石綿を運搬していたトラクター運転手が中皮腫により死亡したことにつき、会社の安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任が認められた事例(神戸地裁平成21年11月20日判決)
〈目次〉
第1.事案の概要
第2.主な争点
第3.判決
第4.判旨
第5.検討
第1.事案の概要
本件は、倉庫会社である被告の被用者として、神戸港でのトラクター運転業務に従事していた元労働者である亡Aが、長期にわたり石綿粉じんにばく露し、退職後に中皮腫に罹患して死亡したのは、被告の石綿粉じんに対する安全対策が不十分であったためであるとして、亡Aの相続人である原告ら2人が、被告に対し、安全配慮義務違反及び不法行為に基づく損害賠償金としてそれぞれ2375万円1535円及び遅延損害金の支払を求めた事案です。
第2.主な争点
本件の主な争点は、①亡Aの業務と石綿粉じんへのばく露の有無、②亡Aの業務と中皮腫による死亡との間の因果関係、③被告の安全配慮義務違反となります。
第3.判決
原告らはそれぞれ2375万1535円の損害を主張したところ、本判決では亡Aに対する被告の安全配慮義務違反に基づく責任を認め、それぞれ1683万4307円を損害として認める一部認容の判断をしました。
第4.判旨
1.争点①(亡Aの業務と石綿粉じんへのばく露の有無)
本件は、そもそも亡Aが石綿粉じんにばく露したかどうかが争いになっていたところ、裁判所は「亡Aがトラクター運転手として稼働していた昭和26年から同51年までの期間のうち、少なくとも昭和40年から同51年までの間、数か月に1回程度の頻度で石綿を運搬する機会があり、頻繁であったとはいえないとしても、継続して亡Aが石綿にばく露する機会があった」と判断しました。
さらに、石綿が保管されている倉庫内におけるばく露に関し、「トラクターが倉庫内に入る際や作業員のへい付け作業の際の倉庫内は、石綿運搬時に限らず、いつもほこりが多く、風が吹いた時、人やトラクター等の機械が行き来する際には、ほこりが舞っていたのであり、このほこりのなかにも、それまでの石綿搬入時に飛散した石綿が含まれていることは、十分に考えられる。そうすると、トラクターが倉庫内に入っていた時には、石綿を運搬する場合でなくとも、石綿粉じんにばく露する機会があったというべきである。」、「以上に加え、被告が労働基準監督署長に対して、亡Aが直接石綿を取り扱っていないものの間接的に石綿粉じんにばく露した可能性もあるとの書面を提出していること」「を併せると、亡Aには、被告の業務に起因する石綿粉じんへのばく露の機会があったということができる。」として、亡Aが被告で従事した作業において石綿粉じんのばく露があったことを認定しました。
2.争点②(亡Aの業務と中皮腫による死亡との間の因果関係)
裁判所は、そもそも中皮腫と石綿粉じんの関係について、「中皮腫は、石綿との関係が特に濃厚な疾患で、中皮腫の大半が石綿粉じんのばく露により生じるとされており、亡Aが発症した中皮腫も石綿粉じんのばく露を原因とするものであることが推認できる。」と判断しました。
そして、亡Aが争点①のとおり昭和40年から同51年までの間に行っていた作業について、裁判所は概ね以下のとおり判断しました。
亡Aの業務は、「石綿による疾病の認定基準について(厚生労働省労働基準局長通達平成15年9月19日付け基発第0919001号)」という通達における「倉庫内等における石綿原料等の袋詰め又は運搬作業ないし石綿又は石綿製品を直接取り扱う作業の周辺等において、間接的なばく露を受ける可能性のある作業」に該当するものである。「亡Aが上記トラクター運転手として稼働していた期間及び中皮腫を発症した時期は、中皮腫の潜伏期間が20年から40年程度とされていることともよく符合する。そうすると、亡Aが直接石綿などの荷物を取り扱う荷役業務に従事していたわけではないことや、亡Aが貨物を運搬していた倉庫は主として綿花を取り扱っており、石綿の取扱いが数か月に1度程度の頻度であったことを考慮しても、中皮腫は、アスベスト低濃度ばく露でも発症し、年数を経るほど発症頻度が高くなり、間接ばく露が原因の場合もあることなどからすると、上記期間における被告の業務が原因で、昭和51年から20年以上経過した平成9年ころに亡Aが中皮腫を発症することは十分に考えられるところである。」「亡Aに被告における業務以外に有力な石綿粉じんにばく露する機会があったとはいえないことを考慮すると、昭和40年から昭和51年までの間の被告におけるトラクター運転業務と中皮腫による亡Aの死亡との間には相当因果関係があるというべきである」として、亡Aの業務と中皮腫による死亡との間の因果関係を認めました。
3.争点③(被告の安全配慮義務違反又は不法行為の成否)
(1)安全配慮義務の前提となる予見可能性について
裁判所は、「昭和35年ころまでには、石綿粉じんにばく露することによりじん肺その他の健康・生命に重大な損害を被る危険性があることについて被告を含む石綿を取り扱う業界にも知見が確立していたものということができ」ることから、遅くとも昭和35年頃には安全配慮義務違反の前提としての予見可能性があったと判断しました。
(2)安全配慮義務違反について
裁判所は安全配慮義務の内容について、被告が石綿を荷物として取り扱っていた昭和40年以降、「労働者が石綿の粉じんをできるだけ吸入しないようにするための措置をとること、具体的には、労働者に対して防じんマスクなどの呼吸用保護具を支給し、労働者が作業着や皮膚に付着した石綿粉じんを吸入することがないように石綿粉じんの付着しにくい保護衣や保護手袋などを支給するとともに石綿の人の生命・健康に対する危険性について教育の徹底を図るとともに、防じんマスクは吸気抵抗のため、呼吸が難しくなって着用を嫌うことも考えられるから、防じんマスク着用の必要性について十分な安全教育を行う義務を負っていた」と判断した上、被告においてはこのような安全配慮義務に違反していたことを認定しました。
そのうえで、安全配慮義務違反と亡Aの死亡との因果関係について、「これらの安全配慮義務違反は、被告に予見可能性が認められる昭和40年から亡Aがトラクター運転手の職から離れた昭和51年まで全期間にわたって認められ、上記期間の亡Aの被告における業務と亡Aの死亡との間に相当因果関係が認められることからすると、被告の安全配慮義務違反と亡Aが中皮腫を発症して死亡したこととの間に相当因果関係があると認められる。」と判断しました。
第5.検討
本判決の意義は、石綿製品の製造作業や、石綿を使用した建設作業に直接従事しておらず、かつ石綿粉じんにばく露する機会が数か月に1回程度しかない方であっても、業務上石綿粉じんにばく露したことにより、死亡との因果関係が肯定され、企業の責任が改めて認められた点にあります。
本判決では、患者は退職後20年経過後に中皮腫と診断されていますが、このように石綿に関連する疾病は、石綿粉じんにばく露してから長期間経過した後に症状が出ることがあります。中皮腫については、初めて石綿にばく露してから発症までの期間が20年以下となる例はあまり多くありません。
また、本判決では、石綿と中皮腫との因果関係について、遅くとも昭和35年頃には医学的な知見が確立していたと判断していますが、昭和47年に石綿と中皮腫の医学的な知見が成立したとする裁判例も存在します。
【弁護士への相談について】
本判決のように、直接的に石綿に触れる作業に従事しておらず、また、頻繁に石綿粉じんにばく露していたとまではいえない方であっても、救済制度を利用したり損害賠償請求を行うことができる場合があります。石綿関連疾患の診断を受け、石綿粉じんにばく露したことについて心当たりのある方は、ぜひ一度弁護士にご相談ください。