電気工事作業員が建設現場における石綿粉じんの曝露によって悪性胸膜性中皮腫に罹患し死亡した場合において、遺族からの元請企業に対する死亡慰謝料等についての損害賠償請求が認められた事例(大阪地裁平成26年2月7日判決)
本稿執筆者
小林 一樹(こばやし かずき)
法律事務所 ASCOPE所属弁護士
新宿高等学校 卒業
青山学院大学法学部 卒業
青山学院大学法科大学院 修了
私が法律家として常に心がけていることは、人の気持ちを大切にするということです。問題を根本的に解決するために、法律のみならず、紛争でお困りの方の抱える思いについてもフォローできるよう日々精進して参ります。
【裁判例のポイント】
・亡X(労働者)は約44年間、建設現場において電気工作業員として就業していました。
・Xの地位は、Y社(元請企業)の従業員、Y社の下請企業の従業員、Y社の下請企業の代表取締役でした。
・XはY社の従業員であった期間のみならず、Y社の下請企業の従業員又は下請企業の経営者であった期間においてもY社との間で支配従属関係にあることが認められ、Y社に安全配慮義務違反があるとされました。
・Xは悪性胸膜性中皮腫に罹患し死亡してしまいましたが、Xの遺族らによるY社に対する請求のうち約4396万円の損害賠償義務があると認められました。
〈目次〉
1.事案の概要
2.主な争点
3.判決
4.判旨
1.事案の概要
建築現場において電気工として従事していた現場作業員であるXが、当該現場において石綿に曝露したとして悪性胸膜性中皮腫に罹患し死亡した場合において、Y社には、XをY社の従業員または下請業者として作業させるにあたり石綿粉じん曝露による健康被害防止措置を講じなかったことにつき、安全配慮義務違反が認められるとして、Xの遺族に対する損害賠償責任を認めた事案です。
(1) Xの勤務歴等について
Xは、昭和37年から平成18年までの約44年間、Y社の従業員または下請業者等として建設現場において電気工事に従事していました。この間における、XとY社との間の雇用等の関係は以下のとおりです。
- ①昭和37年にY社に入社。
- ②昭和43年にY社を退社し、Y社の下請業者であるA商会に入社。
- ③昭和49年頃にA商会から独立し、B電気商会として独立。
- ④昭和58年6月に株式会社Bを設立し、代表取締役に就任し、平成18年までY社から電気工事を受注していた。
(2) 労災認定の状況
Xは、平成18年8月に悪性中皮腫を発症したことにつき労災保険に係る休業補償等を請求し、その後平成19年1月に労災認定がなされ、遺族補償年金、遺族特別支給金、遺族特別年金、葬祭料の支給決定がなされました。なお、当該労災の認定においての調査官意見では、Xが昭和49年頃にA商会から独立したことを受けて、A商会に勤務している間の昭和43年から昭和49年までの約7年間を石綿曝露最終所属事業場として認定がなされています。
(3) 主なY社の反論
Y社は、XがY社を退職してその下請業者の従業員となった後(昭和43年以降)については、Y社はXに対して安全配慮義務を負わないと主張しました。また、Xの作業内容は電気設備工事であって、石綿を直接取扱うものではないため、昭和62年以前の工事については安全配慮義務違反の前提となる予見可能性を欠くとともに、Xが中皮腫に罹患したことと間には因果関係がないと主張していました。
2.主な争点
本判決における主な争点は、①XのY社が請け負った電気設備工事の現場での石綿粉じん曝露の可能性、②Xに対するY社の安全配慮義務違反の有無です。
3.判決
本判決では、Xの遺族によるY社の請求のうち、約4396万円とこれに対する遅延損害金についての請求を認容しました。
4.判旨
(1) Xの石綿粉じん曝露の可能性について
本判決は、①の争点について、Xが従事した各工事現場における使用建材及びその建材にアスベストが使用されていたことを認定した上で、Xの電気設備工としての具体的な作業内容を認定し、Xにおいてアスベスト粉じん曝露の可能性があると判示しました。具体的には、以下のとおり、電気工における建設現場での石綿粉じん曝露状況を次のように認定しています。
「a 電気工が行う天井内の配管、配線作業においては、鉄骨造り及び鉄筋コンクリート造りのいずれの場合であっても石綿吹付材や吹付石綿建材が使用されており、電気工は、これらの吹付作業後、吹付材が乾くのを待ってから、石綿含有吹付材がむき出しの状態のまま、天井内の配線、配管作業を行っていた。
b 配管作業においては、吹付材に覆われたデッキプレートに取り付けられたインサートを露出させたり、アンカーボルトを取り付けるために、手やドライバーで吹付材をこそげ落とす必要があり、また、H鋼の梁にパイラックを取り付ける際には該当部分の吹付材を取り除く作業が必要となった。電気工が乾燥した吹付材を手やドライバーでこそげ落としたり取り除いたりする際には、吹付材が粉じんや小さな塊となって顔や身体の上に降りかかってくるため、否応なしに、石綿粉じんを大量に浴びることを余儀なくされていた。
c 配線作業においては、吹付材が吹き付けられたH鋼の梁にセッターを固定するため、必要な部分の吹付材をはがす作業を行うが、その際にも大量の石綿粉じんに曝された。
d 電気工は、上下階又は梁や壁を貫通させて電気ケーブルを通すためにスリーブ入れを行うが、当該貫通部分には、石綿が含有された耐火仕切版や充填材を用いた耐火被覆作業を行う必要があった。そのため、電気工は、耐火仕切板の切断時や充填材を詰める際に大量に発生する粉じんに曝されながら作業をしていた。
e 照明器具を取り付ける際には、埋込型の照明器具の場合、本天井のボードに穴を開ける必要があった。そのため、電気工は開口作業の際、ボードを切断することによって発生する粉じんやかすを吸い込んでいた。天井ボードの開口作業をボード貼り業者が行うか電気工が行うかはそれぞれの工事の発注内容によって異なるが、仮にボード貼り業者が開口作業を行ったとしても、実際に照明器具を取り付ける際、微調整のため天井ボードの切断、研磨を行うのは電気工自身である。
f 電気工は壁や柱に設置されたボックスにコンセントやスイッチを取り付ける作業も行っていた。このボックス出し作業は、壁や柱に張られたボードに、ボックスの大きさに合わせて穴を開ける必要があった。その際、ボードの切断面から粉じんが発生するため、電気工は当該粉じんに曝されながら作業に従事していた。」
このように裁判所は、電気工が行う作業を具体的に特定しながら、作業毎に石綿粉塵の曝露状況を認定しています。そして、裁判所は、「以上のとおり、電気工は、天井内の配管、配線作業、貫通部分の耐火被覆作業、照明器具の取り付け、ボックス出し作業において、大量の石綿粉じんを吸い込むことを余儀なくされたのである。」と結論付けています。
(2) 直接の雇用関係にない期間におけるY社のXに対する安全配慮義務の有無について
本判決は、②の争点のうち、XがY社と直接の雇用関係になかった期間についてもY社が安全配慮義務を負うと判示しました。具体的には、まず一般論として、安全配慮義務の規範を述べた後、次のように述べて、直接の雇用関係にない下請業者の従業員に対する元請業者の安全配慮義務違反を認めました。
「安全配慮義務とは、ある法律関係に基づいて、特別な社会的接触に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般に認められるべきものである。(中略)元請会社が下請会社の労働者に対して実質的に支配従属関係が認められる場合には特別な社会的接触の関係に入った者として、元請業者は下請業者の従業員に対して安全配慮義務を負う。」
なお、元請業者の下請業者従業員に対する安全配慮義務を負うとした判決は、本判決だけではなく、他にも複数の裁判例で同様の判断がなされています(大阪地判平成23年9月16日労判140号30頁等)。
- ①Y社は各工事現場において、Y社の従業員を常駐の現場監督者として派遣し、電気工への作業指示を行っていた。
- ②Xは、Y社退職後も昭和54年までの間、Y社の厚生年金に加入していた。
- ③Y社は、Y社の従業員教育のための制度として、Y社が直接指導教育する直営班の他にY社の下請業者にY社の従業員を配置して当該業者に指導教育させる下請班という組織が構成され、両班の人員配置はY社の判断によって決められることになっていた。
- ④Xの使用するトラックには、Y社の名前が記載されていた。
- ⑤Xの経営する下請会社の収入の大部分がY社から請け負った工事であった。
(3) Y社の予見可能性及び安全配慮義務違反の内容について
まず、本判決は、次のように述べ、Y社は昭和37年以降において石綿じん肺にかかる予見可能性があったことを認定しました。
「…のとおり、土木建設作業従事者において、昭和37年頃にはじん肺有所見者が継続して高い率で現れていたこと、そして、(中略)電気工が従事する建築工事現場においても、石綿製品が使用されることが多く、同所における作業中には石綿を含む粉じんが飛散することによって従業員らがこれを吸入することを想定できたと考えられること等に照らせば、電気設備工事を担う会社として土木建設業に携わるY社においても、遅くとも(中略)昭和37年頃までには、石綿を含む粉じんが人の生命、身体に重大な障害を与える危険性があることを十分に認識でき、また認識すべきであったと認められる。」
その上で、本判決は、Y社が負うべき安全配慮義務の内容を次のように判示しました。
「Y社が負うべき具体的な安全配慮義務の内容としては、石綿等の粉じんによる健康被害の蓋然性、建設現場における作業内容、同年頃までの知見や法令等による規制などに照らせば、①粉じんが発生・飛散する場所において作業する作業員に対して防塵マスクを支給し、その着用を指示・指導するなどして、作業員に防塵マスクの着用を徹底させ、作業着等に付着した粉じんによる曝露を防止するため、作業後には着衣に付着した粉じんを落とし、皮膚に付着した粉じんを洗い流すように指導をし、②作業員に対して石綿を含む粉じんが生命及び健康に対して及ぼす危険性について教育をするとともに、定期的に健康診断を行う義務を負っていたとともに、③昭和47年頃からは、作業を行う建築工事現場において、石綿粉じんが発生する可能性が高い区域には立ち入らないよう作業員に周知し、また、作業に際して発生する石綿粉じんの量を減らすための対策を講じるなど、可能な限り作業員が石綿粉じんに接触する機会を減少するようにすべきであったというべきである。(中略)よって、…、Y社が、少なくとも昭和37年から昭和63年頃までの間、Xに対して負っていた安全配慮義務に違反しており、同期間内に従事したY社の工事によってXが石綿粉じんに曝露したことが認められる以上、Xの中皮腫罹患とY社の安全配慮義務違反には相当因果関係が認められる。」
以上のとおり、裁判所は、Y社がXに対し、①防塵マスクの着用徹底等、②定期健康診断の実施義務、③立ち入り禁止措置等をとるべきであったとの具体的義務を認定し、これらを怠ったということを判示しています。アスベストの安全配慮義務違反を検討する場合には、現場において上記対応が適切に取られていたかを問題とすることになります。
(4) 結論部分
本判決は、Y社のXに対する安全配慮義務違反及び当該義務違反とXの死亡に対する因果関係を認め、Xの遺族らによるY社に対する請求のうち、合計約4396万円及び遅延損害金の損害賠償請求を認容しました。
【弁護士への相談について】
本判決が示すとおり,建設現場で電気工事に従事していた方でアスベストによる健康被害を受けた方についても損害賠償を行うことができる場合があります。
また,建設作業従事者が,企業に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求(民事訴訟)を提起した場合,その作業従事者が当該企業と直接の雇用関係にない下請企業の従業員としての地位並びにいわゆる一人親方の地位を有していた場合にも,元請会社との間に実質的な支配従属関係が認められる場合には,損害賠償請求をすることができる可能性があります。
具体的に損賠賠償請求できるか否かについては,個別的・専門的な判断を必要としますので弁護士までご相談ください。