第1 不正競争防止法違反の場合について
不正競争防止法は、市場における競争が公正なものとして機能するために定められた法律であり、市場経済における健全な競争原理を不正な手段で阻害するものを規制するものです。その中の一つに、本問題で取扱うような顧客情報(営業秘密)を不正に取得したり、使用したりすることを禁止するものがあります。
1.「営業秘密」(不正競争防止法第2条第6項)として保護されるための要件とは
「営業秘密」として保護されるための要件は①秘密管理性、②有用性、③非公知性となっています。 この点、①秘密管理性とは、当該企業において、その情報等が秘密事項として管理され、管理されていることが従業員に対し示されていることを意味します。 また、②有用性とは、当該情報自体が客観的に事業活動に利用されており、利用されることによって、経費の節約、経営効率の改善等に役立つものであることを意味します。 さらに、③非公知性とは、呼んで字のごとく、公に知られていないことを意味します。 これらの要件を満たすものが「営業秘密」に該当するものとして不正競争防止法によって保護されることになります。
2.不正競争防止法違反が認められた場合の効果について
(1)営業秘密を不正利用された者は当該営業秘密の利用差止めや不正使用によって被った損害賠償を請求することができる
「営業秘密」を不正利用していることが認められた場合、不正競争防止法に基づき、当該営業秘密の利用を差止めることができる可能性があります(法3条)。 また、当該営業秘密の不正利用によって、会社に損害が生じた場合、その損害を賠償するよう請求することができる可能性があります(法4条)。
(2)不正競争防止法違反者には刑事罰が科される可能性がある
個人が不正競争防止法に違反した場合には、10年以下の懲役若しくは2000万円以下の罰金などが科される可能性があり(法21条)、法人の代表者や法人においては5億円以下の罰金刑(法22条)が科される場合があるなど、事案によっては刑事罰が科される可能性があります。
3.「営業秘密」該当性の具体例(顧客名簿の検討)
(1)顧客名簿は営業秘密に該当する典型例とされている
「顧客名簿」は「営業秘密」に該当する典型例とされています。その理由については、顧客情報は、当該企業が顧客の需要を把握し的確な営業活動を可能にする点で、一般的に企業利益を獲得するために有用であるとされているからです。そのため、裁判で審理の対象となった営業秘密が顧客名簿である場合には、②の有用性は概ね認められる傾向にあります。一方、多くの裁判で問題となるのは①秘密管理性です。
(2)秘密管理性に関する判断のポイント
秘密管理性を判断する際に考慮される事項は様々なものがあるものの、裁判例が着目する主なポイントとして挙げられるものとしては、 ①アクセス制限性(情報にアクセスできる者が限られていたか) ②秘密認識可能性(情報にアクセスした者が当該情報が営業秘密であることを認識できるようにされていること)とされています。 より具体的にご説明すると、①については、当該顧客情報が鍵のかかったキャビネットによって保管されており、自由に持ち出すことが禁止されていたり、顧客情報データにはパスワードの設定がなされており、誰でも自由に閲覧することができないようにされていたりしていた場合には①アクセス制限性があると認められる傾向にあります。 また、②については、顧客情報を集約したファイルが紙媒体である場合には、当該顧客情報のファイルにマル秘などの記載がされていたり、社外秘である旨が周知された上で閲覧・回覧がなされているという運用があったとされる場合には②秘密認識可能性が認められる傾向にあります。
(3)小まとめ
もっとも、秘密管理性は、上記でご説明したポイントの他にも、当該顧客情報の内容、利用方法、利用可能な対象従業員の制限、それらと管理方法や運用方法、秘密とされていることの周知の有無など様々な要素から判断されるものとされており裁判例でもそれぞれ判断が分かれるところとなっています。 そのため、貴社の顧客情報が「営業秘密」に該当するかどうかについて、パスワードをかけて保管していた顧客情報であるから「営業秘密」として保護されるだろうと判断するのは早計ですので、個々の秘密情報が不正競争防止法によって保護される営業秘密に該当するか否かについては弁護士に相談することをおすすめいたします。
4.営業秘密の不正使用がされた場合の対処法
顧客情報が不正使用されたことが疑われる場合、次のような対処法をとることが考えられます。 ① 証拠の収集 ・顧客情報の管理体制等の把握 ・目撃者(従業員)の証言 ・顧客からの問い合わせ ・取引先からの情報 ・競合する顧客及び数の把握 ② 採りうる措置の検討 ・任意交渉 ・損害額の算定 ・不正利用の差止め ・刑事告訴 ③ 今後同様の事態が生じない様にする対策 ・就業規則や各種規定の見直し ・誓約書や特約の締結 この中から何をどのように選択することが合理的かという点については、企業の営業秘密管理コスト、訴訟コストなどを比較考量し、どの程度の費用対効果を見込めるの等を検討することで判断します。この点、営業秘密は一度不正利用されてしまうと事後的に回復することが困難になる場合が多いため、事後的な対応策を検討する場合であっても、事前の予防策として今後どのような対策を採るべきかについても合わせて検討することをおすすめいたします。
第2 特約違反の場合及び不法行為に基づく損害賠償請求について
仮に、問題となる秘密情報が不正競争防止法における「営業秘密」に該当しない場合には、不正競争防止法に基づく保護は受けられないことになりますが、その場合であっても、秘密保持誓約書などの特約を従業員との間で締結している場合には、当該特約に基づいた保護を受けることができる可能性があります。 例えば、建築物・車両等の内外装の清掃・補修・保守等の各事業とそれらに関するフランチャイジー事業を行っていた会社とその会社に勤めていた従業員との間における裁判で、会社が当該従業員に対し身につけさせた上記各事業の技術について、各技術は、不正競争防止法にいう営業秘密には当たらないが営業秘密に準じるものとしての保護を受けられるなどとして、特約において保護されるべき秘密として認定し、会社から従業員に対する損害賠償を認めたケースがあります(トータルサービス事件:東京地判平成20年11月18日)。 また、秘密として管理されていた製造技術についてのノウハウを退任取締役が他へ開示等して利用する行為につき不法行為(民法709条)の成立を認めたケース(大阪高判平成6年12月26日)がありますので、特約がない場合であっても、損害賠償請求できる可能性があります。