裁判例紹介:労働者が注文先の工場等での作業で石綿粉じんにばく露したことが原因で石綿肺により死亡等したとして、雇用会社の責任が認められた事例(岡山地判平成25年4月26日労判1078号20頁)
本稿執筆者
矢口 裕崇(やぐち ひろたか)
法律事務所 ASCOPE所属弁護士
はじめまして。弁護士の矢口裕崇です。
法律問題は突然の出来事として訪れることが多く、どのように対処すべきか分からず、不安を感じられる方も少なくありません。そのような状況において、少しでも安心してご相談いただけるよう、丁寧にお話を伺い、ご事情に寄り添いながら最善の解決策をご提案することを心がけております。
ご相談者様お一人おひとりの状況やお気持ちを大切にしながら、誠実に対応させていただきます。「相談してよかった」「頼んでよかった」と感じていただけるよう、尽力いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。
ポイント
Y1社に雇用されていた元従業員らは、当時、Y1社が工場や加工場を有しておらず、注文先の他社の工場等において、保温断熱工事を行っていたところ、石綿粉じんにばく露したという事案において、
②雇用会社であるY1社について、Y1社は、元従業員らを雇用していたのであるから、その雇用契約の付随義務として、信義則上、その生命および健康等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務等を負うにもかかわらず、Y1社がそのような義務を怠ったと認定され、Y1社の責任が認められました。
②注文先であるY2社について、Y2社と元従業員らとの間に実質的な使用従属関係があるとは認められず、その他に両者が特別な社会的接触の関係に入ったとは認められないから、Y2社が、元従業員らに対して、安全配慮義務または信義則上の注意義務を負っていたとは認定されず、Y2社の責任は否定されました。
〈目次〉
第1.事案の概要
第2.重要な争点
第3.判決
第4.判旨
第5.検討
第1.事案の概要
本件は、被告Y1社(以下、単に「Y1社」といいます。)に雇用され、Y1社の注文主である被告Y2社(以下、単に「Y2社」といいます。)の工場で昭和30年代から50年代(人によっては平成19年10月まで)にかけて勤務していた元従業員らとその相続人ら(以下、併せて「原告ら」といいます。)が、石綿を含有する保温断熱材を使用して保温断熱工事を行わせた結果として石綿粉じんにばく露したために石綿肺や肺がんにり患し、死亡したものとして、Y1社およびY2社を相手取り、不法行為または安全配慮義務違反による債務不履行責任として損害賠償請求をした事案です。
1.当事者
(1)原告ら
原告らは、Y1社に雇用され、Y2社の工場で勤務していた従業員ら(以下「元従業員ら」といいます。)とその相続人らです。
(2)Y1社およびY2社
Y1社は、断熱工事、保温保冷工事を主たる業とする株式会社でした。Y1社は、当時、工場や加工場を有しておらず、従業員が注文主である他社の工場に出向いて、その工場の現場において、保温断熱工事等などを行う事業形態でした。
そして、Y1社は、Y2社からY2社の工場の配管の保温断熱工事等を請け負い、Y1社の従業員である元従業員らを、その工事に従事させました。Y1社は、Y2社の敷地内に事務所兼作業所(以下、単に「事務所」といいます。)を設置していました。
2.石綿粉じんのばく露状況等
(1)元従業員らの石綿粉じんのばく露状況状況
Y1社の従業員であった元従業員らは、Y2社の工場において保温断熱工事に従事していました。そして、その際には、石綿粉じんが発生していました。
Y1社は、昭和38年頃から、Y2社の工場の配管の保温断熱工事の際に、元従業員らが「シリカ」と呼んでいた訴外A株式会社製のけい酸カルシウム保温断熱材であるダイヤライトおよびダイヤライトL(以下「シリカ」といいます。)を使用するようになりました。シリカには、当時、石綿が含まれていました。
元従業員らは、Y2社の工場において保温断熱工事に従事していた際、遅くともシリカが使用されるようになった昭和38年以降、石綿を含む粉じんにばく露したと認定されています。
(2)元従業員らの病態
元従業員らは、石綿のばく露が原因となり、肺がんに罹患し、また石綿肺等により死亡しています。
(3)Y1社の当時の対応
Y1社は、本件当時、事務所内の作業場に局所排気装置を設置したり、作業場や作業現場において散水を行ったりはしていませんでした。また、Y1社は、Y2社に対して、Y2社の工場内に局所排気装置を設置するよう求めることもありませんでした。Y1社は、事務所に呼吸用保護具を数個備え付けていましたが、その個数は、Y2社の工場で保温断熱工事に同時に従事する従業員の人数に満たないものでした。
また、Y1社は、元従業員らに対して、石綿の危険性を教えるとともに、石綿粉じんへのばく露を予防するために、適切に防じんマスクの着用を指導したり、事務所内への石綿粉じんの流入を防止するために必要な措置をとるよう指導したりするなど石綿粉じんへのばく露を予防するために必要な教育や指導を行ってはいませんでした。
3.石綿に対する規制
昭和4年に日本において石綿肺が報告され、その後昭和12年から15年にかけて石綿工場従業員の検診が実施されるなど、それ以降も、石綿の危険性に関する知見が集積していきました。その後、国は、昭和22年制定の労働基準法で石綿を含むじん肺による危害防止について定め、昭和31年および昭和33年の通達によって、石綿粉じんに従事する労働者の健康被害を防止するために石綿粉じんが発散する場所での労働に関する規制等を定め、昭和35年にはじん肺法が制定されました。
じん肺法では、それが適用される粉じん作業として、石綿に関連する作業を具体的に挙げ、石綿の粉じん作業に労働者を従事させる使用者に対する義務が法令上規定されるに至りました。
その後も昭和43年および昭和46年の通達における局所排気装置の設置に関する監督指導、昭和46年制定の特化則による局所排気装置の設置義務付けなど規制が強化されていきました。
4.Y2社と、Y1社および元従業員らとの関係
(1)契約関係
元従業員らは、Y1社に雇用されているのみで、Y2社とは雇用関係にありませんでした。
また、Y1社とY2社との間の契約において、Y1社が独立した請負業者であることが明示されていました。Y1社の義務として、Y2社らの定める規則および指示に従う義務、報告義務などが定められていましたが、Y1社の従業員の規則や指図の遵守については、Y1社がその責任を負うこととされており、Y1社の工事の一切の事項を処理する現場責任者の行為についても、Y1社がY2社に対して責任を負うものとされていました。
(2)実際の作業についての関係
保温断熱工事について、Y2社からY1社に対して、工事場所や納期等の指示はありましたが、工事内容についての指示はなく、Y2社から交付される仕様書もJIS規格に従って作成されていました。現場においても、工事の内容について、Y2の従業員が元従業員らに直接の指示を与えていませんでした。
第2.重要な争点
本件の重要な争点は、①Y1社の安全配慮義務等違反が認められるか、②Y2社の安全配慮義務違反または注意義務違反が認められるかです。
第3.判決
本判決は、Y1社については、安全配慮義務等違反を理由とした債務不履行等に基づく責任が認められるとして、病態等に応じて、1750万円から2500万円、の慰謝料の支払いを命じました(ただし、喫煙歴及び退社後の自営による石綿ばく露作業による割合減額がありました。)。
他方で、Y2社については、元従業員らに対する安全配慮義務違反または注意義務違反は認められないとして、原告らの請求を退けました。
第4.判旨
本裁判例は、上記第2の争点について、概要以下のとおり判示しました。
1.争点①(Y1社の安全配慮義務等違反)
(1)安全配慮義務等違反の前提としての予見可能性
まず、Y1社に安全配慮義務等の違反があったかどうかが問題となるところ、その前提として、元従業員らが石綿粉じんにばく露していた当時、石綿粉じんにばく露することによって、石綿肺や石綿を原因とする肺がんにり患することの予見が可能であったことが必要であるから、その点について検討する。
そして、その予見可能性を判断する上での、使用者が認識すべき予見義務の内容は、生命、健康という被害法益の重大性に鑑み、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧があれば足り、生命、健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はないと解すべきである。
(2)Y1社に予見可能性があったこと
上記の状況からすれば、遅くとも、昭和35年のじん肺法の制定後、Y1社がシリカを使用するようになった昭和38年頃までには、石綿を含有する保温断熱材を使用した保温断熱工事に労働者を従事させていたY1社において、石綿粉じんへのばく露が生命、健康に重大な障害を与える危険性があることを認識することができ、かつ、認識すべきであったと認めるのが相当である。
これに対し、Y1社は、零細企業であること、石綿の使用が完全には禁止されていなかったことなどを理由に昭和55年頃より前には石綿の危険性について予見可能性がなかったと主張するが、石綿の危険性に関する規制の一連の経過に鑑みれば、零細企業であることなどを理由に昭和38年の時点で予見可能性がないとはいえないから、Y1の主張を採用することはできない。
(3)Y1社の負う安全配慮義務等の内容
元従業員らは、Y1社の従業員であったのであるから、Y1社は、元従業員らとの雇用契約の付随義務として、信義則上、その生命および健康等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務またはそのような社会的関係に基づく信義則上の注意義務を負う。
Y1社は、上記のとおり、石綿粉じんが人の生命、健康を害する危険性を認識できたのであるから、石綿製品を扱い、石綿粉じんへのばく露を伴う作業に労働者を従事させる使用者として、元従業員らの作業内容および作業環境、元従業員らが就業していた当時の知見および法令等による規制を踏まえ、❶発生した石綿粉じんを除去し、飛散を防止するとともに、元従業員らが石綿粉じんを吸入しないように措置を講じる義務、❷石綿を伴う作業に従事する元従業員らに対して、石綿の危険性および石綿粉じんへのばく露の予防について、教育や指導を行う義務を負っていたというべきである。
(4) 安全配慮義務等違反があったこと
ア ❶物的措置義務
Y1社は、元従業員らを石綿粉じんにばく露するおそれのある保温断熱工事等に従事させるに当たり、発生した石綿粉じんを除去し、飛散を防止するために、事務所内の作業場に局所排気装置を設置したり、作業場や作業現場において散水したりする義務があったと認められる。また、Y1社には、元従業員らが保温断熱工事に従事するY2社の工場内の石綿粉じんを除去し、飛散を防止するために、Y2社に対してY2社工場内に局所排気装置の設置を求める義務があったと認められる。
さらに、Y1社には、元従業員らが石綿粉じんを吸入することを防ぐため、同時に就労する労働者の人数と同数以上の粉じんマスク等の呼吸用保護具を備え付けておく義務があったと認められる。
しかし、上記のとおり、Y1社が、事務所内の作業場に局所排気装置を設置したり、作業場や作業現場において散水を行ったと認めることはできず、Y2社に対して、Y2の工場内に局所排気装置の設置を求めたと認めることもできない。また、Y2社の工場で保温断熱工事に同時に従事する従業員と同数以上の呼吸用保護具が備え付けられていたと認めることもできない。
そうすると、Y1社は、発生した石綿粉じんを除去し、飛散を防止するとともに、元従業員らが石綿粉じんを吸入しないように措置を講じる義務に違反したと認められる。
イ ❷教育・指導義務
Y1社は、石綿を扱う作業に従事する元従業員らに対して、石綿の危険性を教示するとともに、石綿粉じんへのばく露を予防するために、適切に防じんマスクの着用を指導したり、事務所内への石綿粉じんの流入を防止するために必要な措置をとるよう指導するなど石綿粉じんへのばく露を予防するために必要な教育や指導を行う義務があったと認められる。
しかし、上記のとおり、Y1社が、元従業員らに対して、必要な教育や指導を行っていたとは認められない。
そうすると、Y1社は石綿を扱う作業に従事する元従業員らに対して、石綿の危険性および石綿粉じんへのばく露の予防について、教育や指導を行う義務に違反したと認められる。
ウ Y1社の反論が採用できないこと
Y1社は、上記アおよびイの各義務を果たしたとしても、当時の技術水準からすれば、石綿を十分に排除することができず、元従業員らの石綿ばく露を完全に防ぐことはできなかったから、結果回避可能性がなく、Y1社は責任を負わないと主張する。
しかし、石綿肺や石綿を原因とする肺がんは、石綿粉じんへのばく露量と発症との間に一定の相関関係が認められるところ、Y1社について、安全配慮義務等の違反があったことは上記アおよびイのとおりであって、Y1社が安全配慮義務を果たしていれば、元従業員らの石綿粉じんへのばく露量を相当減らすことができたと認められるから、結果回避可能性がないとはいえず、Y1社の主張を採用することができない。
エ 結論
以上のとおり、Y1社は、元従業員らに対する安全配慮義務違反に違反したと認められるから、安全配慮義務違反に基づく責任を負う。
2.争点②(Y2社の安全配慮義務違反または注意義務違反)
(1)Y2社が安全配慮義務を負わないこと
Y2社とY1社との間で請負契約が締結されているものの、Y2社と元従業員らとの間に雇用契約は締結されていない。
このような場合には、原則として、注文者は請負人の労働者に対して安全配慮義務を負うものではないが、注文者と請負人の労働者とが実質的な使用従属関係にあるなど、雇用契約に準ずる特別な社会的接触の関係に入ったと認められる場合には、信義則上、注文者は、請負人の労働者に対し、その生命、身体等を危険から保護するように配慮すべき安全配慮義務を負うと解するのが相当である。
しかし、元従業員らはY1社の担当者の指揮命令に従って保温断熱工事に従事していたのであり、Y2社と元従業員らとが、実質的な使用従属関係にあったとは認められない。また、その他に両者が特別な社会的接触の関係に入ったと認めるに足りる事情もない。
そうすると、Y2社は、元従業員らに対して安全配慮義務を負っていたと認めることはできない。
(2)結論
上記事情などに鑑みれば、被告は、元従業員らに対し、信義則上の注意義務を負っていたと認めることもできない。
したがって、Y2社は、元従業員らに対し、安全配慮義務または注意義務を負っているとは認められず、原告らのそれらの義務違反に基づく請求には理由がない。
第5.検討
1.安全配慮義務等違反の前提としての予見可能性
本裁判例は、安全配慮義務違反の前提として予見可能性が要求されるとし、Y1社がシリカを使用するようになった昭和38年頃には遅くとも、上記内容の予見義務があり予見可能性があった旨判示し、その理由として昭和35年のじん肺法制定後であることを挙げました。
以上を踏まえますと、本裁判例は、じん肺法が制定された昭和35年以降に、同法が適用される石綿粉じんばく露作業に従事させた使用者には、予見可能性を認める可能性があるという考え方に立っていると解されます。
2.雇用先会社に対する安全配慮義務違反について
本裁判例は、Y1社が元従業員らに対して負う安全配慮義務等の性質を、雇用契約の付随義務と判示しました。
さらに、本裁判例は、石綿製品を扱い、石綿粉じんへのばく露を伴う作業に労働者を従事させる使用者につき、安全配慮義務等として、以下の2つの義務を負うとしました。1つ目は、発生した石綿粉じんを除去し、飛散を防止するとともに、元従業員らが石綿粉じんを吸入しないように措置を講じる義務、2つ目は、石綿を扱う作業に従事する元従業員らに対して、石綿の危険性および石綿粉じんへのばく露の予防について、教育や指導を行う義務です。
本裁判例によれば、石綿製品を扱い、その従業員を石綿粉じんへのばく露を伴う作業に従事させる雇用先会社は、その従業員の勤務場所にかかわらず、その者に対して、上記2つの安全配慮義務等を負う可能性があると考えられます。
3.雇用先でない会社に対する安全配慮義務違反について
本裁判例は、注文者が請負人の労働者と雇用契約を締結しない場合に、原則として、注文者はその労働者に対して安全配慮義務を負うものではないが、そのような場合にでも、注文者とその労働者とが実質的な使用従属関係にあるなど、雇用契約に準ずる特別な社会的接触の関係に入ったと認められる場合には、信義則上、注文者は、その労働者に対し、その生命および身体等を危険から保護するように配慮すべき安全配慮義務を負う旨の判示をしました。
本件では、Y1社の義務として、Y2社らの定める規則および指示に従う義務、報告義務などが定められていましたが、Y1社の従業員の規則や指図の遵守については、Y1社がその責任を負うこととされており、Y1社の工事の一切の事項を処理する現場責任者の行為についても、Y1社がY2社に対して責任を負うものとされていました。また、Y2社からY1社に対して、工事内容についての指示はなく、現場においても、工事の内容について、Y2社の従業員が元従業員らに直接の指示を与えていませんでした。
このように、本件において、Y2社は、Y1社の元従業員らに対して、直接的に指図、指示することはなく、Y2社とY1社の元従業員らとの間には、契約上も実態上も実質的な使用従属関係が認められなかったことから、安全配慮義務を負わないものと判断されていると解されます。
以上を踏まえますと、本裁判例は、雇用先でない会社(注文者等)がその請負人の労働者に対する安全配慮義務を負う可能性があることを前提に、安全配慮義務を負う場合とは、その会社が、現場において当該会社の規則に従わせたり、工事内容について直接指示したり、注文者の機材を使用させたりするなどの雇用契約に準ずるような特別な社会的接触の関係に入ったと認められる場合であると考えているのだと解されます。
これは、「下請企業の労働者が元請企業の作業場で労務の提供をするに当たり、元請企業の管理する設備工具等を用い、事実上元請企業の指揮監督を受けて稼働し、その作業内容も元請企業の従業員とほとんど同じであったなど原判示の事実関係の下においては、元請企業は、信義則上、右労働者に対し安全配慮義務を負う。」旨判示した最判平成3年4月11日(集民162号295頁)と同様の枠組みで判断されているものと思われます。
【弁護士への相談について】
本裁判例の判示を前提としますと、石綿製品が使われていた場所で作業を行った方が石綿関連疾患を発症してしまった場合、雇用先会社とは異なる会社の工場で作業に従事していた方であっても、雇用先会社に対する損害賠償請求が認められる可能性があるのみならず、その工場の会社からの指揮命令に従って作業に従事していたときには、その会社に対する損害賠償請求についても認められる可能性があります。
本裁判例のように、訴訟においては、具体的な作業内容・ばく露状況に加え、会社の行うべきであった石綿粉じん対策の内容等が具体的に検討することが必要です。
会社に対する責任追及が認められるかどうかの見通しを判断するためには、弁護士による詳細な事情の確認や専門的な判断が必要ですので、過去にアスベスト粉じんにばく露する作業に従事した方で具体的な救済方法についてご関心のある方は、ぜひ一度弁護士までご相談ください。