1 はじめに
戦後の日本企業においては、年功序列型の賃金制度が広く採用されてきました。しかし、時代の変化に伴い、今日では多くの大企業において成果主義型の賃金制度が採用されています。
2 労働条件変更の方法
もっとも、労働者全員との間で逐一合意を得るとなると、相当な時間がかかるため現実的ではない場合があります。
このような場合には、就業規則を変更し、変更後の就業規則を労働者に周知させることで、就業規則が適用される労働者の労働条件を変更することができます(同法10条本文)。
ただし、就業規則によって労働条件を不利益に変更するためには、以下の事情を総合的に考慮して合理的と認められる必要があります(同条本文参照)。
- ①労働者の受ける不利益の程度
- ②労働条件の変更の必要性
- ③変更後の就業規則の内容の相当性
- ④労働組合等との交渉の状況
- ⑤その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであること
3 賃金制度の変更が就業規則の不利益変更に当たるか
では、年功序列型から成果主義型の賃金制度に変更することは、就業規則の不利益変更に当たるのでしょうか。
確かに、特に若くて能力のある労働者にとっては、上記賃金制度の変更により、変更後の賃金額の方が変更前に比べて増加することもあるでしょう。
しかし、判例上は、変更後の賃金額が減少したり、その後の人事考課査定により賃金額が減少したりする可能性があることを理由に、成果主義型への賃金制度の変更が就業規則の不利益変更に当たるものとされています(ノイズ研究所事件―東京高判平成18年6月22日労判920号5頁、ハクスイテック事件―大阪高判平成13年8月30日労判816号23頁参照)。
4 賃金制度の変更の有効性に関する裁判例
(1) ノイズ研究所事件(東京高判平成18年6月22日労判920号5頁)
ノイズ研究所事件は、会社が年功序列型の賃金制度から人事評価次第で昇格も降格もあり得ることとする成果主義型の賃金制度に変更した結果、労働者が職務等級を降格され賃金を減額されたとして、本件成果主義型の賃金制度への変更を無効と主張した事案です。
本判決は、以下の事項を考慮して、本件賃金制度の変更の有効性を肯定しました。
- ①市場のグローバル化に伴う競争の激化に対応する高度の経営上の必要性があったこと
- ②本件賃金制度の変更が賃金原資総額を減少させるものではないこと
- ③自己研鑽による昇給という平等な機会が確保されていること
- ④あらかじめ従業員に変更内容を通知し、組合との団体交渉に誠実に対応していたこと
- ⑤制度変更により賃金額が減少した場合、1年目は差額分の全額、2年目は差額の50%の調整手当が支払われるという経過措置が取られたこと(3年目以降は調整手当なし)※
※もっとも、本判決では、⑤の経過措置の内容について「本件賃金制度の変更の際に実際に採られた経過措置は、いささか性急なものであり、柔軟性に欠ける嫌いがないとはいえない」とも判示しています。
(2) 県南交通事件(東京高判平成15年2月6日労判849号107頁)
県南交通事件は、労働者が、会社による年功給の廃止、奨励給の新設等により生じた従来賃金との差額金の支払いを求めた事案です。
本判決も就業規則の変更の有効性を肯定しています。考慮要素は以下のとおりです。
- ①同業他社との競争上、高度の必要性があったこと
- ②新制度が必ずしも労働者に不利益をもたらすものではなかったこと
- ③新制度により、労働生産性に比例した公平で合理的な賃金を実現できたこと
(3) ハクスイテック事件(大阪高判平成13年8月30日労判816号23頁)
ハクスイテック事件は、化学製品製造・販売を業とする会社に勤務する労働者が、年功序列型から成果主義型の賃金制度への変更を目指して新たに導入した給与規程の無効と従来の給与規程が効力を有することの確認等を求めた事案です。
本判決も、主に以下のような考慮要素を挙げて、新給与規程を導入する就業規則の変更を肯定しました。
- ①成果主義型の賃金制度の一般的な必要性に加え、会社の研究部門におけるインセンティブの制度を支えるため、高度な必要性があったこと
- ②普通程度の評価の者には、補償制度もあること
- ③会社と労働組合との間で十数回に及ぶ団体交渉を行っていること
- ④40代、50代の従業員の給与増額も相当数存在することから、もっぱら中高年を狙い撃ちにしたものともいえないこと
5 まとめ
以上の判例からすれば、成果主義型賃金制度への変更の有効性が認められるためには、①同制度採用の高度の必要性があり、②労働者が被る不利益がさほど大きいものではなく、③説明の機会を十分に設け、④しっかりとした経過措置、代償措置を取っていること等が重要視されているといえます。