本稿監修者
樋沢 泰治(ひざわ たいじ)
法律事務所 ASCOPE所属弁護士
〈目次〉
1.はじめに
2.最高裁判決で認められた国の責任について
(1)国の義務として
(2)国の義務違反
3.現在の法規制
(1)マニュアルの策定
(2)負圧隔離養生と養生隔離(負圧不要)について
4.防じんマスクの種類
(1)電動ファン付呼吸用保護具について
(2)取替え式防じんマスクについて
1.はじめに
現在の法規制では、アスベスト除去作業等において石綿粉じんにばく露しないように防じんマスクを着用することが義務付けられています。本記事では、現在、どのような防じんマスクの着用が義務とされているか、そして、そのような義務付けがされるようになった理由について令和3年5月17日最高裁判所第一小法廷判決(以下では「最高裁判決」といいます。)を踏まえて、紹介します。
2.最高裁判決で認められた国の責任について
(1)国の義務として
最高裁判決において、国の義務は以下のとおり認定されています。
「労働大臣は、石綿に係る規制を強化する昭和50年の改正後の特化則が一部を除き施行された同年10月1日には、安衛法に基づく規制権限を行使して、通達を発出するなどして、石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示として、石綿含有建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺、肺がん、中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること並びに石綿含有建材の切断等の石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すように指導監督するとともに、安衛法に基づく省令制定権限を行使して、事業者に対し、屋内建設現場において上記各作業に労働者を従事させる場合に呼吸用保護具を使用させることを義務付けるべきであった」
最高裁判決では、昭和33年には石綿肺に関する医学的知見が確立し、昭和47年には石綿粉じんにばく露することと肺癌及び中皮腫の発症との関連性並びに中皮腫が潜伏期間の長い遅発性の疾患であることが明らかとなっていたことや国が昭和48年には石綿粉じんに対する規制を強化する必要があると認識していたが認定され、これらのことから国は規制権限を行使するべきであったと認定しました。そして国が行使すべき規制権限は、「建設作業従事者に対して、石綿含有建材の切断等の石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には、石綿関連疾患にり患する危険があり、必ず適切な防じんマスクを着用するよう伝えるとともに、事業者に対して、防じんマスクの使用を義務付ける」ことと判断されました。
(2)国の義務違反
上記のような国の義務に対して、国は、当時(昭和50年頃)、当時の労働安全衛生法第57条に基づいて「人体に及ぼす作用」や「貯蔵又は取扱い上の注意」について、有害物などを入れている容器や包装に記載するところ、その記載に関して以下のような表示方法を通達として発出していました。
すなわち、国としてはアスベストが入れられている容器や包装に、「注意事項」として「多量に粉じんを吸入すると健康をそこなうおそれがありますから、下記の注意事項を守って下さい。」や「取扱い中は、必要に応じ防じんマスクを着用して下さい。」を記載するように通達を行っていました。
しかし、最高裁判決では、当時の医学的知見に照らしても防じんマスクの着用は必要不可欠であるというべきで、「必要に応じ防じんマスクを着用」といった記載では不十分と判断され、国は十分に規制権限を行使していなかったと判断されました。
3.現在の規制
(1)マニュアルの策定
現在の規制では、石綿予防規則及び大気汚染防止法の改正を受けて、令和3年3月「建築物等の解体等に係る石綿ばく露防止及び石綿飛散漏えい防止対策徹底マニュアル」(令和4年3月訂正事項を反映)が作成されています(以下では「本マニュアル」といいます。)。
本マニュアルによれば、「負圧隔離養生の内部では、電動ファン付き呼吸用保護具(電動ファン付き呼吸用保護具の規格(平成26年厚生労働省告示第455号))又はこれと同等以上の性能を有する空気呼吸器、酸素呼吸器若しくは送気マスク(以下「電動ファン付き呼吸用保護具等」という。)を使用する。なお、隔離養生(負圧不要)の内部においても電動ファン付き呼吸用保護具等を使用することが望ましい。負圧隔離養生及び隔離養生(負圧不要)の外部で石綿等の除去等の作業を行う際に着用する呼吸用保護具は、電動ファン付き呼吸用保護具等又は取替え式防じんマスク(防じんマスクの規格(昭和63年労働省告示第19号)に規定するRS3又はRL3のものに限る。)を使用する。ただし、石綿等の切断等を伴わない囲い込みの作業又は石綿含有成形板等の切断等を伴わずに除去する作業では、同規格に規定するRS2又はRL2の取替え式防じんマスクとして差し支えない。」とされています。
(2)負圧隔離養生と養生隔離(負圧不要)について
負圧隔離養生とは「作業場をプラスチックシート等を用いて作業場所を密閉状態にすること、かつ、集じん・排気装置を用いて作業場内を作業場外に対して負圧にすること」とされています。これによって、石綿除去作業に伴い発生する石綿繊維の作業場外部への飛散・漏えいを防止し、除去作業に従事する作業員等工事関係者以外の立入を遮断することができます。
また、養生隔離(負圧不要)とは、石綿線維の飛散や周辺で作業している作業者へのばく露を防ぐため、作業場の周囲及び上下をプラスチックシート、防音パネル等で囲うことを意味します。
4.防じんマスクの種類
(1)電動ファン付呼吸用保護具について
厚生労働省の解説によれば電動ファン付呼吸用保護具とは、「空気中の粒子(粉じん)をフィルタによって除去し、電動ファンとバッテリを使用して着用者に送風するため、自分の肺で空気を吸引する防じんマスクより楽に呼吸ができ、着用者の面体等の内部が外気圧より高く保たれる(陽圧)ため外気の漏れが少ない、防護率の高い呼吸保護具」のことを指します※。
※厚生労働省「職場のあんぜんサイト」
(2)取替え式防じんマスクについて
取替え式防じんマスクは国によって規格が定められていて、負圧隔離養生及び隔離養生(負圧不要)の外部で石綿等の除去等の作業を行う際には、その取替え式防じんマスクの規格は、上記のとおりRS3またはRL3に限定されています。以下では「RS3」や「RL3」といった規格について説明します。
「R」は取替え式を意味する「Replaceable」、「S」は固体を意味する「Solid」、「L」は液体を意味する「Liquid」からそれぞれ用いられています。
数字は1~3まであり、数字が大きいほど捕集性能が高いことを意味します。
1・・・粒子捕集効率80.0%以上
2・・・粒子捕集効率95.0%以上
3・・・粒子捕集効率99.9%以上
粒子捕集効率の試験を液体で行う場合には「L」、固体で行う場合には「S」ですが、石綿粉じんにばく露する可能性のある作業において求められる取替え式防じんマスクについて、S・Lの指定はされていません。
【弁護士への相談について】
最高裁判決において、国が上記3.4で確認したような現在の規制や防じんマスクについて規格を設けるといった対応を国は行っていませんでした。そのため、国は本来行使すべきであった規制権限を行使しなかったとして、建設業務に従事してアスベストにばく露した労働者の国家賠償請求が認められました。
また、国は上記の責任を認め、建設型アスベスト給付金という制度を令和4年に新設しました。建設型アスベスト給付金は、本記事で確認したような国の規制権限不行使について責任を負うことを前提として、建設業でアスベスト粉じんにばく露された方を救済する制度となっています。ご自身が建設アスベスト給付金の対象となるかどうかなど気になった方は、ぜひ一度弁護士までご相談ください。