本稿執筆者
森﨑 蓮(もりさき れん)
法律事務所 ASCOPE所属弁護士
長崎県立長崎東高等学校 卒業
早稲田大学法学部 卒業
早稲田大学法科大学院 修了
早稲田大学法科大学院 アカデミックアドバイザー(2022年~)
日々を過ごす中で気になることがございましたら、遠慮なくご相談いただければと思います。小さな悩みを解消することが大きな不安を取り除くことにもつながります。皆様の一助となれるよう尽力します。どうぞよろしくお願いいたします。
目次
1 はじめに
2 局所排気装置の機能、用途、種類について
3 最高裁判所判例における局所排気装置の説明
4 局所排気装置をめぐる現在の法令整備について
5 石綿工場における石綿健康被害について考えられる救済制度等のご紹介
1 はじめに
石綿工場等の業務中における石綿ばく露が原因で、石綿関連疾患(石綿肺、中皮腫など)を発症された方については、労災補償や石綿救済法の申請といった救済制度の活用のほか、国または勤務先に対する損害賠償請求といった方法が考えられます。
国または勤務先に対する請求については、訴訟が考えられますが、これらの法的手続の中で、局所排気装置の設置について、設置の可否、設置の有無、設置時期・設置箇所等について議論がなされることがあります。
そこで、本記事においては、特に石綿工場における作業により罹患したアスベスト関連疾患について各種救済方法をご検討されている方に向けて、
局所排気装置について、主に①「機能や用途、種類について」、②「最高裁の判例上どのように説明されているか」、③現行の法令上の取扱いの3点を解説します。
2 局所排気装置の機能、用途、種類について
局所排気装置とは、粉じんなどの有害物質を作業者が吸引することを防止するために、管(ダクト)によって有害物質を野外に排出する装置のことを指します。
石綿作業に従事するにあたっては、作業する労働者は常に石綿粉じんにさらされうる危険性があり、石綿粉じんにばく露すると、石綿関連疾患(石綿肺、中皮腫など)を将来的に発症する危険性が増加します。
そのため、作業場においては粉じんを吸引することを防ぐために防じんマスクなどの保護具を着用することが必須となりますが、これに加えて作業場内に飛散している粉じんを排気する措置を取ることも必要となります。
石綿粉じんの発生源のそばにフード(空気の吸い込み口)を設置し、常に粉じんを吸引するような局所的な気流をつくることで、作業場内に石綿粉じんが拡散する前に石綿粉じんを排出します。
局所排気を効果的に行うためには、発散源の形、大きさ、作業の状況に適合した形と大きさのフードを使うことが重要です。局所排気装置のフードには、気流の力で有害物質をフードに吸引する補足フード(囲い式、外付け式)と有害物質の方からフードに飛び込んでくるレシーバー式フードがあります。
具体的には、局所排気装置には以下のものがあります。
(1) 外付け式フード
開口面の外にある発散源の周囲に吸込み気流を作って、周りの空気と一緒に有害物質を吸引する排気装置です。
有害物質とともに周囲の空気を一緒に吸引するため、排風量を大きくしないと十分な能力が得られないことが問題としてあります。
作業者が発散源とフードの間に立ち入ると、フードに吸引される高濃度の有害物質にばく露する危険性があるため、そのような立ち入りをしないように作業者は業務に従事する必要があります。
外付け式フードの型式と適応する作業例としては、以下のものがあります。
型式 |
適応作業例 |
スロット型 |
混合、ふるい分け、ふりかけ、メッキ、洗浄溶解、浸漬塗装、鋳物砂落とし |
ルーバ型 |
溶解、混合、解体、鋳物砂落とし |
グリッド型 |
粉砕、塗装、接着、鋳物砂落とし |
円形型 |
溶接、混合、ふるい分け、溶解、袋詰め、粉砕 |
長方形型 |
溶接、混合、ふるい分け、溶解、極板加工、切断、ふりかけ、袋詰め |
(2) 囲い式フード
発散源を囲い、開口面に吸い込み気流を与えることによって有害物質がフード外へ流出することを防ぎ、ばく露を防ぐことができます。(1)の外付け式フードと比べて、外乱気流による影響を受けにくく、小さい排風量で効果が得られる、最も効果的なフードです。
型式 |
概要 |
適応作業例 |
カバー型 |
発散源がフードにほぼ完全に囲い込まれていて、隙間程度の開口部しかないもの |
粉砕、混合、ふるい分け、撹拌、コンベア、乾燥、仕込み |
グローブボックス型 |
アイソトープの取扱い、毒ガスの取扱い |
ドラフトチャンバ型 |
発散源はフードに囲い込まれているが、作業の都合上、囲いの一面が開口しているもの |
袋詰め、分析、調合、研磨 |
建築ブース型 |
溶接、粉砕、混合、撹拌、極板加工、切断、吹き付け塗装、酸洗い |
(3) レシーバー式フード
発散源に熱浮力による上昇気流、回転に伴う気流があって、有害物質がその気流に乗って飛散するときに、気流の方向に沿って粉じん、ガス、蒸気を捕集するように設けたフードです。
型式 |
適応作業例 |
キャノピー型 |
炉、焼入、鍛造、溶融 |
円形型 |
研磨 |
長方形型 |
研磨 |
カバー型(グラインダ型) |
研磨、炉 |
3 最高裁判所判例における局所排気装置の説明
以下では、局所排気装置について、その意義や設置に関して判断した最高裁判例をご紹介いたします。
大阪泉南アスベスト国家賠償請求訴訟上告審判決
(最高裁判所第一小法廷平成26年10月9日判決・判例時報2241号13頁)
①局所排気装置について
最高裁判所は、局所排気装置について以下のように定義しております。
「局所排気装置は、主として、発散源から飛散する有害物を捕集するためのフード、有害物を含んだ空気を清浄化するための除じん装置、これらをつなぐダクト、有害物を捕集する気流を人工的に発生させるためのファン、清浄化された空気を屋外に排出するための排出口等によって構成されるものである。」
②局所排気装置に関する技術的知見の進展及び規制の経過について
上記最高裁判決は、局所排気装置に関する技術的知見及び規制の経過について、下記の経過を辿ってきたと判示しております。
・昭和32年9月:「労働環境の改善とその技術-局所排気装置による-」の発行
「我が国における最初の局所排気に関するまとまった技術書であり、局所排気装置を設計するに当たって必要となる基本的な事項が記載されている。」
・昭和33年5月:「職業病予防のための労働環境の改善等の促進について」と題する通達の発出
「粉じん作業等につき労働環境の改善等予防対策のよるべき一般的措置の種類をその別紙『労働環境における職業病予防に関する技術指針』(以下『別紙技術指針』という。)に定めたとしてその実施の促進を指示した。別紙技術指針は、作業の種類、発散有害物、その抑制目標限度、準拠すべき測定法、労働環境に対する措置等を定め、石綿に関する作業の労働環境に対する措置として、石綿等の破砕、ふるい分け、ときほぐし等については、局所排気装置を設けることを、石綿等の積込み及び運搬については、でき得る限り局所排気装置を設けることを定めるとともに、局所排気装置の技術方法については昭和32年資料を参照することとした。」
・昭和35年:じん肺法の施行
・昭和39年:じん肺法に基づくじん肺審議会の下に粉じん抑制技術を開発するための専門部会が設置
「専門部会において、局所排気装置の設計等について具体的かつ平易に説明した標準的技術書を作成すべく検討が進められ、その検討結果は、昭和41年1月、『局所排気装置の標準設計と保守管理(基本編)』と題する書籍(労働省労働基準局安全衛生部編。以下『昭和41年資料』という。)として発行された。」
・昭和41年:都道府県労働基準局長宛ての通達を発出し、昭和41年資料を局所排気装置の施工業者等に対する指導書として活用し局所排気装置の知識及び技術の普及を図るよう指示
・昭和43、46年:都道府県労働基準局長宛ての通達を発出し、石綿工場に局所排気装置を設置するよう指導することなどを指示
・昭和46年4月28日:旧特化則の制定
「旧特化則は、石綿等を規制対象として、粉じん等が発散する屋内作業場については当該発散源に局所排気装置を設けなければならないものとし(4条)、局所排気装置の要件として、フード、ダクト、ファン及び排出口の設置位置等について定めた上(6条1項)、フードの外側における粉じん等の濃度(以下『抑制濃度』という。)が労働大臣(筆者注:当時 以下同じ。)が定める値を超えないものとする能力を有するものでなければならないとした(同条2項)。」
※その後、安衛法の制定に伴い、旧特化則は廃止され、特化則が制定されたましたが、局所排気装置に関する規制内容は、旧特化則とほとんど同じ内容です。
・昭和47年:「局所排気装置フード設計資料集成-応用編-」発行
フードの設計について作業ごとに整理して発行
・昭和53年2月:「局所排気装置フード設計資料集成-粉じん(石綿)編-」発行
石綿に関する作業の特殊性に対応した局所排気装置のフードの実例やその効果等について記載
③労働大臣の規制権限の不行使について
「労働大臣は、昭和33年頃以降、石綿工場に局所排気装置を設置することの義務付けが可能となった段階で、できる限り速やかに、旧労基法に基づく省令制定権限を適切に行使し、罰則をもって上記の義務付けを行って局所排気装置の普及を図るべきであったということができる。そして、昭和33年には、局所排気装置の設置等に関する実用的な知識及び技術が相当程度普及して石綿工場において有効に機能する局所排気装置を設置することが可能となり、石綿工場に局所排気装置を設置することを義務付けるために必要な実用性のある技術的知見が存在するに至っていたものと解するのが相当である。
そうすると、昭和33年当時、労働大臣が、旧労基法に基づく省令制定権限を行使して石綿工場に局所排気装置を設置することを義務付けることが可能であったと解する余地があり、そうであるとすれば、同年以降、労働大臣が上記省令制定権限を行使しなかったことが、国家賠償法1条1項の適用上違法となる余地があることになる。」
そして、最高裁は、旧特化則が制定されるまで、罰則をもって石綿工場に局所排気装置の設置を義務付けることをしなかった国について、規制権限の不行使があったとして、国の責任を認めました。
4 局所排気装置をめぐる現在の法令整備について
現在の法令において、労働安全衛生法第88条は、「事業者は、機械等で、危険若しくは有害な作業を必要とするもの、危険な場所において使用するもの又は危険若しくは健康障害を防止するため使用するもののうち、厚生労働省令で定めるものを設置し、若しくは移転し、又はこれらの主要構造部分を変更しようとするときは、その計画を当該工事の開始の日の三十日前までに、厚生労働省令で定めるところにより、労働基準監督署長に届け出なければならない。」と規定しています。
そして、同法が委任する石綿障害予防規則(平成十七年厚生労働省令第二十一号、以下「本規則」と記載します。)では、事業者は、石綿等の粉じんが発散する屋内作業場については、局所排気装置を設けなければならない旨を定めております(本規則第12条第1項参照、一部例外あり)。
⑴ 性能について(本規則第16条)
局所排気装置の性能については、本規則第16条の定める以下の事項に適合するものである必要があります。
①フードは、石綿等の粉じんの発散源ごとに設けられ、かつ、外付け式又はレシーバー式のフードにあっては、当該発散源にできるだけ近い位置に設けられていること。
②ダクトは、長さができるだけ短く、ベンドの数ができるだけ少なく、かつ、適当な箇所に掃除口が設けられている等掃除しやすい構造のものであること。
③排気口は、屋外に設けられていること。ただし、石綿の分析の作業に労働者を従事させる場合において、排気口からの石綿等の粉じんの排出を防止するための措置を講じたときは、この限りでない。
④厚生労働大臣が定める性能(厚生労働省告示第129号)を有するものであること。
⑵ 稼働について(本規則第17条)
事業者は、局所排気装置の稼働について、労働者が石綿等に係る作業に従事する間、厚生労働大臣が定める要件を満たすように稼働させなければならない旨規定しております(本規則第17条第1項)。
5 石綿工場における石綿健康被害について考えられる救済制度等のご紹介
上記で説明した局所排気装置の設置が不十分あるいは使用されていなかった石綿工場等において、石綿関連業務に従事したことで石綿にばく露し、石綿関連疾患を発症してしまった方については、以下の手続を行える可能性があります。
① 労災制度による補償
仕事が原因となって生じた負傷、疾病、障害、死亡(業務災害)を被った労働者やそのご遺族に対して保険給付などがなされる制度です。
② 石綿健康被害救済制度(石綿による健康被害の救済に関する法律)に基づく給付
石綿による健康被害の特殊性にかんがみ、石綿による健康被害を受けられた方及びそのご遺族の方で、労災補償等の対象とならない方に対し迅速な救済を図ることを目的とした制度です。
③ 国に対する損害賠償請求(工場型国賠)
上記最高裁判決を受け、国は、昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までの間に、局所排気装置を設置すべき石綿工場内において、石綿粉じんにばく露する作業に従事したことにより、石綿関連疾患を発症してしまった被災者の方について、和解等により損害賠償金を支払う運用を行っています。
手続としては、訴訟の提起が必要です。
④ 使用者(又は一定の要件を満たす元請企業)に対する損害賠償請求
※石綿関連疾患を発症されている方で、各制度の利用を検討されている方は、弊所に一度お問い合わせください。
【弁護士への相談について】
石綿肺などの石綿関連疾患の診断を受け、治療を受けている方で、過去に石綿製品を製造する工場等において業務に従事した経験のある方は、上述した手続を行える可能性がありますので、ぜひ一度弊所までお問い合わせください。
また、当時従事していた作業の詳細が分からない場合であっても、お気軽に弁護士までご相談ください。現在の状況で、どのような手続を進められる可能性があるのか一緒に検討させていただきます。