1.年次有給休暇とは
(1) 「年次有給休暇」と「会社休暇」
一般的に有給休暇と呼ばれるものは2種類あります。法律上付与することが義務づけられている「年次有給休暇」(以下「年休」といいます。)(労基法39条1項)と、会社が任意で付与する有給休暇(いわゆる「特別休暇」)です。法律における年休制度の目的は、給料が保障された、一定日数の休みを労働者に与えることで労働者の健康面に配慮するというものです。もっとも、年休制度は、使用者に一方的に義務を押しつけるものではなく、企業経営に関する配慮がなされている部分もあります。以下本記事では、前者の年休制度について説明していきます。
(2) 「年次有給休暇」の基本的事項
年休は、「6か月間継続勤務」し、「全労働日の8割以上出勤」した労働者について有給休暇を取得する権利を法律上付与する制度です。労働者が年休取得を会社に表明した場合、会社がそれに対して同意することを要せずして、当該日に労働者の就労義務が免除されます。簡単に言うと、労働者は法律で、給料をもらいつつ休日とする日を自分で決められる権利が与えられているということなのです。
これに対して会社側はなんらの対抗手段もないのかというと、そうではありません。それが、次にお話しする「時季変更権」というものです。
2.会社による時季変更権
労働者側の都合により、いつでも無条件に年休を取得できるとなると、会社の運営に大きな支障が出てしまうこともあると思います。
そこで法律は、労働者の指定された時季に年休を与えると「事業の正常な運営を妨げる」場合に、会社に対して、その時季を変更する権利を与えています(労働基準法39条5項ただし書き)。
ここでいう「事業の正常な運営を妨げる場合」については、会社が休む従業員の代替要員を確保できるか、できない場合に会社運営にどの程度影響が生じるかなどの事情により判断されます。
例えば、ある記者クラブに単独配置(この人員配置そのものが合理的であることは前提とされている。)された報道記者が、約 1か月にわたる連続的年休を請求したところ、会社が年休後半の12日間につき時季変更権を行使した事案について、「本件時季指定どおりの長期にわたる年次有給休暇を与えることが『事業の正常な運営を妨げる場合』に該当するとして、その休暇の一部について本件時季変更権を行使したことは、その裁量的判断が、労働基準法三九条の趣旨に反する不合理なものであるとはいえず、同条三項ただし書所定の要件を充足するものというべきであるから、これを適法なものと解するのが相当である。」と判示した裁判例があります(時事通信社事件-最三小判平 4・6・23民集46巻4号306頁)。
このように、「事業の正常な運営を妨げる」か否かについては、それぞれの会社の状況と従業員が取得する年休の期間等を考慮しつつ、会社が代替要員を確保できるか否かを1つの基準として判断される傾向にあります。
他方で、大企業で従業員数も規模も十分な会社があるとします。この場合には、代替要員の確保は容易でしょうから、よほどのことが無い限り会社による時季変更権は認められないでしょう。一方で、中小企業で従業員数も規模も十分でない会社におけるプロジェクトリーダーである従業員が、当該プロジェクトの公開プレゼンの日程に年休を取得したいと言ってきた場合には、およそ従業員の代えは効かないでしょうし、公開プレゼンが会社の経営に重要なものであれば、会社による時季変更権が認められる可能性が高いと言えます。
しかし、現実では、プロジェクトリーダーを任されている従業員自身が当該日程は重要な日であるから休めないと認識しているでしょうし、そのような日に休みを申請することは通常考えられません。そうすると、従業員との事前の相談なしに時季変更権を会社が行使する場合は、よほどのことが無い限り想定しえないと思われます。会社側はやはり時季変更権を一方的に行使することは難しいという認識でいる方が無難と言えるでしょう。
3.有給休暇の事前申請制度
(1) 基本的な考え方
次に、年休取得を事前申請方式とすることができるかについてご説明いたします。
上記でお話ししてきたとおり、法律は、一方で労働者に時季指定権を与え、他方で会社に時季を変更する権利を与えています。そうすると、少なくとも会社が時季変更権を行使するか否かの判断をするための時間的猶予が認められるべきだと考える余地はありそうです。そこで、会社の対応として考えられるのが、就業規則において年休取得を事前申請とする制度を定めておくことです。
(2) 裁判例で示されている考え方
この点、判例では、「有給休暇の取得を事前申請とすることを就業規則によって定めることは、会社側に時季変更権の可否の判断をする考慮期間を与えること及び代替要員の確保等を可能にさせるための時間的猶予を持つことによりなるべく時季変更権の行使を不要にするという点で合理的であるから有効である」とされています(此花電報電話局事件=最判昭和57・3・18労判381号20頁)。
この判例では、年休取得の手続きについて、「休暇の前々日までに申請すること」とされていたところ、このような2日前の事前申請制度は合理的であり、有効であると判断されました。この判例が示した「2日前」という基準は、電報電話局としての業態を踏まえて合理的と判断したものにすぎませんので、一般論として、全ての事業に妥当するわけではありませんが、事前申請制度の策定を考える上で一つの目安になると思います。
したがって、通常想定される1~2日間の年休取得について、年休日の2日前までを申請期限とする事前申請制度を設定することは可能と言えるでしょう。
では逆に、それ以上の期間を申請期限とすることはどうでしょうか。
この点、事前申請制度の期限を何日前とするかについて具体的に基準を示した裁判例等はありません。しかし、事前申請制度の合理性が認められた趣旨が、会社側に対する代替要員確保のための猶予期間であることに鑑みれば、一般的には、年休取得期間が長期になるにつれて代替要員を確保することも困難になることが想定されますので、年休取得期間に応じた事前申請制度の期限を設けることも合理的であると判断される可能性は高いと考えます。
そこで、事前申請制度の立て付けとしては、原則的な年休取得にかかる申請期限は年休取得日の2日前とし、年休取得日が長期間に渡る場合には、従業員が当該年休取得の事情を把握した後できる限り速やかに会社に対し申請することを求める規定を定めることが有用と考えます。