ラオスの国家賠償制度について

 ラオスは、「国家賠償法」という法律は存在せず、国家に対しての損害賠償の請求手続を具体的に定める規定は無い。実際、国家を相手に訴訟を起こすことは、一般の人々にとっては考えられにくいことであり、実例もない。

 しかし、国家や公共団体の業務活動の中で、市民に損害を与えてしまうことは十分に考えられる。法の支配を目指しているラオス国において、国家が起こした損害に対しての賠償請求権は理論上保障されているものと考えるべきであろう。

 本レポートは、ラオス民法に基づく国家賠償請求の可否について検証する。

民法の規定に基づく国家賠償請求

ラオスにおける国家賠償は、以下の理由により、民法の規定でも可能であると考える。

・民法は国家機関に対しても適用できること
・民法の不法行為の規定により、損害賠償請求権が保障されていること

詳細は下記のとおりである。

1. 国家機関に対しての民法の適用

 ラオス民法はその適用範囲について、下のように定めている。

「この法典は、ラオス人民民主共和国の領域内における、ラオス国民、外国人、永住外国人及び無国籍者、国内外の法人及び組織同士の間の民事関係について適用する。但し、ラオス人民民主共和国が加盟している二国間又は多国間の国際条約が別途定めている場合はこの限りでない。
民法典の条文が、ラオスが加盟する多国間又は二国間国際条約と抵触するときは、多国間又は二国間国際条約に従わなければならない」。(民法(総則編)第7条)

 本条でいう「組織」は国家機関や大衆組織も含まれると解されている (※1)ため、ラオス民法の規定はラオス国家にも適用されることである。
 また、本条では、ラオス国民、外国人、永住外国人及び無国籍者が並列で書かれているため、外国人等もラオス国民と同様に適用されるといえる。

※1: ラオス司法省の上位役職オフィサーにヒアリングしたときの回答

2. ラオス民法典における不法行為の規定

 ラオス民法は不法行為について、472条から495条に定められている。これらの条文には、国家に対しての損害賠償については明記されていないが、486条から495条に定められている、「自らの管理下にある、別の人の不法行為から、又は、動物若しくは物から生じる責任」の規定から、理論上、国家に対しても損害賠償の請求が可能であると理解できる。

 例えば、第493条の「製品又は商品から生じる損害に対する責任」において、行為の主体に「組織」が含まれているため、国家機関も含まれると理解できる。第486条の「使用者の責任」、第489条の「物から生じる損害に対する責任」、第490条の「樹木の所有者又は占有者の損害に対する責任、第491条の「家又はその他の建築物の所有者の損害に対する責任」、並びに第494条の「危険物から生じる損害に対する責任」、は条文上、行為の主体は「者」になっているが、国家機関が主体であっても起こりうる場面であるため、国家機関にも効力を及ぼすと理解するのが自然であろう。

 以下、ラオス民法における不法行為の規定である。

2.1.  不法行為の一般規定

・不法行為
 不法行為とは、ある者の法令に抵触する、故意又は不注意による行為又は懈怠であり、その不法行為者はその引き起こした損害を賠償する責任を負う。但し、その損害が、自己防衛、法律に沿った義務の履行又は被害者自身の落ち度による場合はこの限りでない。(民472条)

・損害の性質
 損害については、既に確実に生じている又は将来において確実に生じるような性質を有さなければならない。 将来において起こりうる又は起こり得ない損害は、確実な損害とはみなさない。(民473条)

・因果関係
 損害賠償の責任を負うには、行為と結果において、下記のように、因果関係が必要とされている。

1.原因は、損害を生じさせるために不可欠な事象でなくてはならない。

2.原因は、損害の前に発生していなければならない。

3.原因は、損害の直接的な事由でなければならない。

(民474条)

損害の種類
 損害には、物的損害、健康又は生命に関する損害、評判、名誉尊厳に関する損害、及び精神に関する損害がある。

・物的損害は、ある物が破壊、故障、又は質の低下を被り、全部又は一部を使うことができず、被害者に対して不利益をもたらすことから生じる損害である。

・健康又は生命の損害とは、何人かに対して生じる損害であり、生命又は身体に傷害を 与え又は死に至らしめるものである。

・評判、名誉尊厳の損害とは、何人かに生じる損害であって、非難、中傷、侮辱又は個人的な情報の流布による。

・精神的損害とは、何人かの行為により衝撃を受けた人の傷心、悲しみ及び落ち込みをいう。(民475条~479条)

・損害額の決定及び算定
 損害額は、被害者の申出、被害者と加害者の合意、又は裁判所の判断に基づき、下記の事項を検討して決定する:

1. 財産上の損害:物の価額に基づく弁償、修理代、遅延損害、
2. 生命に関する損害: 葬式及び儀式費用、慰謝料、死亡した者の養育下にある未成年の子ども、並びに精神障害の又は仕事をする能力を有しない成年の子の養育費、
3. 健康上の損害: 肉体的な治療費及び療養費、逸失利益、介護者費用、治療の間の養育、儀式費用及びその他の費用、
4. 評判、名誉尊厳に関する損害: 謝罪による被害者の評判、名誉尊厳の回復、 マスメディアを通じたニュースの訂正、 逸失利益の支払、
5. 精神的損害:適切な方法による、回復、金銭による慰謝、儀式又はその他の形式。
 損害額の算定は、不法行為者の落ち度に適合しなければならない。被害者が不法行為の一部に寄与している場合、その者はその生じた損害に対する責任についても、その一部を負わなければならない。 被害者が生じた損害全部の主たる原因である場合、その者は責任を負わなければならない。損害賠償の計算は、現実の価額に従う。(民480条、481条)

2.2.  不法行為の責任の類型

 ラオス民法における不法行為の責任は、

・自らの行為による不法行為の責任
・自らの管理下にある、別の人の不法行為から、又は、動物若しくは物から生じる責任
に分類されている。

2.2.1. 自らの行為による不法行為の責任

・権利濫用から生じる損害
 故意に自己の権利を濫用するものはその権利濫用から生じる損害を賠償する責任を負う。(民482条)

・緊急事態による損害に対する責任
 緊急事態から生じた損害は賠償されなければならないが、裁判所は、現実の状況に応じて、行為者、又は不法行為者の行為により利益を得た第三者に損害を賠償させることができる。(民483条)

・過剰防衛から生じる損害に対する責任
 国家又は社会の利益、自身の又は他人の健康、生命、権利及び適正な利益を守るための正当防衛行為から生じた損害に対して責任を負わない。但し、過剰防衛の場合、行為者は過剰防衛により生じた損害を賠償しなければならない。(民484条)

・複数人が引き起こした損害に対する責任
 複数人が共同して損害を引き起こした場合、それらの者は共同してその損害を賠償する責任を負う。裁判所はその加害者らの内、1人又は複数人に先に損害を全額賠償させることができる。また、先に払った者は、自分が代わって払った者に対して、返すよう請求することができる。(民485条)

2.2.2. 自らの管理下にある、別の人の不法行為から、又は、動物若しくは物から生じる責任

・使用者の責任
 使用者は、自身の被用者が与えられた仕事にそって職務を果たす中で他人に対して引き起こした損害を賠償する責任を負う。

 損害が被用者の重大な落ち度から生じたときはその者は損害を賠償する責任を負うが、その使用者はその損害賠償を先に払わなければならず、その後に支払った損害の補填を被用者に請求することができる。

 自己の利益の為に他人を働かせる場合も上記に従う。(民486条)

・父母、後見人又は管理者の責任
 父母、後見人又は学校や病院など管理者は、その管理下にある未成年の子ども又は精神障害者の落ち度によって生じた損害に対して責任を負う。(民487条)

・動物の所有者又は占有者の責任
 動物の所有者又は占有者は、その動物の所有者又は占有者の落ち度によって、その動物が引き起こした損害に対して責任を負う。但し、所有者又は占有者が、自身が動物をその動物の種類、性格又は振る舞いに応じて管理に注意を払ったこと、又は被害者自身の落ち度によることを証明することができる場合はその限りでない。

 第三者が動物をけしかけて、損害を生じさせた場合は、所有者又は占有者は先に損害を賠償しなければならず、その後その第三者に返還を請求する。(民488条)

・物から生じる損害に対する責任
 物の所有者又は占有者の落ち度によって物から生じた損害は、その者がその損害を賠償する責任を負う。(民489条)

・樹木の所有者又は占有者の損害に対する責任
 樹木の所有者又は占有者は、例えば枝が落ちる、果実が落ちる、木が折れる及びその他など、自身の樹木に起因して生じた他人への損害を賠償する責任を負う。(民490条)

・家又はその他の建築物の所有者の損害に対する責任
 家又はその他の建築物の所有者又はこれらを管理、維持、若しくは使用する者は、自身の又は自身が責任を持つ家又は建築物を放置して、管理不足のために倒壊、腐朽させて他人に損害を生じさせたときは、その生じた損害に対して責任を負う。(民491条)

・建築請負人の損害に対する責任
 建築請負人は、自身の建築又は維持管理の瑕疵から生じた損害に対して責任を負う。例えば、建築物の損傷、建築材が水準を満たしてない、適正な技術を使っていない、安全措置なしに溝を掘削し、穴を掘削し、障害を設けることなど。(民492条)

・製品又は商品から生じる損害に対する責任
 製造や営業を行う人、法人又は組織は、その品質不良により消費者又は使用者に発生した損害に対して責任を負う。(民493条)

・危険物から生じる損害に対する責任
 危険物、例えばエンジンで走る乗り物、送電システム、産業分野の製造工場、兵器、爆発物、可燃物、毒、放射性物質、化学物質又はその他の危険物の所有者又は管理者は、生じた損害に対して責任を負う。但しその損害が自身の落ち度から生じたものでない場合はこの限りでない。(民494条)

・環境への損害に対する責任
 汚染を引き起こし、環境、人、法人又は組織に損害をもたらす人、法人又は組織は、直ちにその行為を中止し、生じた損害に対して責任を負う。