1.競業避止義務について
(1) 退職後、退職前で法的根拠が異なることに注意
競業避止義務とは、労働者が会社に対して、同業他社の業務を行ったり、同業他社を開業したりして、当該会社の利益を不当に損なわないようにする義務をいいます。<\br>
この点、労働契約が存続中であれば、当該労働契約に内包する義務(※1)として労働者は会社に対して競業避止義務を負うとされています。
一方で、労働契約終了後は、労働者が会社に対してそのような誠実義務を負う関係はなくなるため、労働者が会社に対して競業避止義務を課すためには、労働者が退職後においても競業避止義務を負う旨の個別の合意又は就業規則による定めを設けることが必要です。
(※1)誠実義務(労働契約法3条4項)
(2) 退職後の競業避止義務特約が存在しない場合に採りうる手段について
退職後の競業行為について上記のような特約がない場合であっても、不法行為による損害賠償の請求を検討し得る場合がありますので、弁護士にご相談ください。
2.裁判例の傾向について
(1) 請求の種別による裁判例の一例
競業避止義務違反に関連して会社側の請求を認めた裁判例として、①退職金の減額・不支給を認めたもの(※2)、②競業行為の差止めを認めたもの(※3)、③損害賠償請求を認めたもの(※4)などがあります。
(※2)三晃社事件(最二判昭52・8・9労経速958号25頁) 三田エンジニアリング事件(東京高判平22・4・27労判1005号21頁) ヤマダ電機事件(東京地判平19・4・24労判942号39頁) (※3)フォセコ・ジャパン事件(奈良地判昭45・10・23判時624号78頁) 新大阪貿易事件(大阪地判平3・10・15労判596号21頁) (※4)東京学習協力会事件(東京地判平2・4・17労判581号70頁)
(2) 裁判例におけるポイント
このような裁判例のポイントをまとめると、①競業避止義務により守るべき会社の利益があるかどうか、②従業員の地位が競業避止義務を課す必要性が認められる立場にあるといえるか、③地域的な限定があるか、④禁止期間が合理的といえるか、⑤禁止行為の範囲として合理的といえるか、⑥代償措置が講じられているかなどの要素を総合的に考慮し、競業避止義務違反の有無を判断していると考えられます。具体的には、以下のとおりです。 ①については、不正競争防止法にいう「営業秘密」に該当するものに限られないものの、それに準じる価値を有する会社独自のノウハウである場合に、守るべき会社の利益があるとされており、例えば、は家電量販店を展開する会社における店舗の販売方法や人事管理のあり方又は全社的な営業方針、経営戦略等などがこれに該当するとされています。 ②従業員の地位は、①で述べたような情報に業務上接する機会があったかという観点から検討され、例えば、地区部長、母店長、店長など全社的な営業方針、経営戦略等を知ることができた地位などがこれに該当するとされています。 ③地域的限定の有無については、会社の業務内容と比較して地域に根ざすものであれば限定的であるべきあり、全国展開の会社内容であれば全国的な範囲も許容されるべきとされる傾向にあります。例えば、全国的にチェーン店を展開する会社である場合には、地域的な限定がない場合であってもその合理性が認められています。 ④期間については業務内容によって異なるものの、1年間程度である場合には有効とされる傾向があります。 ⑤禁止行為の範囲については、競合他社への転職や同種の会社を設立する旨がこれに該当するとされています。 ⑥代償措置については、競業避止義務を課される従業員に比して高額な基本給や諸手当を支給していたりする場合がこれに該当するとされたケースがあります。
3.まとめ
上記で述べた裁判例のポイントをご質問内容のケースにあてはめてみると以下のとおりになると考えられます。 まず、対象となる元従業員の立場は、地区部長であり、営業ノウハウ等を熟知している立場であるところ、営業ノウハウ等は、流出により貴社が損失を被る可能性がありますので、上記裁判例のポイントのうち①及び②は認められるものと考えられるでしょう。 また、全国展開をしている会社の場合、地域的制限がない場合にも合理性が認められたケースがあり(③)、期間についても1年間とされている(④)ことから、合理性が認められる可能性が高いといえます。 禁止行為については、基本的な行為である転職というものを対象としており、特定として十分であると考えられます(⑤)。 一方、代償措置については、存在する場合には合理性が認められる要素として大きく作用しますが、存在しない場合であっても、具体的な損害額との関係で考慮されることになりますので、今回のケースでただちに競業避止義務全体に合理性が認められないと判断される可能性は低いと考えられます。 以上から、ご質問のケースについては、誓約書による競業避止義務契約に基づいて元従業員に対し退職金の減額等をすることが認められる可能性が高いといえます。 なお、具体的な誓約書又は就業規則の規定例については、個別のケースによるところが大きいため、詳細は弁護士にご相談ください。