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2021.07.05

裁判例紹介 建材メーカーに対する請求における立証方法について

本多 翔吾

本稿執筆者 本多 翔吾(ほんだ しょうご)
法律事務所 ASCOPE所属弁護士

駒澤大学高等学校 卒業
駒澤大学法学部 卒業
明治大学法科大学院 修了

ご相談においては、中長期的な観点から様々な手段を視野に入れて、ご相談者にとってベストな選択をご提案できるよう尽力いたします。

ポイント

①最高裁判決(平成31年(受)第596号)では、原告らの立証手法によって石綿含有建材が特定の建設作業従事者の作業する建設現場に相当回数にわたり到達していたとの事実が立証され得ることを一律に建材メーカー側の責任を認めなかった原審の判断を経験則又は採証法則違反と判断し、差戻しました。

②最高裁判決は、原告らの立証手法は相応の合理性を有し、これにより特定の石綿含有建材について建材現場到達事実が立証されることはあり得るというべきであると判断しています。

③本記事では、最高裁が指摘した立証手法を検討しています。


〈目次〉

1 概要

2 東京高裁平成30年3月14日と最高裁判決(平成31年(受)第596号)のそれぞれの結論について

3 最判令和3年5月17日(平成31年(受)第596号)の判断内容

4 まとめ



1 概要

 本記事で紹介するのは、建設アスベスト国家賠償請求における最高裁令和3年5月17日判決のうち、アスベスト建材メーカーの責任を一律に否定した東京高裁平成30年3月14日判決(平成24年(ネ)第8328号、以下「東京高裁判決」と言います。)の上告審である最判令和3年5月17日(平成31年(受)第596号、以下「最高裁判決」と言います。)です。
 本件は、建材メーカーが製造販売した石綿含有建材によってアスベストにばく露し、石綿関連疾患を発症したとして、建設作業に従事していた患者・遺族らが原告となり、建材メーカーに対し、損害賠償を求めた事件です。
 本件では、原告らが、以下で検討する立証手法によって、石綿含有建材が建設現場に到達したことを主張しており、東京高裁判決と最高裁判決で結論が異なりました。
 なお、東京高裁判決では、国に対する請求も併せてなされており、国の責任は他の判決と同じく認められていますが、本記事では説明を省略します。


2 東京高判平成30年3月14日と最高裁判決(平成31年(受)第596号)のそれぞれの結論について

(1)建材メーカーに対する請求は、民法719条1項後段の適用又は類推適用によって建材メーカーが共同不法行為者として責任が認められるかが東京高裁及び最高裁にて争点となりましたが、東京高裁平成30年3月14日判決(平成24年(ネ)第8328号、以下「東京高裁判決」と言います。)と最判令和3年5月17日(平成31年(受)第596号、以下「最高裁判決」と言います。)で結論が異なります。

(2)結論から申し上げますと、東京高裁判決では、原告らの立証手法により石綿含有建材が現場に到達している事実が立証され得るとはいえないから、被告企業らが民法719条1項後段の適用又は類推適用により責任を負うことはないと結論づけ、一律に被告企業の責任が認められませんでした。これに対し、最高裁判決では、一律に被告企業の責任を認めなかった東京高裁の判断を経験則又は採証法則違反と判断し、原審の一部を破棄し、東京高裁に差戻しました。



3 最判令和3年5月17日(平成31年(受)第596号)の判断内容

 最高裁は、建材によるアスベスト被害の立証について次のとおり判示しました。

(1)原告の主張立証手法によって(建材によるアスベストの)建設現場到達事実が立証され得ること

 ア 最高裁判決は、東京高裁において提出された主張や証拠によれば、原告らが「特定の[被告企業ら]([]内は筆者による。)の製造販売した石綿含有建材が特定の本件被災者の作業する建設現場に相当回数にわたり到達していたとの事実…を立証するため、次の…手順による立証手法(以下「本件立証手法」という。)の下に、証拠を提出していることが明らかである。」とし、その上で、以下のとおり、立証方法の内容を説明しています。

 イ 「国土交通省及び経済産業省(以下、それぞれ「国交省」及び「経産省」という。)により、過去に製造販売された石綿含有建材の名称、製造者、製造期間等を調査した結果として公表されている「石綿(アスベスト)含有建材データベース」(以下「国交省データベース」という。)の平成25年2月版に掲載された2153の石綿含有建材を42の種別に分類する。他に、これに掲載されていない石綿含有建材である混和剤の種別を設け、[原告ら代理人弁護士]([]内は筆者による。)の調査により同種別に属する建材の名称、製造者、製造期間等を特定する。そして、上記の合計43の種別のうち、本件被災者らの職種ごとに、通常の作業内容等を踏まえて、直接取り扱う頻度が高く、取り扱う時間も長く、取り扱う際に多量の石綿粉じんにばく露するといえる石綿含有建材の種別を選定する。」(下線は筆者による。)

 ウ 「上記のとおり選定された種別に属する石綿含有建材のうち、本件被災者らが建設作業に従事していた地域での販売量が僅かであるもの、使用目的が建物以外の設備等であるもの、特定の施工代理店等により使用されるもの等を本件被災者らの作業する建設現場に到達した可能性が低いものとして除外し、さらに、本件被災者ごとに、建設作業に従事した期間とその建材の製造期間との重なりが1年未満である可能性のあるもの、建設作業に従事した主な建物の種類とその建材が用いられる建物の種類との重なりの程度が低いもの等を同様に除外する。」

 エ 「[上記イ及びウにより]([]内は筆者による。)により本件被災者ごとに特定した石綿含有建材のうち、同種の建材の中での市場占有率(以下、市場占有率を「シェア」という。)がおおむね10%以上であるものは、そのシェアを用いた次のような確率計算を考慮して、その本件被災者の作業する建設現場に到達した蓋然性が高いものとする。すなわち、特定の石綿含有建材のシェアに照らし、その建材が各建設現場で用いられる確率が10%である場合、特定の本件被災者が20箇所の建設現場で作業をするときに、その建材がその本件被災者の作業する建設現場に1回でも到達する確率は約88%(計算式は、1-(1-0.1)20)となり、30箇所の建設現場で作業をするときのその確率は約96%(計算式は、1-(1-0.1)30)となるところ、本件被災者らは、それぞれが建設作業に従事した期間と上記及びにより特定した石綿含有建材の製造期間とが重なる期間において、おおむね数十箇所以上、多い場合で1000箇所以上の建設現場で作業をしてきたから、おおむね10%以上のシェアを有する石綿含有建材であれば、本件被災者らの作業する建設現場に到達した蓋然性が高いということができる。」(下線は筆者による。)

 オ 「本件被災者がその取り扱った石綿含有建材の名称、製造者等につき具体的な記憶に基づいて供述等をする場合には、その供述等により本件被災者の作業する建設現場に到達した石綿含有建材を特定することを検討する。」

 カ 「[被告企業ら]([]内は筆者による。)から、自社の石綿含有建材につき販売量が[原告ら]([]内は筆者による。)の主張するものより少なかったことや販売経路が限定されていたこと等が具体的な根拠に基づいて指摘された場合には、その建材を[上記イからオ]([]内は筆者による。)までにより特定したものから除外することを検討する。[原告ら]([]内は筆者による。)の特定した石綿含有建材について、そのような指摘がされていない場合には、その建材は本件被災者らの作業する建設現場に到達したということができる。」(下線は筆者による。)


(2)小括

 最高裁判決は、原告らの立証手法は相応の合理性を有し、これにより特定の石綿含有建材について建材現場到達事実が立証されることはあり得るというべきであると判断しています。当該立証手法は、概要、以下のようにまとめられると考えられます。

①:職種ごとに、通常の作業内容等を踏まえて、直接取り扱う頻度が高く、取り扱う時間も長く、取り扱う際に多量の石綿粉じんにばく露するといえる石綿含有建材の種別を選定する。

②:①のうち、作業建設現場に到達した可能性が低いもの等を除外する。

③:①と②により被災者ごとに特定した石綿含有建材のうち、同種の建材の中でのシェアがおおむね10%以上であり、建設作業に従事した期間と特定した石綿含有建材の製造期間とが重なる期間において、おおむね数十箇所以上の建設現場で作業していれば、その石綿含有建材が当該被災者らの作業する建設現場に到達した蓋然性が高いということができる。

④:建設現場に到達した石綿含有建材の特定方法は、当該被災者が取り扱った石綿含有建材の名称、製造者等につき具体的な記憶に基づく供述等でも可能であること。

⑤:建材メーカーから、自社の石綿含有建材につき販売量が被災者らの主張するものより少なかったことや販売経路が限定されていたこと等が具体的な根拠に基づき指摘された場合には、上記①から④までにより特定したものから、当該建材を除外し、そのような指摘がない石綿含有建材については、その建材は、当該被災者らの作業する建設現場に到達したということができる。



4 まとめ

 最高裁判決は、上記のような立証方法によって、建材メーカーに対して、民法719条1項後段の適用又は類推適用をし得ると判断し、更に審理を尽くすべく、事件の一部を東京高裁に差し戻しています。
 今後、アスベスト建材メーカーに対する損害賠償請求を検討される方は、職種、作業現場のほか、現場での具体的な作業内容、どのような業務でどのような建材を取り扱っていたのか、それがどこのメーカーのものだったか等について振り返ってみるとともに、関連する資料があれば準備しておくと良いと思われます。
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