裁判例紹介:石綿粉じんばく露に関する事実を立証するための文書についての文書提出義務の存否が問題となった事例(抗告審:大阪高決平成25年6月19日労判1077号5頁、一審:奈良地決平成25年1月31日判例時報2192号123頁)
本稿執筆者
氷海 匠弘(ひょうかい なるひろ)
法律事務所 ASCOPE所属弁護士
・学習院高等科 卒業
・慶應義塾大学法学部法律学科 卒業
・東京大学法科大学院 修了
はじめまして。弁護士の氷海匠弘です。
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どうぞよろしくお願いいたします。
本決定のポイント
本決定は、原告が石綿製品を扱う工場における勤務の過程で石綿に曝露した事実の有無や、被告の責任の有無等が主要な争点となった事案において、原告から被告の所有する文書についての文書提出命令の申立てが行われた際に、どのような文書であれば文書提出命令の申立てが認められるのかを判断しました。その判断の中で、裁判所は、文書に証拠調べの必要性があり、その記載内容が「技術又は職業の秘密」に該当せず、文書の表示および趣旨の特定がなされていると認められた文書のみ、文書提出命令の申立てを認めました。
〈目次〉
第1.事案の概要
第2.争点
第3.決定の内容
第4.判旨
第5.検討
第1.事案の概要
本件は、Y社(以下「相手方」ということがあります。)の元従業員であるX1~X3(以下、X1~X3を合わせて「Xら」又は「申立人ら」といいます。)が、Y社の工場(以下「本件工場」といいます。)において、十分な安全対策の施されないまま職務に従事した際、石綿粉じんのばく露を受け、石綿関連疾患に罹患したとして、Y社に対し、安全配慮義務違反又は不法行為に基づく損害賠償を求めた事件(この事件を以下「基本事件」又は「本案事件」といいます。)についての事実関係を明らかにするために、Xらが文書提出命令の申立てをした事案です。
第2.争点
基本事件において、①Xらの勤務当時、注意義務の前提となる石綿被ばくと石綿関連疾患との因果関係を認める医学的知見が存在したか、②Xらが本件工場における勤務によって石綿のばく露を受けた事実があったかが重要な争点となりました。
そこで、①及び②の事実を立証するために、Xらは、以下の文書目録記載1ないし9の各文書(以下、併せて「本件各文書」といい、個別の文書に言及するときは「本件文書1」などといいます。)の文書提出命令(民事訴訟法220条)の申立て(以下、この申立てを「本件文書提出命令の申立て」といいます。)を行いました。
本件においては、これら各文書の提出義務の存否が争点となりました。
【文書目録】
1.本件工場において就労していた従業員に関する次の各文書
(1)じん肺管理区分の決定を受けた者に関するじん肺管理区分決定通知書及び職歴票並びにじん肺健康診断に関する記録
(2)労災認定を受けた者に関する労働者災害補償保険請求書の写し及び同請求書に添付された職歴証明書の写し
(3)石綿健康管理手帳の交付を受けた者に関する石綿健康管理手帳交付申請書の写し及び同申請書に添付された職歴証明書の写し
2.Y社の従業員がじん肺となったときに当該従業員に適用される相手方の補償規程ないし見舞金規程
3.アスベスト肺受診者名簿(<証拠略>の黒塗部分を含め、相手方の保有するもの全て)
4.昭和31年9月から昭和33年8月頃までの間に本件工場において製造していた又は製造していた可能性のある全ての製品名が記載された文書
5.前項の製品について製造工程等が分かる資料及び写真
6.テックス及びスーパーライト(筆者注:いずれも製品名)を構成する全ての成分が記載された文書
7.昭和31年9月から昭和33年8月頃までの間に本件工場においてテックス及びスーパーライトを製造していた従業員の人数及びそれらの者の役割分担が記載された文書本文
8.テックスの製造場所及びスーパーライトの製造場所での作業の際に使用していた熱源を示す資料及び図面
9.テックス又はスーパーライトの製造過程で使用する乾燥室の場所及び乾燥室の構造が記載された資料及び図面
第3.決定の内容
1.一審決定(奈良地決平成25年1月31日判例時報2192号123頁)
一審決定は、本件文書提出命令の申立ては、本件文書1の提出を求める限度で理由があるとして、本件文書1についての申立てのみを認め、その余の各文書についての申立ては認めませんでした。
2.抗告審決定(大阪高決平成25年6月19日労判1077号5頁)
一審決定に対し、申立人(筆者注:Xら)は本件文書4ないし9に関する部分を取り消すことを求めて抗告し、相手方(筆者注:Y社)は本件文書1に関する部分を取り消すことを求めて抗告しましたが、抗告審決定は一審決定の内容を相当とし、両抗告を棄却しました。
第4.判旨
1.本件文書1について
(1)一審決定
ア.証拠調べの必要性について
裁判所は、本件文書1について、「本件における主要な争点の一つは、申立人らが製造に従事していた製品等が石綿を含むものであったか否かという点にとどまらず、申立人らが本件工場における勤務の過程で石綿に曝露した事実があるか否かであるというべきである。」と認定した上で、「そして、本件工場においてどの作業場所でどの時期に石綿粉じんが飛散していたかが明らかとなれば、申立人らが勤務の過程で石綿に曝露した事実があるか否かを推認する資料となり得るところ、申立人らの掲げる立証命題が、基本事件の争点と関連性を有しないとはいえない。また、基本事件において、申立人らの勤務していた時期及び場所の石綿飛散状況に関する客観的な資料は提出されていない。」とし、さらに、「本件文書1は、その記載内容次第によっては、本件工場において、どの時期にどの場所で石綿が飛散していたかを推認する資料となり得ることが明らかであるところ、相手方の指摘する上記事情があるからといって、本件文書1を取り調べる必要性は否定されないというべきである。」として、本件文書1について証拠調べの必要性が認められると判断しました。
イ.文書提出命令の根拠について
裁判所は、本件文書1は民事訴訟法220条4号の事由に該当しないと判断しました。
ウ.結論
以上のことから、本件文書1についての提出義務が認められました。
(2)抗告審決定
ア.「技術又は職業の秘密」(民事訴訟法220条4号ハ、同法197条1項3号)の意義
裁判所は、「技術又は職業の秘密」の意義について、「その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落しこれによる活動が困難になるもの、又は当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうと解するのが相当である(最高裁平成12年3月10日第一小法廷決定・民集54巻3号1073頁参照)。
そして、文書提出命令の対象文書に職業の秘密に当たる情報が記載されていても、所持者が民事訴訟法220条4号ハ、197条1項3号に基づき文書の提出を拒絶することができるのは、対象文書に記載された職業の秘密が保護に値する秘密に当たる場合に限られ、当該情報が保護に値する秘密であるかどうかは、その情報の内容、性質、その情報が開示されることにより所持者に与える不利益の内容、程度等と、当該民事事件の内容、性質、当該民事事件の証拠として当該文書を必要とする程度等の諸事情を比較衡量して決すべきものであると解される(最高裁平成18年10月3日第三小法廷決定・民集60巻8号2647頁、最高裁平成20年11月25日第三小法廷決定・民集62巻10号2507頁参照)。」として、従来の判例の考え方を踏襲しました。
イ.情報の内容、性質、その情報が開示されることにより所持者に与える不利益の内容、程度等について
(ア)本件文書1(1)の記載内容について
裁判所は、本件文書1(1)の内容について、「本件文書1(1)(じん肺管理区分の決定を受けた者に対(ママ)するじん肺管理区分決定通知書及び職歴票並びにじん肺健康診断に関する記録)のうち、じん肺管理区分決定通知書は、都道府県労働局長が本件工場に就労していた従業員についてじん肺管理区分の決定をした旨を事業者に通知する際に作成されるものであり(じん肺法14条1項、15条3項)、記録によれば、労働者の氏名、住所、じん肺管理区分、じん肺健康診断結果(エックス線写真の像、肺機能の障害、合併症の名称)、療養の有無(ママ)等が記載されていることが認められる。
本件文書1(1)のうち職歴票及びじん肺健康診断に関する記録は、事業者が本件工場で就労していた従業員に対してじん肺健康診断(じん肺法7条ないし11条)を実施した際に作成したじん肺健康診断結果証明書(じん肺法施行規則12条)等の書面であり、記録によれば、じん肺健康診断結果証明書には、労働者の氏名、性別、生年月日、住所、所属事業場、じん肺の経過、既往症(ママ)、入社前及び入社後の粉じん作業歴(ママ)、エックス線写真による検査結果、肺機能検査結果、胸部に関する臨床検査結果、合併症に関する検査結果、医師の意見等が記載されていることが認められる。」と認定しました。
(イ)本件文書1(2)の記載内容について
裁判所は、本件文書1(2)の内容について、「本件文書1(2)(労災認定を受けた者に関する労働者災害補償保険請求書の写し及び同請求書に添付された職歴証明書の写し)は、本件工場で就労していた従業員又はその遺族等が労働基準監督署長に対し労働者災害補償保険の給付を請求した際に作成された書面であり、記録によれば、同請求書には、労働保険番号、労働者の性別、生年月日、負傷又は発症年月日、労働者の氏名、住所、職業(ママ)、郵便番号、負傷又は発病の時刻、災害発生の事実を確認した者の職名・氏名、災害発生の原因及び発生状況、傷病の部位及び状態、事業主の事業の名称、事業場の所在地、事業主の氏名、労働者の所属事業場の名称・所在地等が記載されていることが認められる。」と認定しました。
(ウ)本件文書1(3)の記載内容について
裁判所は、本件文書1(3)の内容について、「本件文書1(3)(石綿健康管理手帳の交付を受けた者に関する石綿健康管理手帳交付申請書の写し及び同申請書に添付された職歴証明書の写し)のうち石綿健康管理手帳交付申請書は、本件工場で就労していた従業員が都道府県労働局長に対して提出した申請書であり、都道府県労働局長は、過去に石綿等を製造し、又は取り扱う業務に従事し、健康診断で一定の所見が認められる場合や、当該業務に一定の従事期間がある場合に、労働者の離職の際又は離職後に、当該業務に係る健康管理手帳を交付することとされている(労働安全衛生法67条、労働安全衛生規則53条3項)。記録によれば、上記申請書には、手帳の種類、申請者の氏名、性別、生年月日、住所、電話番号、本籍地等が記載される(ママ)ことが認められる。」と認定しました。
(エ)本件文書1(1)ないし(3)の記載内容の性質等について
裁判所は、上記の本件文書1の記載内容を踏まえて、「本件文書1(1)ないし(3)には、いずれも、労働者の氏名、住所等の個人を識別する情報が記載されていること、本件文書1(1)には、健康診断結果、各種検査結果等が記載されていること、本件文書1(2)には、傷病の部位及び状態等が記載されていることが認められ、これら氏名、住所、健康状態、傷病の有無等に関する情報は、労働者がみだりに開示されることを望まないものであることはいうまでもない。そして、じん肺法は、じん肺健康診断の実施に従事した者に対し守秘義務を課し(35条の3)、守秘義務に違反した者及び法人に対する刑事罰を定めており(45条1号、46条)、労働安全衛生法も、健康診断の実施の事務に従事した者に対し守秘義務を課し(104条)、守秘義務に違反した者及び法人に対する刑事罰を定めており(119条1号、122条)、法令上、労働者の健康状態や傷病の有無に関する情報の保護が図られている。」と認定しました。
ウ.当該民事事件の内容、性質、当該民事事件の証拠として当該文書を必要とする程度等について
裁判所は、「本案事件は、原審相手方の元従業員である原審申立人らが、本件工場で石綿粉じんの曝露を受け、石綿関連疾患に罹患したと主張して、原審相手方に対し安全配慮義務違反の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求める事案であり、記録によれば、本案事件においては、原審申立人らが本件工場における勤務の過程で石綿に曝露した事実の有無、原審相手方の責任の有無等が主要な争点とされているところ(なお、原審相手方は、当審において、原審申立人らのうち原審申立人X1及び原審申立人X2が石綿に曝露した事実を争わないと述べている。)、原審申立人らの勤務していた時期及び就業場所における石綿の飛散状況に関する客観的証拠は提出されておらず、本件文書1(1)ないし(3)は、記載内容次第では、本件工場においてどの時期にどの場所で石綿が飛散していたか、原審相手方が石綿を含む製品等の製造工程をどのように管理していたかを基礎付ける事実関係を認定する証拠資料となり得るから、本案事件の証拠として取り調べる必要性のある客観性の高い証拠といえる。」としました。
エ.その他の事情
裁判所は、その他の事情として、「本件文書1(1)ないし(3)は、いずれも法令に基づいて作成された文書であることや、現在、石綿製品の製造は禁止されていること(労働安全衛生法55条、同法施行令16条4号)からすると、これらが本件訴訟において提出されることにより、元従業員及び現従業員が健康診断の受診や情報の提供を拒否し、今後、原審相手方において労働安全衛生等の人事労務管理が著しく困難となるおそれがあるということはできない。」としました。
オ.結論
裁判所は、以上の事情を総合考慮して、「本件文書1(1)ないし(3)は、民事訴訟法220条4号ハ、同法197条1項3号の「職業の秘密」(保護に値する秘密)が記載された文書であるとは認められない。」として、本件文書1の提出義務を認めました。
2.本件文書2について
一審決定は、本件文書2について、「基本事件における訴訟物は、申立人らの相手方に対する安全配慮義務の債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求権であるところ、申立人らが補償金ないし見舞金を受ける権利があるか否かを立証することが上記請求権の存否ないし範囲の判断に影響を与えるとはいえない。そうすると、本件文書2につき申立人らが掲げる立証命題は、基本事件の争点と関連性を有するとはいえない。よって、本件文書2を取り調べる必要性があるとは認められない。」と判断して、同法220条3号又は4号に基づく本件文書2の提出義務を認めませんでした。
3.本件文書3について
一審決定は、本件文書3について、「石綿肺の罹患を疑われて健康診断を受診した従業員の氏名、職場及び就業期間を明らかにすることがどのように基本事件の争点と関連するといえるのか、また、記憶を喚起するためになぜ本件文書3を用いる必要があるのかが明らかにされているとはいえない。そして、他に必要性を認めるべき事情も見当たらないため、本件文書3を取り調べる必要性があるとは認められない。」と判断して、同法220条4号に基づく本件文書3の提出義務を認めませんでした。
4.本件文書4ないし9について
(1)一審決定
ア.文書提出命令の申立てにおける文書の表示および趣旨の特定について
(ア)一般論
一般に、文書提出命令の申立ての際には、文書の特定が必要であるとされており、文書の特定は、文書の表示および趣旨の特定といった事項を明らかにすることによりされることになります(民事訴訟法221条1項各号)。
本件で裁判所は、「文書の表示及び趣旨は、提出を求める対象とされている文書を特定認識させるとともに、当該文書を取り調べる必要性及び当該文書の提出義務の存否を判断する材料を提供するものであるところ、文書の作成ないし所持に直接関与しなかった者においては文書の表示及び趣旨について具体的な記載をすることが困難であることから、ある程度概括的な記載とならざるを得ない場合があるとしても、文書の表示及び趣旨の記載から、所持者において、不相当な時間や労力を要しないで当該申立てに係る文書あるいはそれを含む文書グループを他の文書あるいは他の文書グループから区別することができない場合には、文書の表示及び趣旨の記載として十分とはいえないというべきである。」としました。
(イ)あてはめ
裁判所は、「本件作業内容資料等に係る各申立ては、いずれも、文書の作成機会又は作成目的等による限定を付すことなく、申立人らにおいて明らかにすることを求める各事項が記載されたあらゆる文書の提出を求めるものであるところ、所持者である相手方において、当該申立てに係る文書を抽出するためには、長期間にわたり作成された多数の文書について漠然とした基準で全て精査することが必要となり、不相当な時間や労力を要することとなるというべきである。そうすると、本件作業内容資料等にかかる申立ては、文書の表示及び趣旨の特定を欠くものといえ、その余の点について検討するまでもなく、不適法な申立てといわざるを得ない。」と判断しました。
イ.結論
以上のことから、裁判所は本件文書4ないし9についての文書提出命令の申立てを不適法なものであるとして認めませんでした。
(2)抗告審決定
ア.文書の特定のための手続き(民事訴訟法222条項1項)について
申立人らは、一審決定を受け、抗告審において、本件文書4ないし9について、これ以上の文書の特定は著しく困難であるとして文書の特定のための手続きの申立てをしました。
その上で、抗告審裁判所は以下のように決定しています(下線部は筆者による。)。
(ア)一般論
文書特定のための手続きの一般論として、裁判所は、「民事訴訟法222条1項に定める文書の特定のための手続をするには、文書の所持者がその申立てに係る文書を識別することができる事項を明らかにしなければならない。そして、同項の「文書を識別することができる事項」とは、文書の所持者において、その事項が明らかにされていれば、不相当な時間や労力を要しないで当該申立てに係る文書あるいはそれを含む文書グループを他の文書グループから区別することができるような事項をいうものと解される。」としました。
(イ)あてはめ
その上で、裁判所は、本件文書4ないし9の提出を求める申立ては、「いずれも、文書の作成機会、作成目的等による限定を付すことなく、原審申立人らにおいて明らかにすることを求める各事項が記載されたあらゆる文書の提出を求めるものであり、所持者である原審相手方において、当該申立てに係る文書を提出するためには、複数の部門において長期間にわたり作成された、対象文書に該当する可能性があると考えられる多数の文書の全てを閲読した上で該当性の有無を検討し、選択しなければならず、不相当な時間や労力を要するというべきであるところ、原審申立人らは、本件において、文書を識別することができる事項を明示していない。そうすると、民事訴訟法222条1項に基づく文書の特定のための手続の申出は、不適法であり、当裁判所において、文書の所持者である原審相手方に対し、文書の表示又は趣旨を明らかにするよう求めることを要しないというべきである。」と認定しました。
(ウ)結論
以上のことから、裁判所は、申立人の文書の特定のための手続きは不適法であるとしました。
イ.文書提出命令の申立ての適法性について
裁判所は、一審決定と同様の理由に基づいて「当裁判所も、本件文書4ないし9の提出を求める申立ては、文書の表示及び趣旨の特定を欠く不適法な申立てであると判断する。」として、抗告審決定においても本件文書4ないし9の文書提出命令の申し立ては不適法であるとしました。
第5.検討
本決定は、Xらが製造に従事していた製品等が石綿を含むものであったかという点や、Xらが本件工場における勤務の過程で石綿にばく露した事実があるかという点を立証するための文書として、どのような文書であれば文書提出命令の申立てが認められるかについて判断したものです。
そして、一審決定、抗告審決定ともに、本件各文書に対する文書提出命令の申立てを認めるか否かに対する判断の結論は、本件文書1にのみ提出義務を認めるというもので、異なりませんでした。
本件文書1は、その記載内容として、労働者の氏名、住所等の個人を識別する情報が記載されており、これらの情報は、労働者がみだりに開示されることを望まないものであること、じん肺法や労働安全衛生法といった法令上、労働者の健康状態や傷病の有無に関する情報の保護が図られていることからすれば、開示されれば労働者の不利益が大きい一方で、本案事件の証拠として取り調べる必要性のある客観性の高い証拠であり、開示されることにより今後Y社の人事労務管理が著しく困難になるおそれがあるということはできないとして、本件各文書のうち、本件文書1についてのみ提出義務を認めました。
これに対し、本件文書2及び3は、文書を取り調べる必要性に欠けること、本件文書4ないし9は、文書提出命令の申立てにおける文書の表示および趣旨の特定が欠けることを理由に、提出義務が認められませんでした。
なお、Xらは抗告審において、本件各文書の文書提出命令の申立てをする際、以下のように本件各文書の表示および趣旨が特定されていると主張したものの、いずれの主張も認められなかった点も、文書提出命令の申立てに関する判断として参考になります。
まず、本件文書4および6について、全製品に関するカタログの提出を求める趣旨のものであるから、文書の表示及び趣旨は特定されていると主張しましたが、裁判所は、本件文書4及び6は「作成機会、作成目的等を限定することなく包括的に表示されており、文書の表示及び趣旨が特定されているとは認められない」ことや、「本件文書4及び6に係る文書の表示及び趣旨は、上記のとおり包括的、抽象的に記載されて」いることからすれば、文書の特定がなされているとはいえないと判断しました。
また、本件文書5、7、8、9については、時期を昭和31年9月から昭和33年8月頃までに限定している(又は、そう限定する趣旨のものである)から、文書の特定に欠ける点はないと主張していましたが、これらの文書には、様々なものが想定されるところ、「文書の作成機会、作成目的等による限定を付すことなく、当該期間中に作成されたあらゆる文書の提出を求めるものであり、原審相手方に対し文書の選別に不相当な時間や労力を強いるものである」として、文書の特定がなされているとはいえないと判断しました。
これらのことから、文書提出命令の申立てにおける文書の特定をするためには、作成機会、作成目的等を限定することが必要であり、一定の期間中に作成されたあらゆる文書の提出を求めたり、文書を提出する側に文書の選別に不相当な時間や労力を強いるものとされる場合には文書の特定として不十分であると判断されることがわかります。
また、抗告審決定は、本件文書4ないし9について、文書の作成機会、作成目的等を限定するなどして、文書を識別することができる事項を明示していないとして、文書を提出する側に不相当な時間や労力を強いることになる場合には、文書の特定のための手続きを申立てることも認められないとしています。
【弁護士への相談について】
一審決定及び抗告審決定を前提とすると、石綿製品を扱う工場における勤務の過程で石綿に曝露した事実の有無や、被告の責任の有無等を立証する文書の文書提出命令の申立てを行うには、文書に対する証拠調べの必要性が認められること、及び民事訴訟法220条各号の要件を満たすことのほかに、文書の表示および趣旨の特定といった事項を具体的に明らかにすることが求められますが、事業に関する情報は企業側のみが保有していることが通常のため、被災者側で文書を特定することは容易ではありません。
このようにアスベスト粉じんにばく露した証拠となる文書の提出を企業に求めた場合に、企業に文書提出義務があるかという点や、それにより企業に対する責任追及が認められるかどうかという点の見通しを判断するためには、弁護士による詳細な事情の確認や専門的な判断が必要ですので、過去にアスベスト粉じんにばく露する作業に従事した方で具体的な救済方法についてご関心のある方は、ぜひ一度弁護士までご相談ください。