分な長さのクリソタイル繊維が相当数含まれていた高度の蓋然性が認められるというべきと結論付けました。

第3 被告に求められていた安全配慮義務について

  一般に安全配慮義務違反として損害賠償請求をする場合には、損害の発生、つまり石綿粉じんのばく露することによる石綿関連疾患発症という事態が想定できたという予見可能性(①)、そしてその予見可能性に基づいて、石綿関連疾患発症という結果を回避するために、石綿粉じんばく露から労働者を守る措置を講じるべきである義務を負っていた(②)ということまで認定される必要があります。   そして、これらのうち①の予見可能性については、当時の医学的知見から、原告がS社に勤務していた昭和34、35年当時において、国や行政官庁においては、石綿粉じんが発がん性を有することの認識は深まっていたことについては認められています。他方で、企業の予見可能性については各企業の実態に即して認定されます(2)。本判決では、予見可能性と予見可能性に基づく結果回避義務が認められました。

 (2) アスベスト関連疾病の業務災害認定基準については、「石綿による疾病の認定基準について」(平15.9.19基発0919001号)という緩和された基準を示す通達があります。その後の平18.2.9基発029001号においてはさらに基準が緩和されています。

第4 現存しない企業について

  本判決において、被告がS社の責任を負うことについては特段争われていないため、判決文では簡潔に記載されているのみですが、原告が石綿粉じんにばく露したと認定された期間における原告の使用者はS社です。   しかし、本判決においては、被告はS社を吸収合併していることから、S社の権利義務を包括的に承継したとして、原告はS社を包括的に承継した被告に対して損害賠償請求ができると判断しました。

第5 まとめ

  本判決は、石綿粉じんにばく露したと考えられる期間が1年7か月という比較的短い期間の場合にも元雇用主に対して請求が認められています。この点について、本判決では、労災認定事例を参照しながら、悪性中皮腫が業務に起因するかということについて、原告の具体的な作業内容及びばく露状況、職務以外で石綿粉じんにばく露する機会が無いかなどを踏まえ判断されています。したがって、単に石綿を扱っていたにとどまらず、具体的にどのような作業を行っていたか、その際にどのように石綿粉じんが舞っていたか、そしてそれを吸い込むような環境下であったかが重要であると考えられます。   また、既に元勤め先の会社が無い場合であっても、本件のように吸収合併されている場合には、吸収合併した会社に対して損害賠償請求ができる場合があります。

【相談のポイント】

 本判決は、石綿粉じんにばく露した時期、作業内容、作業現場の状況等を詳細に認定し、原告の請求を認めています。
 ご相談される際は、改めてご自身の職歴を振り返って見るとともに、石綿にばく露したと思われる時期、その時の作業内容、作業現場の状況等、当時を思い出しながら話していただくと相談がスムーズになると思われます。

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