1.配転とは
従業員の配置の変更であって、職務内容または勤務場所が相当の長期間にわたって変更されるものを配転といいます。このうち、勤務地を変更することを転勤といいます。(※1)
(※1)菅野和夫『労働法(第12版)』727ページ(弘文堂、2020)
2.配転命令の有効性
①法令違反がなく、②労働契約上の根拠があり、③権利の濫用とならない場合、配転命令は、有効と認められます。以下では、これらの要件に反して配転命令が無効となってしまう場合についてより詳しく説明します。
(1) どのような法令違反があると配転命令が無効となるか
労働組合への加入や正当な組合活動を理由とする配転命令は、不当労働行為(労働組合法7条1号参照。)として無効になります。また、性別、国籍、社会的身分を理由とする差別的な配転命令(雇用機会均等法6条1号等参照。)も無効になります。
(2) どのような項目が配転命令に影響する労働契約上の根拠となるか
例えば、現地採用で慣行上転勤がなかった工場作業員のような場合、労働契約上、勤務場所が特定されていると認められ、就業場所の変更には労働者の同意が必要です。(※2)総合職の正社員である場合、転勤によりキャリアアップ、能力開発を図ることが期待されていることが多いので、契約時に勤務地の限定の合意は認められにくいと考えられます。(※3) また、特殊な技術・資格を有する場合、職種を限定していると考えるのが通常です。ただし、特別な訓練等を経て一定の技術を修得し、長い間特定の職種に従事した場合であっても、技術革新や事業再編成等によりそのような合意が否定された裁判例も存在します。(※4) 採用時には労働条件、就業の場所及び従事すべき業務に関する事項も書面の交付により明示しなければなりません(労基法施行規則5条1項1号の3、同4項)。 ですから、上述した裁判例のように勤務場所や職種の特定があったかという点での紛争を避けるため、労働条件明示書などに「将来、勤務場所、担当職務、職種を変更することがあります」といったことを付記しておくと良いでしょう。
(※2)新日本製鉄事件(福岡地裁小倉支部昭和45年10月26日決定・判時618号88ページ) (※3)企業人事労務研究会『企業労働法実務入門(改訂版)』212ページ(日本リーダーズ協会、2019) (※4)東亜石油事件(東京高裁昭和51年7月19日・労民27巻3=4号397ページ)
(3) どのような場合に権利の濫用となるか
以下のような場合、配転命令は権利の濫用となり無効です。(※5) ① 業務上の必要がない場合 ② 配転が不当な動機、目的によるものである場合 ③ 労働者の被る不利益が通常甘受すべき程度を著しく超える場合 まず、業務上の必要性がない配転命令や、嫌がらせ目的、退職に追い込むことを目的とした配転命令は無効になります。また、業務上の必要性があっても、重篤な病気の家族を介護しなければならない場合など、配転による労働者の不利益が著しいときも、配転命令は無効になります。(※6) 他方、例えば配転により単身赴任になるといった、労働者の不利益が転勤に伴い通常甘受すべき程度にとどまるときには、業務上の必要性については余人をもってかえがたいといった高度なものである事は必要なく、人材の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、労働意欲の高揚、業務運営の円滑化といった程度の必要性により業務上の必要性が認められるでしょう。
(※5)東亜ペイント事件(最高裁判所昭和61年7月14日第二小法廷判決・労判477号6ページ) (※6)一般財団法人あんしん財団事件(東京地方裁判所平成30年2月26日判決・労判1177号29ページ)
(4) 賃金を引き下げる配転命令を行う場合の注意点
職務等級制等の下で、降級等に伴う配転により賃金の引下げが生じた場合、就業規則上そのような配転権限が明示されているか、権限の行使が認められるか、降級や賃金の引下げの不利益に照らして権原の濫用とならないかという観点からその有効性が判断されます。 一方、このような制度がない場合、職務内容の格下げに伴い賃金を大幅に引き下げるような配転は、相当な理由がない限り、配転命令権の不存在又は濫用と判断されるでしょう。
3.有効な配転命令に従業員が従わない場合の対処
会社としては、職場の規律を維持し、他の社員への業務が阻害されたり、社員の士気が低下したりといった悪影響を防ぐため、毅然とした姿勢で以下のような対応をすることが必要です。
(1) 人事担当者等からの新しい職場への出勤の督促
従業員が配転先に出勤しなければ業務に支障が生じかねません。将来の懲戒処分が相当であるというためにも、その旨を従業員に知らせ、新しい職場に出勤して職務を遂行することを複数回に渡って命ずることが必要です。
(2) 自宅待機命令
職場の秩序が乱されることが合理的に懸念される場合には、懲戒処分に先立って自宅待機命令を出すことが考えられます。 会社は、業務上合理的な必要があれば自宅待機命令を出すことは可能です。ただし、事故や不正行為再発の防止等、自宅待機命令を出すことがやむを得ないと認められる事情がない場合、賃金を支払う必要があります。(※7)
(※7)日通名古屋製鉄作業事件(名古屋地裁平成3年7月22日判決・労判608号59ページ)
(3) 懲戒処分
有効な配転命令の拒否は、不当かつ重大な業務命令違反ですから、懲戒処分に相当する行為です。 もっとも、懲戒解雇に関しては、裁判所は解雇処分の相当性については慎重な判断をしますので、単に数日間従来の職場に出勤したというだけであれば、懲戒解雇の相当性は認められにくいでしょう。 裁判例においては、会社が職務内容に変更が生じないことを説明したにとどまり、配転後の通勤所要時間・経路など、労働者が受ける利害得失を考慮して、合理的な決断をするために必要な情報を提供しておらず、必要な手順を尽くしていないとして配転命令拒否を理由とする懲戒解雇を無効とした事例があります。(※8)一方、配転命令が有効であり、配転先での就労を開始せず、会社から繰り返し命令を受けても3か月以上にわたり就労を拒み続け、正当な理由なく無断欠勤が7日以上に及ぶという懲戒事由にも該当するとしてなされた懲戒解雇が有効とされた事例(※9)も存在します。
(※8)メレスグリオ事件(東京高裁平成12年11月29日判決・労判799号17ページ) (※9)東京地裁令和元年5月28日判決
4.配転が無効である場合のリスク
一方,上記の基準により配転命令が無効であると判断された場合,従業員が配転に応じなくて良いだけでなく,配転命令が不当な動機に基づくような場合等には,従業員から不法行為に基づく損害賠償請求として慰謝料の請求を受ける可能性もあります。 また,上記のような賃金の引き下げを伴う配転命令が無効であると判断された場合には,賃金の引き下げ分を支払わなければなりません。 そのため,配転命令を行う際には,このようなリスクを避けるため,事前に弁護士にご相談いただくことをおすすめいたします。