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2021.09.10

石綿工場の周辺住民について、いわゆる近隣曝露により石綿関連疾患が発生したとして、工場を営む会社に対し、周辺住民(及びその遺族)に対する損害賠償責任を認めた事例(大阪高裁平成26年3月6日判時 2257号31頁)

小林 一樹

本稿執筆者 小林 一樹(こばやし かずき)
法律事務所 ASCOPE所属弁護士

新宿高等学校 卒業
青山学院大学法学部 卒業
青山学院大学法科大学院 修了

私が法律家として常に心がけていることは、人の気持ちを大切にするということです。問題を根本的に解決するために、法律のみならず、紛争でお困りの方の抱える思いについてもフォローできるよう日々精進して参ります。

【裁判例のポイント】 ① X1に関する認定内容 ・X1は石綿製品製造工場付近の会社で昭和14年から同50年まで約36年間働いていた。 ・X1の職場は、石綿製品製造工場の敷地中央から200mの距離にあり、同工場南側境界からX1の職場敷地北端まで約50~60mの距離にあった。 ・X1の遺族らによるY社に対する請求のうち約3195万円(遅延損害金は除く。)の損害賠償請求が認められた。
② X2に関する認定内容 ・X2が昭和35年から同47年まで約12年間居住していた自宅は石綿製品製造工場の敷地中央から1400mの距離にあり、昭和47年から平成7年に居住していた自宅は1200mの距離にあった。 ・X2については、石綿製品製造工場から飛散した石綿により発症したことを裏付けるに足りる証拠がないとして、Y社に対する請求が認められなかった。
③ 国に対する請求について ・昭和50年の時点においては、近隣住民等の曝露を防止するために一般大気への石綿粉じんの飛散等を防止する立法や規制権限を行使すべき危険性を認識するに足りるだけの医学的知見が集積されていたと認めることができないとして、国の損害賠償責任は認められませんでした(本記事では、国に対する請求の詳細な説明は割愛します。)。

〈目次〉

1 事案の概要
2 主な争点
3 判決
4 判旨
5 まとめ

1 事案の概要

 兵庫県尼崎市にある石綿含有製品を製造する工場(以下、「本件工場」といいます。)付近に居住又は就業していたX1及びX2が、本件工場から排出飛散した石綿に曝露して悪性胸膜性中皮腫に罹患し死亡した場合において、X1について、本件工場を営むY社に、大気汚染防止法25条1項に基づく損害賠償責任が認められるとして、X1の遺族による請求を認めた事案です(X2の遺族の請求は認められませんでした。)。

(1) X1の居住歴・本件工場からの距離等について
①X1が昭和19年頃から昭和43年まで居住していた自宅は、本件工場の敷地中央から約550mの距離にあった。 ②X1は、本件工場付近の会社で昭和14年から同50年まで約36年間働いていた。 ③X1の職場は、本件工場の敷地中央から200mの距離にあり、同工場南側境界からX1の職場敷地北端まで50~60m程度の距離にあった。 ④X1は、平成7年に悪性胸膜性中皮腫に罹患し、平成8年に亡くなった。

(2) X2の居住歴・本件工場からの距離等について
①X2は、本件工場付近に昭和35年から平成7年まで合計約35年間居住していた。 ②X2が昭和35年から昭和47年まで居住していた自宅は、本件工場の敷地中央から約1400mの距離にあった。 ③X2が昭和47年から平成7年に居住していた自宅は、本件工場の敷地中央から約1200mの距離にあった。 ④X2は、平成18年に悪性胸膜中皮腫に罹患し、同19年に亡くなった。

(3) Y社の本件工場について
 Y社は、昭和5年12月22日に設立され、鋳鉄管、各種パイプの製造販売等を目的とする株式会社であり、本件工場において、昭和29年から昭和31年までの間は白石綿を用いて、昭和32年から昭和50年までの間は白石綿及び青石綿を用いて、石綿セメント管を製造していた。  また、Y社は、昭和46年から平成7年までの間、本件工場で、白石綿を用いて外壁材や屋根材などの石綿を含有する住宅用建材を製造していた。  なお、本件工場において、青石綿は、昭和51年に使用が中止され、白石綿は平成8年に使用が中止された。

2 主な争点

 本判決における主な争点は、X1及びX2が、Y社の本件工場から飛散した石綿粉じんにばく露したことにより、中皮腫に罹患し死亡したといえるか否か(因果関係)です。

3 判決

 本判決では、X1の遺族によるY社に対する請求のうち、約3195万円及びこれに対する遅延損害金についての請求を認容しました。
 他方で、X2の遺族による請求は認められませんでした。
 なお、本判決は上告されましたが、上告棄却により本判決の判断が確定しています。

4 判決の内容について

(1) 判決の論理構造
 本判決は、概ね次の➀及び②の事情から、本件工場から飛散した石綿と特定の範囲の周辺住民にかかる石綿関連疾患に罹患した事実との因果関係を肯定しました。
 ① 本件工場から石綿粉じんの排出があったと認められること。  ② 工場付近の特定の範囲に特定期間居住した住民の人数と、そのうち中皮腫に罹患した人数についての相関関係を示した学術的調査報告があること。

(2) 具体的に認められた周辺住民の範囲について
 本判決は、本件工場から飛散した石綿が原因で石綿関連疾患に罹患したとする周辺住民の範囲について概要以下のとおり判示しました。
 「…で検討した結果によれば、本件工場の敷地中央から300m以内の地点又はBriggsの都市域用で相対濃度50-199以上とされる範囲(敷地中央から距離300mの範囲と概ね一致するが、形状が南西方向に長く、北東方向に短い楕円形に変位する。)内の地点(以下「高リスク範囲」という。)に、昭和32年~50年の青石綿使用期間中に1年以上居住していた者については、中皮腫を発症するリスクが高いことが認められ、その原因は本件工場から飛散した石綿粉じんである蓋然性が高いということができる。」

5 まとめ

 本判決は、本件工場付近に居住する住民の人数とそのうちに中皮腫に罹患した人数との比較等がなされた学術的調査報告を前提に、本件工場から飛散した石綿と工場から一定の距離の範囲内の周辺住民にかかる石綿関連疾患の発症との因果関係を認定しています。
 そのため、本件工場以外の石綿含有製品の製造工場の周辺住民について、本判決の判断を直ちに一般化することはできません。なお、本判決で被告となったY社(株式会社クボタ)は、本件工場付近の周辺住民に対し、自主的な救済金支払い規定を策定して対応をしている状況です。(同社HPによると、2020年12月31日までに355名の方々へ救済金を支払っているということでした。)
 以上のとおり、本判決は、石綿含有製品を製造する工場付近の周辺住民が石綿関連疾患に罹患した場合に、工場を営む会社の損害賠償責任について認めたものですが、同様の石綿含有製品を製造している他の企業に対する請求に与える影響については、今後の裁判例の動向を注視する必要があります。
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