本稿執筆者
川島 孝紀(かわしま たかのり)
法律事務所 ASCOPE所属弁護士
浦和高等学校 卒業
明治大学法学部 卒業
早稲田大学大学院法務研究科 修了
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【ポイント】
❶ 死亡した石綿疾患の患者様について労災保険給付による遺族(補償)年金や石綿健康被害救済法に基づく給付の請求をご遺族が行う場合,患者様が生計を維持していたことや患者様と生計を同じくしていたことが必要です。
❷ 「生計を同一」「生計を維持」していたことは住民票等の客観的資料による証明が必要となります。
〈目次〉
1 はじめに
2 各制度との関係
3 証明に必要な資料
1 はじめに
石綿(アスベスト)ばく露作業に従事した労働者・労災保険に特別加入をされていた労働者等の方が,「石綿による疾病」(石綿肺・中皮腫・肺がん・良性石綿胸水・びまん性胸膜肥厚)を発症された場合,労災保険給付の対象となる可能性があります。そして,患者様ご本人が既に亡くなられている場合,遺族(補償)給付のうち,「遺族(補償)年金」の受給資格者は,亡くなられた労働者の方の死亡当時にその方の収入によって「生計を維持していた」配偶者(事実上婚姻関係と同様の事情にあった方も含みます。)・子・父母・孫・祖父母・兄弟姉妹(妻以外の遺族については一定の年齢・障害のある方に限られます。)です。
このように,遺族年金の受給資格として生計を維持していた,すなわち生計維持関係が求められます。
また,「遺族(補償)年金」については,給付基礎日額及び遺族数(受給権者及び受給権者と生計を同じくしている受給資格者の数)によって受給額が決定されるため,「生計を同じくする」=「生計を同一」という概念が登場します。
本記事においては,これら「生計を維持」と「生計を同一」について解説していきます。
2 各制度との関係
(1) 労災保険給付(遺族(補償)年金)
労災補償における「生計を維持していた」とは,原則として「労働者の死亡当時においてその収入によって日常の消費生活の全部又は一部を営んでおり,死亡労働者の収入がなければ通常の生活水準を維持することが困難となるような関係(生計維持関係)が常態であったか否かにより判断すること」(昭和41年基発第1108号)とされています。
また,「生計を維持していた」とは,専ら又は主として労働者の収入によって生計を維持されていることを要せず,労働者の収入によって生計の一部を維持されていれば足り,いわゆる共稼ぎもこれに含まれると解されています(昭和41年1月31日基発第73号)。
そして,平成2年7月31日労働省基発第486号では以下のように判断要素が示されています。
「労働者の死亡当時における当該遺族の生活水準が年齢,職業等の事情が類似する一般人のそれをいちじるしく上回る場合を除き,当該遺族が死亡労働者の収入によって消費生活の全部又は一部を営んでいた関係(以下「生計維持関係」という。)が認められる限り,当該遺族と死亡労働者との間に「生計維持関係」があったもの認めて差し支えないこと。」
「なお死亡労働者が当該遺族と同居しともに収入を得ていた場合においては,相互に生計依存関係がないことが明らかに認められる場合を除き,生計維持関係を認めて差し支えないこと。この場合,生計依存関係がないことが明らかに認められるか否かは,当該遺族の消費生活に対する死亡労働者の支出の状況等によつて判断すること。」
このように,遺族が専ら死亡労働者の収入によって生活していた場合に限らず,共働きであっても,生計が全く独立していたという関係が認められない限りは生計維持関係が認められると考えられます。
また,いわゆる3世代世帯においては,次のように判断されます。
「ただし,当該遺族が死亡労働者と同居していたその孫,祖父母又は兄弟姉妹であり,当該遺族の1親等の血族であつて労働者の死亡の当時において当該遺族と同居していた者(以下「当該血族」という。)がいる場合には,当該血族の収入(当該血族と同居している当該血族の配偶者の収入を含む。)を把握し,一般的に当該収入によつて当該遺族の消費生活のほとんどを維持し得ると認められる程度の収入がある場合には,原則として生計依存関係があつたものとは認められないこととすること。」(平成2年7月31日労働省基発第486号)
ここでいう「一般的に当該収入によつて当該遺族の消費生活のほとんどを維持し得ると認められる程度の収入」とは「死亡労働者の死亡した日の年齢階層別最高限度額の365倍に相当する額」(平成2年7月31日事務連絡第22号)とされています。
少し複雑ですが,例えば祖父が死亡した場合において,孫が遺族年金を受給しようとした場合,当該孫の父母に一定以上の収入があって生活のほとんどを維持できる場合には,当該孫と死亡労働者(祖父)との間には生計維持関係がないと判断されることとなります。
なお,生計を維持していた遺族がいない等により「遺族(補償)年金」の受給資格者がいない場合は,「遺族(補償)一時金」の請求を検討することになりますが,本記事では省略します。
他方,「生計を同一」とは「一個の生計順位の構成員であるということであるから,生計を維持されていることを要せず,また,必ずしも同居していることを要しないが,生計を維持されている場合には,生計を同じくしているものと推定して差し支えない。」と解されています(昭和41年1月31日基発第73号)。
具体的には,以下のいずれかに該当する場合には,生計を同一にしていたことが認められます。
・患者とご遺族が住民票上同一世帯の場合
・住民票上の世帯は別であるが,住所が住民票上同一世帯の場合
・住所が住民票上異なるが,現に起居を共にしており,家計も同一の場合
・単身赴任や就学などで住所を別にしているが,仕送りなど経済的援助と定期的な音信が交わされている場合
(2) 石綿健康被害救済法に基づく給付
特別加入未加入の一人親方等の労災保険給付の対象とならない患者様の遺族に対する弔慰等を目的として支給される給付として,石綿健康被害救済法による「特別遺族弔慰金」「特別葬祭料」という給付が存在します。この請求が認められているのは,労災保険給付の場合と異なり,当該指定疾病に起因し死亡した患者様がお亡くなりの当時,その方と「生計を同一」にしていたことのみを要件としており,生計維持関係までは求められていません。
(3) 特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律に基づく給付(建設アスベスト給付金)
令和3年6月9日,議員立法により特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律に基づく建設アスベスト給付金制度が制定されましたが,同法において患者様とご遺族の生計に関する要件は設定されていません。
(4) 国家賠償訴訟
同様に,患者様とご遺族の生計に関する事項は要件とされません。
(5) 他の制度との関係
例えば,遺族厚生年金などでは,労災給付の遺族補償年金とは異なり,生計維持関係について生計が同一であることのほか,遺族の収入要件(前年の収入が850万円未満であること。または所得が655万5千円未満であること。)が求められ,労災給付とは運用に違いがあります。
3 証明に必要な資料
では,「生計を維持」,「生計を同一」にしていたというためにはどのような資料が必要なのでしょうか。以下ではまず,「生計を同一」を証する資料について述べます。
(1) 患者様の死亡当時,患者様と同居していた方
ア 同居の証明に必要な資料
・患者様の住民票除票とご遺族の住民票
・消除者(患者様)含む世帯全員の住民票
・戸籍の附票で住所が同じであったことがわかるもの
イ 上記資料が入手できない場合
同居に関する資料が入手できない場合は扶養関係を証明することが必要になり,以下の資料が必要となります。
・保険証の写し
・収受印のある確定申告の控え
・証明印のある源泉徴収票
※いずれも患者様の死亡当時扶養関係にあったことが分かることが必要です。
ウ その他
これらの資料も入手できない場合には,民生委員による証明という方法が考えられます。民生委員は,民生委員法に基づき厚生労働大臣より委嘱を受けた地域の相談活動や社会調査活動を担う方です。民生委員の証明とは,民生委員が調査した内容を証明するものです。民生委員の証明の様式については特に定めはありませんが,次の項目が必要です。
・証明書の使用目的(「石綿健康被害救済制度 特別遺族弔慰金請求等のため」)
・請求者の氏名と住所
・お亡くなりになった方の氏名と死亡当時の住所
・お亡くなりになった方の死亡当時に請求者とお亡くなりになった方が生計同一関係にあったと民生委員が確認した根拠
・民生委員の住所,氏名,捺印,証明日
(2) 同居していなかった方
上記(1)イと同様に扶養関係があったことを以下の資料により証明する必要があります。
・保険証の写し
・収受印のある確定申告の控え
・証明印のある源泉徴収票
※いずれも患者様の死亡当時扶養関係にあったことが分かることが必要です。
これらの資料が入手できない場合,上記⑴ウと同様に,民生委員による証明などで扶養関係であったことを証明する必要があります。
(3) 生計の維持を証する資料
生計の維持を証する必要がある場合は,「所得証明書」,「課税(非課税)証明書」「源泉徴収票」「確定申告書」などの資料を求められることが考えられます。
【弁護士への相談について】
石綿ばく露作業歴がある患者様が死亡した場合,ご遺族と生計維持関係になかった場合には遺族(補償)年金や石綿被害救済法に基づく申請が認められなくなるため,一度ご自身で確認されることをおすすめいたします。詳細は弁護士までご相談ください。