1.配転命令制度の概要について
(1) 「配転」とは
一般に「配転」とは、使用者の命令により従業員の配置(職務内容・勤務場所)を相当の長期間にわたって変更することを言います。
配転に類似する概念として、転勤・出張・応援などがありますが、転勤は、配転のうち、勤務地の変更を伴うものを指します。一方で、出張は、臨時的に勤務場所が変更されるものを指し、応援とは、本来的な職務内容及び勤務場所はそのままに、臨時的、付加的に他部署又は他所で業務を行うものを指します。
(2) 配転命令権は雇用契約による人事権の一内容として使用者に認められていること
使用者が従業員に対し、配転命令を行うためには、配転命令権を有することが必要ですが、一般に、使用者は労働者に対し、雇用契約上の人事権を有しており、その一内容として、労働者の職務内容や勤務場所を決定する権限を有しているとされています。
したがって、仮に、雇用契約や就業規則において、配転命令権を明確に根拠付ける条項が存在しない場合であっても、使用者は、上記人事権に基づいて、労働者に対し、配転命令を行うことが可能であると考えられています。
ただし、この人事権は、雇用契約の締結により、従業員から使用者に対して、自己の労働力を当該雇用契約の範囲内で自由に利用させること合意することを根拠として発生する権利です。そのため、当該雇用契約において、人事権の行使を制約する条項(合意)がある場合には、その条項に従った範囲でのみ人事権の行使が認められることになります。
具体的には、雇用契約に、職務内容・勤務地の限定がある場合などがこれにあたります。
2.配転命令権の限界について
(1) 雇用契約による制約について
一般に、配転命令の限界を画するものとして、雇用契約における職種限定・勤務地限定の条項がある場合が挙げられます。
ア 職種限定のケース
日本テレビ放送網事件(東京地決昭51・7・23判時820号54頁)では、テレビ放送のアナウンサーとして雇用された従業員に対する他職種への配置転換命令について、アナウンサー業務における高度な専門性、従業員が20年近く一貫してアナウンサー業務に従事してきたことなどを考慮し、「アナウンス業務以外の業務にも従事してよい旨の明示または目次の承諾を与えているなどの特段の事情のない限り、申請人は、被申請人との間に、テレビ放送のアナウンス業務のみに従事するという職種を限定した労働契約を締結したものであつて、その後申請人が個別に承諾しないかぎり、被申請人会社におけるその余の業務に従事する義務を負わないものと解すべきである。」と判示しています。アナウンサー職の者について同様の判断をした裁判例として、中部日本放送事件(名古屋地判昭和49・2・27労経速841号14頁)、アール・エフ・ラジオ事件(東京高判昭和58・5・25労判昭和58・5・25労判411号36頁)などがあります。
ただし、近年の裁判例では、こうした職種限定の合意を、あまり認めない傾向にあるとされており(宮崎放送事件(宮崎地判昭和51・8・20労判259号15頁)、九州朝日放送事件(最一小判平10・9・10労判757号20頁))、学説上も、技術革新や業種転換、事業再編などが今日ではよく行われるため、職種限定の合意が成立しにくい傾向にあると考えられています。
イ 勤務地限定のケース
一般に、雇用契約上勤務場所が特定されている場合が勤務地限定のケースと言えます。例えば、現地採用でこれまでも転勤がなかったような工場作業員を他の工場に転勤させるような場合には、転勤をさせるためには労働者の個別の同意を要するとされたケースとして、新日本製鉄事件(福岡地小倉支決昭45・10・26判時618号88頁)があります。最近の裁判例としては、レンタカー業務を行うアルバイト従業員について、当初の雇用契約書で「b店」とだけ限定した記載がされ、その後、かかる雇用契約書に「Y1社b店及び近隣店舗」ないし「b店及び当社が指定する場所」と記載が変更された場合であっても、かかる従業員と会社との間で、少なくともb店又はc店などの近接店舗に限定する旨の合意があったと認定し、かかる従業員に対する配転命令が勤務地限定の合意又は権利濫用により無効とされたものとして、ジャパンレンタカー事件(津地判平成31年4月12日労判 1202号58頁)があります。
ただし、現地採用する労働者であっても、採用時に就業規則上の転勤条項の適用がありうることを告知して雇用し、転勤の目的が余剰人員の雇用調整にある場合などに一方的な配転命令を認めた事案も存在します(エフピコ事件:東京高判平12・5・24労判785号22頁)。
このように、現地採用労働者などについては、雇用契約上一見して勤務地限定の合意があるように見えるものの、採用時において転勤の可能性などが示唆されている場合には勤務地限定の合意がないと判断される場合もあり、この点については、職務内容、勤務状況などの個別的な判断が必要になると考えられます。
ウ まとめ
以上をまとめると、配転命令の有効性を考える場合、まず、雇用契約書や就業規則を中心に検討し、当該職種又は勤務地以外に一切就かせない旨の合意が認められるなどの特段の事情はないかを検討することになります。
(2) 配転命令権の濫用と判断されるケースについて
次に、配転命令権の根拠が認められ、かつその配転命令権に関する雇用契約上の制約が存在しない場合であっても、配転命令権の行使が権利濫用に該当する場合には配転は認められません。
この場合、大きく分けて3つの観点から配転命令権の濫用の有無は判断されることになります。具体的には、当該配転命令が、①業務上の必要性に基づいて行われたか否か、業務上の必要性が存在する場合であっても、②他の不当な動機・目的を持ってなされていないか、または③当該配転命令を行うことにより、労働者に対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものでないか(東亜ペイント事件:最二小判昭61・7・14労判477号6頁参照)を総合的に考慮することにより判断されます。
「総合的に考慮する」ということは、①及び③について、それぞれが認められるか否かだけで配転命令権の濫用の有無が判断されるのではありません。それぞれ業務上の必要性が高ければ、労働者の不利益はある程度高くなっても配転命令が有効とされる一方、業務上の必要性がさほど認められない場合には、労働者の不利益が大きくない場合でも配転命令が権利濫用となる場合もあるということ(比例関係)を意味しています。
この点、②業務上の必要性以外の不当な動機・目的を持ってなされた例として、労働者に退職を促す目的で配転命令がなされる場合(東京地決平7・3・31労判680号75頁)があります。
また、③の業務上の必要性が認められたとしても、労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせた例として、要介護状態にある両親などの家族を抱えた従業員に対する遠隔地への転勤命令や(東京地判平30・2・26労判1177号29頁)、労働者本人が転勤困難な病気にかかっている場合(京都地判平12・4・18労判790号39頁)などがあります。
(3) 事業所の閉鎖に伴う配転命令が有効であると判断されたケースについて
この点、配転命令権の濫用の有無について、事業所の閉鎖に伴う配転命令が有効であると判断した裁判例があります(大阪地判平28・3・23ウエストロー2016WLJPCA03238001)。
概要を簡潔に述べると、期間の定めのない労働契約を締結し、東京を中心とする関東地方の支店や営業所に所属していた従業員が、会社の事業譲渡により、東京の事業所が閉鎖され、大阪の事業所への配転命令がなされたことについて、当該配転命令は配転命令権の濫用にあたり違法・無効であるとして、配転命令後の業務に従事する労働契約上の義務がないことを確認するなどの訴えを提起した事案です。
しかし、裁判例は、次のとおり判示して、従業員の主張を退けています。
まず、「業務上の必要性とは、当該異動が余人をもっては容易に替え難い等の高度な必要性に限定されるものではなく、企業の合理的運営に寄与する点が認められれば足りると解するのが相当である。」と判示し、業務上の必要性に関する基準を示した上で、「本件配転は、被告の経営状態悪化によって、経営再建のための一環である組織の統廃合に伴って、原告が従来所属していた東京の部署が大阪に統合されたことを原因とするものであるところ、東京と大阪にあった部署の統一により、統一先の部署(大阪)に当該部署所属の従業員を配転するということは、合理的運営の一方策として十分に首肯することができるというべきである。」と判示し、本事案における配転命令にかかる業務上の必要性を認めました。
そして、「(中略)また、原告は、本件配転が、退職勧奨に応じなかった原告に対する報復的な措置としてされ、かつ原告を退職に追い込む目的でされたものである旨主張する。しかしながら、(中略)以上の点を総合的に勘案すると、本件配転が退職勧奨に応じなかった原告に対する報復的措置であるとか、原告を退職に追い込む目的でされたものであるとはいえず、その他に、原告の上記主張を認めるに足りる的確な証拠は認められない。」と判示し、配転命令に関し、業務上の必要性以外の不当な目的や動機はないと認定しました。
また、「(中略)さらに、原告は、東京都内に自宅を保有していたため、自宅の住宅ローンを払いつつ、大阪での住居の賃料も、被告からの住宅補助金で賄いきれない部分を負担しなければならなくなり、経済的にも不利益を被った旨主張する。しかしながら、上記認定したとおり、被告は原告に対し、大阪の借家の賃料と同額の住宅補助金(月額4万円)を支払っていたこと、原告は独身であり、東京に養育ないし介護が必要な家族等がいるわけでもないことに照らせば、本件配転によって、原告に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益が生じているとは認め難い。」と判示しました。かかる判示によると、従業員に対して住宅補助金を支給していた事実が、従業員の被る不利益への緩和措置として考慮されているようです。
したがって、上記の裁判例を踏まえると、業務上の必要性について、経営再建のための組織再編など会社全体に関わる経営判断は会社の裁量が尊重されるものと考えられます。
一方で、従業員の不利益の程度を考慮する際、当該転勤等による不利益を緩和する措置を取っていることが考慮されていることからすると、このような緩和措置を行うことが、配転命令による不利益の程度を軽減する要素となりうるものと考えられます。
上記裁判例を踏まえて、ご質問のケースを考えた場合、まず雇用契約上、当該従業員が従事している業務以外の職種には一切就かせない旨の職種限定の合意が認められないことが前提になります。また、配転命令を行うに至った経緯が、売上低下による事業所閉鎖であるため、配転命令権に係る業務上の必要性が認められる可能性は高いと考えられます。
しかし、一方で、ご質問のケースでは、従業員がマンションを購入しており、またその場所に家族も居るということですので、上記裁判例のケースよりも従業員が被る不利益は大きくなります。そのため、家族扶養手当(別居手当)を支給するなどして、配転命令の対象となる従業員本人だけでなく、別居する家族の生活状況に変化がないようにするなどの緩和措置を設けておいた方が、より安全に配転命令を行使できるのではないかと考えます。