1.懲戒処分とは
(1)懲戒処分の内容について
懲戒処分とは、会社が企業秩序を維持するために懲戒事由を行った労働者に対して一方的に不利益な措置(制裁)を課すことができる処分を言います。一般的な懲戒処分の種類としては、懲戒解雇、論旨解雇、降格、出勤停止、減給、戒告、訓告などがあります。
(2)懲戒処分の根拠について
会社が労働者に対して懲戒処分を行うためには、予め就業規則等で懲戒権限などの規定を定めておく他、懲戒処分の種別と懲戒理由となる懲戒事由を規定する必要があります(労働基準法89条9号)。また、就業規則の効力を発生させるためには、各事業場の労働者に当該就業規則を周知することも必要になります。 なお、懲戒処分の根拠は、労働協約や個別の労働契約などにおいて具体的に定められていれば良いのであって、規定形式は就業規則に限定されるものではありません(東京高判昭和61年5月29日)。
(3)懲戒処分が有効となるための3つの要件
懲戒処分は、⑵で述べたとおり、就業規則等に根拠となる規定があることを前提に、当該行為が、①懲戒事由に該当すること、②処分が相当であること、③手続に相当性があることの3つの要件が満たされる必要があります。したがって、就業規則に懲戒処分に関する根拠規定があるからといって直ちに全ての懲戒処分が有効となるわけではない点に注意してください。
2.私生活上の非行行為に対する懲戒処分が有効となったケースについて
(1)リーディングケースとしての日本鋼管事件(最判昭49年3月15日)
この裁判例は、会社の従業員が、いわゆる砂川事件に参加し、在日米軍の使用する飛行場に立ち入って逮捕・起訴(罰金2000円)されただけでなく、そのことが広く報道されてしまったという事案において、従業員の私生活上の非行行為に対する懲戒処分の有効性を判断する基準を示したものとして非常に参考になるものです。 裁判所の判断した内容は、次のとおりです。「会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような従業員の行為については、それが職務遂行と直接関係のない私生活上で行われたものであっても、これに対して会社の規制を及ぼしうることは当然みとめられなければならない」、また「従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益発生を必要とするものではないが、当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類・態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から総合的に判断して、右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない。」
(2)判例のポイント
この裁判例は、従業員の非行行為が、会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるかどうかについて、事業の種類・態様・規模など諸般の事情を総合的に判断するという基準を示しています。 そのため、貴社における従業員の非行行為に懲戒処分をすることが適法かを判断するにあたっては、当該裁判例の示した基準に沿って考える必要があり、非行行為の内容と会社の事業内容等を総合的かつ具体的に検討する必要があります。
3.私生活上の飲酒運転行為に対する懲戒処分が有効と判断されたケース
鉄道やタクシー、バス会社などの輸送機関の事業を営む会社における従業員の私生活上の飲酒運転に対する懲戒処分(解雇)が有効とされたものとして以下のケースがあります。
(1)裁判例の紹介
- ①千葉中央バス事件:千葉地決昭51年7月15日
- ・ バス運転手が酒酔い運転及び暴行により罰金刑に処せられた。
- ・ 一般のバス乗客からも会社への非難を受けた。
- ・ 新聞紙上に指名のみとはいえ酒酔い運転手として掲載された。
- ②笹谷タクシー事件:最判昭53年11月30日
- ・ 先輩のタクシー運転手が後輩運転手に飲酒を勧めた上で自動車を運転させた。
- ・ 人身事故という結果が発生した。
- ・ 後輩運転手及び先輩運転手も刑事処分を受けていない。
- ・ 新聞報道がなされなかった。
- ③京王帝都電鉄事件:東京地決昭61年3月7日
- ・ バス運転士が酒気帯び運転による過失致死事故を起こした。
- ・ 運転手は約1時間以上にわたりウイスキーの水割り3杯、ビール中瓶1.2本を飲み仮眠をとったものの、事故直後の呼気検査で0.5mg/lのアルコールが検出された。
(2)上記裁判例におけるポイント
上記裁判例で重要とされた考慮要素は以下のとおりと考えられます。
- ①飲酒量及び運転時の呼気中アルコール濃度
- ②メディアなどの報道の有無
- ③飲酒運転により発生した結果(人身事故または物損事故)
- ④会社がバス、タクシーなどの輸送機関の事業を営んでいること
- ⑤非違行為者が運転業務に従事していること
4.飲酒運転以外の非行行為(痴漢・万引き)のケース
(1)電鉄会社従業員が電車内で痴漢をしたケース
日々、乗客の迷惑や被害を防止すべき電鉄会社の従業員が電車内で痴漢行為を起こしたことに対し、会社が当該従業員を懲戒解雇としたケースで、懲戒解雇を有効とした裁判例があります(小田急電鉄事件:東京高判平成15年12月11日)。
(2)公務員がスーパーで万引きをしたケース
農業委員会事務局主査がスーパーで食料品を窃取したことで現行犯逮捕され、逮捕の翌日に新聞報道された事案(最終的には不起訴処分)において、公務員が全体の奉仕者という側面を有することにつき公務員としての職の信用を傷つけ、職員の職全体の不名誉となるような行為の禁止規定に違反したことを理由として、懲戒免職処分は違法、無効ではないとされたケースがあります(旭川地判平成20年平成23年10月4日)。 このケースでは公務員という属性及び近時公務員に対する綱紀の粛正が問題になっていることを重くとらえ、公務員という職種における社会的評価を著しく損なったかという検討がなされています。