造船所構内で下請企業の従業員として働いており、じん肺管理区分決定を受けた従業員に対し、じん肺管理区分決定の基礎として用いられているエックス線画像よりも精密なCT画像によりじん肺罹患が認められないとして従業員の請求を棄却した原審を破棄して、じん肺管理区分決定から従業員のじん肺罹患を推認し、じん肺罹患を理由とする損害賠償請求を認めた事例(広島高裁平成26年9月24日判決)。
本稿執筆者
水谷 由記(みずにた ゆき)
法律事務所 ASCOPE所属弁護士
はじめまして、弁護士の水谷由記です。
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〈判決のポイント〉
①石綿を用いた作業に長年従事しており、じん肺管理区分決定を受けていた従業員に対し、同決定から従業員のじん肺罹患を推認し、そして、推認を覆す事情が認められないことから、従業員のじん肺罹患を認定しました。
②被告会社の下請従業員であり、直接の雇用関係にない従業員であっても、元請会社が下請従業員に対して、人的側面・物的側面において支配を及ぼしており、特別な社会的接触の関係に入っていると認められる事情があることから、被告会社に信義則上の安全配慮義務違反を認めました。
第1 事案の概要
本件は、被告会社が設置する造船所(以下、「a造船所」といいます。)構内で下請ないし孫請会社の従業員として船舶建造ないし修繕の労務に従事していた労働者X1、X2、X3、B(以下、「亡B」といい、上記4名を総称して「下請従業員ら」といいます。)が、同造船所における労働に起因してじん肺に罹患したと主張して、X1、X2、X3及び亡Bの相続人であるX4が被告会社に対し、安全配慮義務違反ないし不法行為に基づいて損害賠償金等の支払いを求めた事案です。
原審は、➀下請従業員らの粉じんばく露自体は否定できないが、そのばく露量はじん肺罹患を推認させるほどの高濃度ばく露とまで認められない、②下請従業員らはじん肺法が定める管理区分決定を受けているので、じん肺に罹患したことにつき、一定の推認が働くが、そのCT画像には、じん肺所見が認められないから、直ちにじん肺罹患を認定することはできず、そのほかにじん肺罹患を基礎付ける的確な証拠はなく、じん肺に罹患していると認定するには足りないとして、下請従業員らの請求を棄却しました。
下請従業員らが当該原審の判決を不服として控訴したのが、今回の控訴審です。
1 当事者
被告会社は、船舶・鑑定の建造、修理その他産業機械等の製造、修理、販売等を業とする会社であり、下関市内にa造船所を保有し、各種船舶の建造、修理を行っていました。下請従業員らは、いずれも下請ないし孫請会社の従業員として、a造船所構内において作業経験を有する者でした。
2 造船作業内容
(1) 造船作業の特性
一般に、造船作業は、ブロック組立からエンジン・機器類の据付け、居住区製作取付けを経て船が完成し引き渡されるまでの間、複数の作業が重層的に行われます。そして、作業工程に遅れが生じたときなどは、同じ作業区画内において電気溶接、ガス切断、配管・配線、機器類取付け、塗装作業などが同時進行する混在作業が行われることがあります。
(2) 船舶におけるアスベストの使用状況
財団法人日本船舶技術研究協会が作成した「船舶における適正なアスベストの取扱いに関するマニュアル」、及び厚生労働省が作成した「石綿ばく露歴把握のための手引」からすると、造船作業は、一般的にアスベスト粉じんばく露の可能性が高い職種と認められています。
そして、船舶の建造年が古いほど、アスベストが使用されている可能性が高く、範囲も広くなり、昭和50年以前の建造船では、吹付けアスベスト材を含め、耐火材、保温断熱材、防音材、シール材等、広範囲にわたって使用されており、昭和50年から平成2年までの建造船では、内装材(天井材、壁材、床材)、配管用パッキンを含むシール材、ブレーキやクラッチの耐摩耗材等に使用されており、平成2年以降の建造船では、配管用パッキン、ブレーキやクラッチの耐摩耗材の一部に、それぞれアスベストが使用されていました。
アスベスト含有製品は広く用いられていたのにもかかわらず、船の機関室には換気装置が付いていない船が多く、仮に換気装置が付いていても船内作業中は作動させていなかったことから、昭和50年以前の新造船の建造工事及び修繕船工事においては、アスベスト粉じんばく露の危険性は高く、昭和50年以降平成2年までの新造船の建造工事においても、アスベスト粉じんばく露の危険性はあり、昭和50年以降であっても、昭和50年以前の建造船が修繕船として持ち込まれれば、船内の各修繕作業におけるアスベスト粉じんばく露の危険性は相当高いものでした。
(3) 下請従業員らの作業内容及び作業期間
ア X1について
X1は、昭和31年5月から昭和47年7月まで、仕上工として、a造船所内の修繕・新造船の機関室内で働いており、主に、修繕船の機関室内にある蒸気弁類等の分解修理・受検作業と主機関換装作業(スチームエンジンを撤去して、ディーゼルエンジンを据え付ける作業)などを担当していました。
修理作業の際には、配管等に巻き付けられたアスベスト布団をハンマーで叩き割って取り除き、配管等を修理し、再度アスベスト布団を巻き付けるという作業を行っていました。
イ X2について
X2は、昭和30年3月から昭和37年6月まで、昭和46年2月から昭和48年9月まで及び昭和55年ころから昭和60年9月まで新造船船室内を職場とし、昭和61年9月以降平成6年3月まで新造船及び修繕船の室内を職場としていました。
X2は、船内の乗組員室や客室の室内装飾に携わっており、具体的には、①作業場所の掃除、②区画マーキング(図面どおりに家具などの置く位置を記すこと)、③木製化粧板(アスベスト含有材を含む。)を固定するためにピース(小型鉄板)やボルトを一定間隔に電気溶接する作業、④部屋の壁・天井・床などに防熱材等の取付け用ボルト、チャンネルなどを電気溶接する作業、⑤居住区を区画する鉄板に木製品を取り付ける際、ガス切断機やグラインダーを使用して鉄板を一部切断する作業、⑥根太を固定して、室内実寸にあわせてアスベスト板を電動のこぎりで切断加工する作業、⑦グラスウール・ロックウール板をカッターナイフで切断加工し取り付ける作業、⑧家具類の取付け、⑨床張り作業を行っていました。
このように、X2が行っていた作業は専ら船内の乗組員室や客室の室内装飾であり、客室の壁材は昭和40年代までアスベスト板又はアスベスト含有製品が主流でした。
ウ X3について
X3は、昭和48年6月から昭和52年3月まで新造船の船室内等を職場とし、同月から平成10年10月までは新造船及び修繕船の船室内等を職場としていました。
X3は、主に、内装作業後の船室内等の清掃を行っており、内装作業に従事する大工からの依頼があれば、大工の作業補助を行っていました。X3が担当する清掃作業においては、日常的にアスベスト粉じんやアスベスト板の切り屑が残存しており、X3は、これらを収集して処理するという作業を行っていました。
エ 亡Bについて
亡Bは,昭和47年8月から昭和63年7月まで,訴外会社所属のアスベスト加工取付けの作業員として,a造船所内の構内建屋及び船内で働いていました。
亡Bは、a造船所において、機関室内において、蒸気管等の保温防熱に用いるアスベスト布団の製造作業、及び機関室内のパイプ等にアスベスト布を巻き付ける作業を行っていました。これらの作業の際、亡Bは、ロール状のアスベスト布をほとんど素手の状態でハサミ等の道具を用いて裁断し、巻き付け作業中の際は、アスベスト布から埃が生じている状況でした。
3 じん肺管理区分制度の概要
(1) じん肺法
じん肺法は、じん肺に関し、適正な予防及び健康管理その他必要な措置を講ずることにより、労働者の健康の保持その他福祉の増進に寄与することを目的として制定され、この目的を実現するためにじん肺管理区分制度が定められています。そして、石綿肺についても、じん肺法及びじん肺管理区分制度の対象となっています。
(2) じん肺管理区分
じん肺法は、粉じん作業に従事する労働者を、後述のじん肺健康診断の結果に基づき、エックス線写真の像とじん肺健康診断の結果に従って、じん肺を管理1から4に区分しており、労働省安全衛生部労働衛生課(当時)編「じん肺診査ハンドブック」(以下「ハンドブック」という。)に規定された検査の実施方法に従い、じん肺健康診断を実施しています。
そして、じん肺健康診断においては、じん肺にかかるおそれがあると認められる作業についての職歴、直接撮影による胸部全域のエックス線写真による検査、既往歴の調査、胸部の自覚症状及び他覚所見の有無の検査、肺機能検査、その他肺機能を調べるために必要な検査、合併症の有無等の検査を行うことになっています。
(3) じん肺管理区分決定の手続
じん肺管理区分2~4の決定は、まず一般の医師が労働者に対してじん肺健康診断を行い、次いで、同診断におけるエックス線写真及びじん肺健康診断結果証明書等を基礎として、地方じん肺診査医(じん肺に関し相当な学識経験を有する医師のうちから厚生労働大臣が任命した者)が診断又は診査を行い、これにより、都道府県労働局長が行うのであり、管理区分決定にあたっては、一般の医師及び地方じん肺診査医の少なくとも2名の医師による診査を受けることとなります。
4 下請従業員らの管理区分決定及び病態
(1) X1について
X1は、じん肺健康診断を受け、じん肺管理区分決定の手続きに則り、管理区分2の決定を受けた者であり、合併症として続発性気管支炎を発症しました。
(2) X2について
X2は、じん肺健康診断において、管理区分2の決定を受け、じん肺合併症としての続発性気管支炎の診断を受け、その後、じん肺合併症続発性気管支炎の認定に基づく労災保険の支給決定を受けました。
なお、X2は訴訟継続中に死亡し、X2の死亡診断書には、直接死因が急性呼吸不全、その原因が痰喀出不良、全身衰弱、その原因が石綿肺、肺アスペルギルス症と記載されており、死亡後の病理組織検査においては、直接の死因として、両側誤嚥性肺炎による呼吸不全が疑われるとされました。
(3) X3について
X3は、じん肺健康診断を受け、じん肺管理区分決定の手続きに則り、管理区分2の決定を受けました。
(4) 亡Bについて
亡Bは、じん肺健康診断を受け、じん肺管理区分決定の手続きに則り、管理区分4の決定を受けた者であり、亡Bの死亡診断書には、直接死因について肺炎、直接には死因に関係しないが直接死因の傷病経過に影響を及ぼした傷病名等として、じん肺、慢性気管支炎の記載がありました。
第2 主な争点
本件の主な争点は、①下請従業員らのじん肺罹患の有無及びa造船所における作業歴とじん肺との因果関係、②被告会社の下請従業員らに対する安全配慮義務違反の有無です。
第3 判決
被告会社の下請従業員らに対する安全配慮義務の不履行に基づく債務不履行責任が認められ、原判決は取り消され、下請け従業員ら(原告ら)の請求は認容されました。
第4 判旨
1 ①下請従業員らのじん肺罹患の有無及びa造船所における作業歴とじん肺との因果関係
(1) 管理区分決定とじん肺罹患の認定
裁判所は、「じん肺管理区分制度は行政上の制度であり、民事訴訟制度とはその目的を異にするから、管理区分決定をもって民事訴訟手続上直ちにじん肺の罹患を認定すべきことにならない」としつつも、「じん肺管理区分は、その過程に複数の医師を関与させ、一般の医師によるじん肺健康診断、地方じん肺診査医の診断・診査という2つの段階での医学的な観点からの検討を経て、判定されるものであり、じん肺健康診断においては、粉じん作業についての職歴の調査、エックス線写真による検査、胸部臨床検査、肺機能検査が行われ、地方じん肺診査医の診断・診査も、上記じん肺健康診断の結果に基づいて行われるものであるから、じん肺法における管理区分制度は、多角的総合的な検討の結果に基づいて、健康管理等の措置の必要性を判断する制度ということができる」と判示しました。
そして、「じん肺健康診断において実施される粉じん作業についての職歴の調査、エックス線写真による検査、胸部臨床検査、肺機能検査等は、今日の医学的知見に基づくじん肺ないしアスベスト肺についての診断方法に沿うものであり、胸部単純エックス線診断は、国際的にも単純エックス線写真を基として分類され、過去半世紀近くに渡り繰り返し検討され、改訂されてきたものであり、その信用性は認められる」と判断しました。
(2) 管理区分決定によるじん肺罹患の推認
裁判所は、「じん肺法におけるじん肺管理区分制度は、じん肺罹患の有無及びその病状の程度を正確に判断することについて高度の信用性が認められるから、管理区分2以上の管理区分決定を受けた者は、特段の事情がない限り、じん肺に罹患していることが推認されるというべき」と判断しました。もっとも、上記の推認は、これを争う者において反証を許さない類のものではなく、推認を否定する事情があれば、推認が覆される可能性があることも示しました。
(3) 被告会社が主張する推認を覆す事情
ア CT画像について
被告会社は、CT画像所見の方が単純エックス線写真所見よりも精度が高いことを前提に、病理所見におけるアスベスト肺の診断基準として、細気管支周囲の線維化を挙げ、それがCT画像においては、胸膜直下の小葉中心性粒状影として見られるところ、下請従業員らに当該所見が見られないことから、アスベスト肺に罹患している事実は認められないと主張していました。
これに対し、裁判所は、細気管支周囲の線維化所見は、アスベスト肺の線維化の進展によっては蜂窩肺所見などに変容し、これに伴い呼吸細気管支周囲の線維化所見は消失するという医学的知見があることに照らせば、細気管支周囲の線維化の有無は診断基準の1要素とはなるものの、同線維化の有無によって直ちにアスベスト肺罹患の有無を判定できるものではないと判断し、CT画像における胸膜直下の小葉中心性粒状影の有無はアスベスト肺の診断基準の1要素に過ぎず、肺野全体のCT画像において同粒状影が確認されないことによって、直ちにアスベスト肺に罹患していないことにはならないと判断しました。
また、CTの精度については、「CTがエックス線画像よりも陰影ないし病変の検出に優れているといえるところはあるとしても、CTであっても精度に限界があることから、エックス線画像による診断の補助としてCTを用いるというのが、現時点でのアスベスト肺の臨床診断における一般的な医学的知見であるから、CT画像所見でアスベスト肺罹患の所見(胸膜直下の小葉中心性粒状影)が認められないとしても、そのことをもって直ちにじん肺の推認が覆るものではないというべき」と判示しました。
イ X2の剖検結果
被告会社は、アスベスト肺に罹患しているか否かの判断基準として、病理所見としては細気管支周囲の線維化の有無の判断によるべきと主張し、X2死亡後の病理組織検査(剖検)において、アスベスト肺の所見である細気管支周囲の線維化を認められないことから、X2はアスベスト肺に罹患していないと主張していました。
これに対し、裁判所は、前述のとおり、呼吸細気管支周囲の線維化所見は、医学的知見に照らして、アスベスト肺の診断基準の1要素とはなるものの、同線維化の有無によって直ちにアスベスト肺罹患の有無を判定できるものではないと判断しました。
そして、X2の肺底部では、アスベスト肺が進行した状態とされる蜂窩状構造の所見があること及びアスベスト小体が多数存在することからすれば、X2についてはアスベスト肺の罹患の事実を認定することができると判断しました。
(4) 下請従業員らのじん肺罹患の有無
下請従業員らは管理区分決定を受けたことからじん肺に罹患したことが推認され、この推認はCT画像の検討やその他被告会社が指摘する事情によって覆されるものではなく、また一件記録によっても、他に上記推認を覆すに足りる事情が存在するとは窺えないことから、下請従業員らはじん肺に罹患したと認めるのが相当としました。
(5) 下請従業員らのa造船所における就労歴とじん肺との因果関係について
ア a造船所の作業環境
裁判所は、a造船所の労働組合の記録や証言などを根拠に、「a造船所では、昭和52年までは機関室や居住区を含め所内全体で、アスベストを含有する建材等が日常的に用いられており、混在作業がたびたび行われており、換気も十分でなく、新造船の建造工事と修繕船工事の各作業において、アスベスト粉じんばく露の危険は高かったと認定されました。昭和53年以後は、アスベストの含有率は低くなったものの、平成2年ころまではアスベスト含有の保温断熱材が使用されていたことから、新造船の建造工事と修繕船工事の各作業において、アスベスト粉じんばく露の危険は相当あり、昭和50年以降においても、同年以前に建造された船の修繕では、機関室や居住区でアスベストを高い割合で含有する建材等が多く使用されており、船内の作業によってアスベスト粉じんが発生しており、修繕船工事の作業において、アスベスト粉じんばく露の危険があった」と認定しました。
イ 下請従業員らのアスベストばく露の有無
(ア) X1について
X1の作業内容からすると、X1は、a造船所において、昭和31年5月から昭和47年7月までの約16年余りにわたって、日常的にアスベスト粉じんにばく露していたと認められました。
(イ) X2について
X2が行っていた作業は、日常的にアスベスト粉じんやその他の粉じんが作業場に浮遊し、また作業着に付着する可能性があるものであり、X2は、a造船所において、昭和30年3月から昭和37年6月まで、及び昭和46年2月から昭和48年9月までの合計10年にわたって日常的にアスベスト粉じんにばく露していたこと、昭和55年以降もアスベスト粉じんにばく露する機会があったと認められました。
(ウ) X3について
X3の作業内容からすると、X3は、a造船所において、昭和48年6月から昭和52年ころまで約4年間にわたって日常的にアスベスト粉じんにばく露していたこと、それ以降もアスベスト粉じんにばく露していたことを認められました。
(エ) 亡Bについて
亡Bの作業内容からすると、亡Bは、a造船所において、昭和47年8月から昭和63年7月ころまでアスベスト含有製品を直接加工、使用する作業を行っていたのだから、約16年間にわたって日常的にアスベスト粉じんにばく露していたと認定されました。
ウ 下請従業員らのじん肺罹患とa造船所内の労働の因果関係の有無
上記認定のとおり、下請従業員らは、長期間にわたってアスベスト粉じん職場であるa造船所において勤務し、アスベスト粉じんにばく露する機会が継続していたと認められるのであるから、下請従業員らのじん肺罹患の原因として、a造船所内の粉じん以外の原因が存在することを認めるに足りる証拠はなく、下請従業員らのじん肺罹患がa造船所内の労働に起因する粉じんばく露によるものであることを推認できるというべきと判断されました。
2 ②被告会社の下請従業員らに対する安全配慮義務違反の有無
(1) 被告会社(元請企業)の安全配慮義務の内容
裁判所は、「安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の附随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般に認められるべきものである(最高裁昭和50年2月25日第3小法廷判決・民集29巻2号143頁参照)ところ、元請企業と下請ないし孫請会社の従業員の関係のように直接の契約関係がない場合は、元請企業が下請労働者に対し作業の遂行に関する指示その他の管理を行うことにより、人的側面について支配を及ぼしていること、また、作業の場所の決定、作業の処理に要する機械、設備、材料、資材などの調達を下請会社が行わず、元請企業が下請労働者の作業環境を決定するなどして、物的側面について支配を及ぼしていることを要する」としました。
(2) a造船所における作業の遂行に関する指示その他の管理(人的側面)について
裁判所は、a造船所では、被告会社が作業工程表及び仕様書を用いて、下請・孫請会社の作業遂行を管理しており、必要な場合は被告会社従業員が下請・孫請従業員に直接指示を行っていたものであるから、被告会社は下請従業員らに対して作業の遂行に関する指示その他の管理を行うことにより人的側面について支配を及ぼしていたということができる旨判断しました。
(3) a造船所における調達、作業環境等(物的側面)について
下請従業員らは、主な作業について被告会社の調達した工具、設備、材料、資材等を用いて行っており、下請従業員らの勤務先は被告会社のa造船所以外の下請、孫請の仕事を全く行っていなかったこと等からすると、下請従業員らの勤務先である下請、孫請会社が作業の処理に要する機械、設備、材料、資材などの調達を行っておらず、被告会社が下請従業員ら下請、孫請労働者の作業環境を決定するなどして、物的側面について支配を及ぼしていたということができると判断しました。
(4) 被告会社の安全配慮義務の有無
下請従業員らに対して作業の遂行に関する指示その他の管理を行うことにより人的側面について支配を及ぼしていたといえ、かつ、下請従業員らの勤務先は作業の処理に要する機械、設備、材料、資材などの調達を行わず、被告会社が下請従業員ら下請、孫請労働者の作業環境を決定するなどして、物的側面について支配を及ぼしていたものであるから、被告会社と下請従業員らは特別な社会的接触の関係に入っているということができ、被告会社には、下請従業員らに対する安全配慮義務が認められるとしました。
(5) 被告会社の安全配慮義務の内容
裁判所は、「下請従業員らの作業は健康被害を引き起こす蓋然性が大きい粉じん作業であり、a造船所の事業者である被告会社は、遅くともじん肺法が施行された昭和35年以降は、粉じん作業従事者のじん肺罹患やその増悪を防ぐため、その当時実践可能な最高の工学的技術水準に基づいて、粉じん発生ないしばく露の防止・抑制を主体とするじん肺防止策を実施して、粉じん作業従事者の生命・健康を保護すべき安全配慮義務を負っていたというべきであり、換気対策や防じんマスクの支給などの粉じん障害防止措置をとるべきであった」と認定しました。
(6) 被告会社の安全配慮義務違反の有無
裁判所は、「被告会社は、機関室に換気装置が付いていない船が多く、仮に換気装置が付いていても船内作業中は作動させていなかったこと、労働組合が被告会社に対して、複数回、作業環境の改善を求めたにもかかわらず、適切な改善措置が講じられていなかったこと、平成10年までマスクの支給をしていなかったこと、そもそもa造船所において定期的な粉じん測定を行っていなかったこと等の事情から、被告会社が、粉じん作業従事者の生命・健康維持のために、粉じん発生ないしばく露の防止・抑制の対策として、十分なじん肺防止策を実施したとはいえない」として、粉じん作業従事者の生命・健康を保護すべき安全配慮義務の違反を認定しました。
3 下請従業員らの損害について
裁判所は、「下請従業員らは、各々管理区分決定を受けているから、その管理区分に相当する損害が生じていることを推認でき、損害額(慰謝料額)については、じん肺法の管理区分決定を重要な指標とするのが相当である」として、以下の損害額を認定しました。
管理区分2該当者で合併症がない場合 1000万円
管理区分2該当者で合併症がある場合 1300万円
管理区分2該当者で合併症があり、じん肺により死亡した場合 2500万円
管理区分4該当者で、じん肺により死亡した場合 2500万円
第5 検討
1 判決の検討
裁判所は、下請従業員らがじん肺管理区分決定を受けていることから、じん肺管理区分決定がじん肺罹患の有無及びその病状の程度を正確に判断することにどの程度の信用性が認められるか検討し、結論として、「じん肺管理区分決定に高度の信用性が認められるから、特段の事情がない限り、下請従業員らがじん肺に罹患していることが推認されるというべき」と判断しました。また、被告会社における作業内容、アスベストばく露状況等を考慮して、下請従業員らがa造船所における作業が原因で、じん肺に罹患したと認定しました。
また、直接の雇用関係にない従業員に対しても、人的・物的側面について支配関係を及ぼしており、特別な社会的接触の関係に入っている者に対しては、元請企業が安全配慮義務を負う場合があることを認めました。
2 原審と高裁において、判断が分かれた理由
原審においては、CT画像診断をエックス線画像診断よりも詳細・精密に観察できる手法として位置付けたうえで、CT画像診断ではじん肺所見が認められないとう医師の意見を採用したため、下請従業員らはじん肺罹患していないと判断しましたが、高裁(本判決)は、CT画像診断をエックス線画像診断の補助的な診断方法として位置付けた上で、CT画像診断ではじん肺所見が認められないと診断した医師の意見書を医学的知見を基に採用しなかったため、下請従業員らのじん肺罹患が認定されました。
また、下請従業員らの作業内容について、原審は、下請作業員らの作業内容はじん肺罹患を生じさせるほどの高濃度ばく露とは認められないとした一方、本判決においては、じん肺罹患を推認するには、高濃度ばく露である必要はなく、アスベスト粉じんに継続的に曝露したことやそれを裏付ける客観的資料(胸膜プラークなどの所見があること)があればよいと判断したため、高裁では、下請従業員らが造船作業によってじん肺に罹患したことが認められました。
【弁護士への相談について】
本判決の判示を前提とすると、造船作業等に携わっていた労働者の方で、じん肺管理区分決定を受けている場合、直接の雇用関係にない労働者、例えば、下請・孫請従業員であっても、元請企業以外の業務には従事せず、作業遂行の指示を受けており、資材等調達もしていなかった等の人的・物的支配関係が認められる場合には、特別な社会的接触の関係が認められ、元請企業に対する損害賠償請求が認められる可能性があります。
同様の状況にある方については、労働環境の事実の調査やその評価について、詳細な情報の確認や専門的な判断が必要となりますので、関心のある方は、ぜひ一度弁護士にご相談ください。