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~サラリーマン税金訴訟第一審判決(京都地判昭和49年5月30日)を参考にして~

スーツ購入費用の経費性

【研究裁判例:京都地判昭和49年5月30日(サラリーマン税金訴訟第一審判決)】

 今回取り上げるのは税務訴訟の中でも著名な事件であるサラリーマン税金訴訟ではあるが、最高裁判決や控訴審判決ではなく、あえて第一審判決を取り上げる。
 同判決では、給与所得者である大学教授の被服費として、スーツ購入費用が必要経費となるのかを論じた部分がある。同判決を研究することにより、この議論を給与所得者以外の個人事業主(例えば弁護士等)のスーツ購入費用についても応用できるのではないかと考え、今回の研究課題に設定した。

1.事案の概要

 給与所得者たる大学教授Aが、旧所得税法の定める確定申告すべき義務(昭和40年改正前の所得税法26条1項)を怠ってこれをしなかったところ、所管税務署長から、納付すべき税額5万円余りとする決定処分と、無申告加算税5700円を支払う旨の賦課決定処分がなされた。

 これに対しAは、これらの処分の根拠となっている旧所得税法の諸規定が、給与所得者に対して不合理に重く課税する内容になっており憲法14条1項の平等原則に違反して無効であると主張して、これらの処分の取消しを求めた裁判が、上記サラリーマン税金訴訟である。

2.当事者の主張内容とそれに対する判決内容

 本件の研究課題はスーツ購入費用の必要経費性になるため、その点に対する当事者の主張と裁判所の判断のみを以下抜粋する。

(1) 原告の主張

 被服については、人が生活を営んでいくためにはひとり給与所得者に限らず、誰もが被服を必要とし、また、個人の趣味嗜好によりある程度、その種類、品質、数量等を異にし、耐用年数についてもある程度の個人差が存するであろうと思われる。

 しかし、かような反面、趣味嗜好などの個人的要素によって左右されることのない、主として勤務のためのみに着用する平均的な被服費というものが存することも否定できぬ。ここで原告が必要経費と主張する被服費はいずれも後者に属するものであり、ただ勤務外で着用することのあることを慮って、全額でなく、80%に相当する金額をもつて必要経費と主張する。

 また、現在(引用者注:判決時は昭和49年)の日本のような劣悪な住宅事情、通勤事情の下にあっては、給与所得者は職場からかなり離れた場所に住居を定め満員電車に乗って通勤することを余儀なくされており、そのため給与所得者の背広、ワイシヤツ等、の損耗度は他の所得者に比べて著しく高いものがある。
 したがって、クリーニング代も必要経費である。

→ 要するに原告は、スーツ購入費用が家事関連費に該当し、その主たる部分が収入を得るために必要であり、かつ、その必要である部分を明確に区分できる場合に当該部分に相当する費用が必要経費となるところ、スーツ購入費用はこの要件を満たすと主張した。

(2) 被告(国)の主張

 これら(引用者注:被服費、クリーニング代及び散髪代)は、いずれも家事費に属する。

 被服費はひとり給与所得者のみならず、その他の所得者についても当然必要なものであり、また、被服は個人の趣味嗜好によってその種類、品質、数量等を異にし、その耐用年数についても個人差があるので、たとえ勤務時に着用する被服であっても、必要経費に属する部分を一義的に測定することはできない。

 ただ、特殊の職業に従事する給与所得者、例えば、警察職員、刑務職員、消防職員などが着用を強制され、かつ、職務を遂行する場合以外では着用されない制服、作業衣等は必要経費に当たるともいえるが、これら被服は一般に使用者において支給しているのがわが国の実情である。少くとも、教育研究者である原告の場合には、その主張する被服費は、全部家事費に属する。

→ 要するに被告は、特殊な職業に従事する給与所得者(特別な制服の着用を強制される警察官等)の制服であれば必要経費性が認められるが、本件のような大学教授のスーツはこのような被服ではなく、必要経費ではない(家事費に過ぎない)と主張した。

(3) 裁判所の判断

 思うに、被服はひとり給与所得者に限らず、誰もが必要とし、その種類、品質、数量等は個人の趣味嗜好によってかなりの差異があり、耐用年数についてもかなりの個人差が存するものであるから、被服費は、一般的には、個人的な家事消費たる家事費に属すると解するのが相当である。

 しかし、例えば、警察職員における制服のように、使用者から着用を命ぜられ、かつ、職務遂行上以外では着用できないようなものについては、その被服費の支出は、勤務のために必要なものとして、給与所得の必要経費を構成するものと解すべきである(右の例における制服の現物給与は非課税とされている。旧所得税基本通達210の10参照)し、かような特殊な職業に従事する者ではないその他の一般の給与所得者についても、専ら、または、主に家庭において着用するのではなく、これを除き、その地位、職種に応じ、勤務(ないし職務)上一定の種類、品質、数量以上の被服を必要とする場合には、その被服費の支出は勤務についても関連するものとして、家事費ではなく、家事関連費であると解するのが相当である。

 原告の主張も、その背広等の支出が家事関連費に一応属することを前提にしているものと解することができる。しかして、原告の主張する背広等の被服費の支出も、勤務上必要とした部分を、他の部分と明りように区分することができるときは、当該部分の支出は必要経費になると認める余地がある。

 しかしながら、本件においては、原告がその主張する被服費を支出したとの事実を認めるに足りる証拠がないので、これ以上判断するに及ばない。

→ 要するに裁判所は、警察官のような特殊な職業に従事する給与所得者でなくても、被服費が家事費ではなく家事関連費として必要経費性が認められる余地があると判示した。具体的には、①勤務上の必要性があり、②勤務との関連性がある部分と私的な部分(家事費の部分)とを明確に区分できる場合には、家事関連費として必要経費性が認められると判断している。
 しかし、同訴訟において原告が被服費支出の具体的主張立証を行わなかったため、具体的な事実認定や必要経費性の判断はなされなかった。

3.判決内容の研究

 一般論として、スーツは仕事以外の場面では冠婚葬祭以外に使い道が少なく、冠婚葬祭で使用するスーツと仕事用のスーツを分けて購入している人も筆者の感覚としてそれなりに存在するため、一定の場合には必要経費性が認められるという結論自体には賛成できる。

 しかし一方で、家事関連費として必要経費性を認めるということは、スーツ購入費用の全額を必要経費として認めることはできないこと(一定割合を家事按分して経費を計上することになること)を意味している。この点については、本判決のケース以外の場面で妥当しない場合があると考えるため、その射程を厳密に精査する必要がある。以下詳述する。

(1) 必要経費性の判断の一般論

 本判決の上記引用部分の前には、以下のような一般論が述べられている。

 「ある具体的な費用の支出が必要経費を構成するか否かの判定に当たっては、当該所得者の置かれている現実的、かつ、標準的な社会的生活条件ないし該所得の発生環境の実態に即し、社会通念に照らして判断すべきものである。」

 この引用箇所からも明らかなように、スーツ購入費用に必要経費性が認められるかどうかは、その支出をした者の置かれている個別具体的な環境や、一般論としての標準的な実態を考慮して判断されるのであり、本判決を前提とした場合であっても、スーツの使用実態次第ではスーツ購入費用の全額が必要経費と認められる場合があると考えることができる。以下の(2)では、具体的に全額が必要経費となり得るケース(少なくとも本判決の射程が問題となるケース)を検討していく。

(2) スーツ費用の全額が必要経費として認められうるケース(私見)

 例えば、事業所得者である弁護士が、仕事用としてネイビー色の無地のスーツを9万円で購入した場合を想定する。

 弁護士は依頼者との面談時だけでなく、裁判所等の公の場所にスーツを着て出頭することが社会通念上想定される職業であり、筆者の経験上もスーツ(又はジャケットアンドパンツスタイル)以外の衣服を着用して法廷に現れる弁護士を見たことはなく、スーツ購入について業務上の必要性があることに争いはないと思われる。したがって、少なくとも家事関連費として必要経費性が認められる余地があると十分に考えることができるだろう。

 では仮に、このスーツを事務所の更衣室に常備しておき、必要になった場合だけ更衣室で着替えて、仕事以外の場面では一切着用しないような使用方法を想定して購入し、実際にそのような使用方法をとっていた場合はどうであろうか。事務所兼住居の場合に家事按分が発生することは、物理的に住居部分も存在する以上は致し方ないといえるが、物理的に事務所機能しか持たない建物の家賃を家事按分すべき(家事関連費とすべき)だと解する必要はないのであり、上記のようなスーツの使用方法であれば、そのスーツの購入費用の全額を必要経費として認める余地もあり、本判決の射程が及ばないと考えるできではないか。

 この点については、一般論としてネイビー色の無地のスーツは冠婚葬祭等の仕事以外の場面でも使用可能なものであり、社会通念上もそのような使用を行う者が多いため、やはり家事関連費と考えざるを得ないという見解もありうる。

 しかし、例えば弁護士が、あるブランドバッグの類似品について不正競争防止法違反か否かを裁判で争う仕事を受任した際に、オリジナルのブランドバッグを証拠提出のために購入した場合、その全額が必要経費と認められることにおそらく争いはないのではないか。そうすると、一般的な機能として私的利用が可能か否かというのはあくまで家事関連費性を認定する際の一般論であり、上記の更衣室にスーツを常備するケースのように、使用方法が業務上の使用に限られることが客観的にも明らかな場合には、その購入費用の全額を必要経費とする(家事按分はしない)ことも十分認められると考えるべきである。

 もっとも、実際にこの経費性が問題となる場面では、上記の客観的な状況を明らかにするための証拠が重要である。具体的には、スーツを更衣室に常備していたことを立証するために、更衣室に常備している写真を定期的に撮影した上で、冠婚葬祭等の場面では他のスーツを着用していたことを写真等で立証することが考えられる。

4.今回の判例研究のまとめ

 本判決は、スーツ購入費用が場合によっては家事関連費として必要経費性が認められることを判示した点で非常に重要な判決であったといえる。

 しかし、その射程については慎重に検討する必要があり、個別具体的な事情によっては、同じ職業の人がスーツを購入した場合であっても、必要経費性が全額について認められない場合もあれば逆にその全額について認められる場合もあり得るのであるから、ケースバイケースで慎重に検討するとともに、証拠作りについても合わせて準備しておく必要がある。

以上

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