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2025/07/18

メンタルヘルス不調社員への法的対応と企業の安全配慮義務

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Question

 最近、従業員からメンタルヘルスの不調を訴える相談が増えてきました。会社として、休職や復職の判断はどのように行うべきか、また、万が一労災申請された場合に会社が負うリスクなど、正直なところ不安でいっぱいです。メンタルヘルス不調者への対応を誤れば、企業イメージの低下や訴訟に発展する可能性もあると聞きます。従業員を守りつつ、企業自身も法的なリスクから守るためには、具体的にどのような点に注意してメンタルヘルス対策を進めていけばよいのでしょうか。

Answer

 企業には、労働契約法に基づき、従業員が安全かつ健康に働けるよう配慮する「安全配慮義務」が課せられています。この義務には、メンタルヘルス不調への対応も含まれており、対応を誤ると労災リスクや民事上の損害賠償責任を負う可能性があります。重要なのは、メンタルヘルス不調の予防策の実施、不調者発生時の適切な初期対応、産業医等の専門家と連携した上での休職・復職判断、そして職場復帰支援制度の適切な運用です。本記事では、企業がメンタルヘルス問題に適切に対応し、法的リスクを最小限に抑えるための具体的なポイントを、企業側の視点から専門弁護士が解説します。

ポイント

  • ・企業に課せられた安全配慮義務を理解し、メンタルヘルス不調に伴う従業員への対応内容を検討する。
  • ・初期対応で専門家と連携し、メンタルヘルス不調を抱える従業員の適切な休職判断を行う。
  • ・復職支援制度を効果的に整備・活用し、メンタルヘルス不調者の円滑な職場復帰を支援する。
  • ・就業規則や社内体制を見直し、メンタルヘルス問題の予防と再発防止に組織的に取り組む。
  • ・法的リスクを常に意識し、紛争を未然に防ぐための実務的な体制を構築する。

目次

1. 企業に求められるメンタルヘルス対策と安全配慮義務の基本

 企業経営において、従業員のメンタルヘルス対策は避けて通れない重要な課題です。労働契約において企業は、労働者の生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするいわゆる「安全配慮義務」を負っています。この義務には、身体的な安全だけでなく、精神的な健康、すなわちメンタルヘルスへの配慮も含まれると解釈されています。
 企業が安全配慮義務を尽くさなかった結果、従業員がメンタルヘルス不調に陥ったと判断されてしまうと、企業は安全配慮義務違反に基づき損害賠償責任を負う可能性があります。また、業務が原因で精神疾患を発症したと判断されると、労災保険法に基づく労災認定がなされ、より企業の責任が問われるリスクが高まります。特に長時間労働やハラスメントの存在は、メンタルヘルス不調発症の大きな要因と判断される傾向にあり、これらの防止策を講じることは、安全配慮義務の履行において不可欠です。
 具体的なメンタルヘルス対策としては、まず労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度の実施と、その結果を踏まえた職場環境の改善が挙げられます。努力義務とされている集団分析の結果を活用し、高ストレス職場に関する改善策を講じることは、予防の観点から非常に有効です。さらに、管理職向けのメンタルヘルス研修を実施し、部下の不調に早期に気づき、適切に対応できるような体制を整えることも重要です。企業としては、これらの取り組みを通じて、従業員が安心して働ける環境を提供し、安全配慮義務を履行していく必要があります。

2. メンタルヘルス不調者発生時の初期対応と休職・復職判断の法的留意点

 従業員からメンタルヘルスの不調に関する相談があった場合、あるいは上司が部下の様子の変化に気づいた場合、企業は迅速かつ慎重な初期対応を行う必要があります。まず重要なのは、従業員の話を丁寧に聞き、プライバシーに配慮しながら状況を把握することです。この際、人事労務担当者だけでなく、産業医や保健師といった専門家と連携することが望ましいでしょう。産業医は、医学的な見地のみならず多角的に従業員の健康状況を評価し、就業上の措置(例:業務軽減、配置転換、休職の必要性など)の要否について企業に助言してもらえる場合があります。
 従業員がメンタルヘルス不調により業務遂行が困難であると判断される場合、休職等の措置を検討することになります。休職命令を出す際には、まず、就業規則等における法的根拠が定められていることが前提となります。休職期間や復職の手続き、休職中の待遇など、従業員が不利益を被らないよう、かつ企業の運営にも支障が出ないよう、バランスの取れた規定づくりが望ましいとされています。なお、休職命令を出す際は、主治医の診断内容を鵜呑みにするのではなく、産業医の意見も踏まえ、慎重に休職の可否や期間を判断することが、後のトラブルを避ける上で重要です。
 また、復職の判断は、休職以上に慎重な対応が求められます。主治医による「復職可能」との診断書が出されたとしても、それだけで直ちに元の業務への復帰が可能であることを意味するわけではありません。企業は、従業員本人や産業医等からの意見を聞きつつ、試し出勤制度などを活用しながら、従業員が本当に元の業務を遂行できる状態に回復したかを見極める必要があります。この際、厚生労働省が示す「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」を参考に、段階的な復職プランを検討することが推奨されます。安易な復職判断は、症状の再燃や悪化を招き、従業員の健康状態を損ねる可能性があるばかりか、結果として企業の安全配慮義務違反を問われるリスクを高めることにもなりかねません。

3. メンタルヘルス不調による労災リスクと企業の具体的対策

 従業員のメンタルヘルス不調が業務に起因するものであると判断された場合、労災認定の対象となる可能性があります。
 企業にとって、従業員のメンタルヘルス不調の発症が労災認定されることは、精神疾患に業務起因性が認められたということを意味するので、安全配慮義務違反を問われるリスクが高まることを意味します(ただし、労災認定=安全配慮義務違反ではありません。)。特に、長時間労働やハラスメントが原因であった場合、企業の管理責任が厳しく追及される可能性があります。そのため、労災認定に至った場合は、特に、民事上の損害賠償請求訴訟を提起されるリスクがあることを想定しなければなりません。
 このような労災リスクを低減するためには、大前提として、労働時間管理の徹底が不可欠です。時間外労働の上限規制を遵守することはもちろん、従業員の勤務間インターバルを確保するなど、過重労働を未然に防ぐ取り組みが求められます。また、ハラスメント防止対策として、相談窓口の設置や研修の実施、ハラスメント発生時の厳正な対処などを規定し、実効性のある体制を構築する必要があります。ストレスチェックの結果を活用した職場環境改善も、心理的負荷を軽減する上で有効な手段です。これらの対策を講じることで、企業は労災リスクを低減し、従業員が安心して働ける職場環境の実現に努めるべきです。

4. 復職支援制度の活用とメンタルヘルス不調者の円滑な職場復帰

 メンタルヘルス不調で休職していた従業員が職場復帰を目指す際、企業は適切な復職支援制度を整備し、円滑な復帰をサポートする責任があります。厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」は、その具体的な進め方を示しており、企業はこの手引きを参考に自社の状況に合わせた制度を構築することが推奨されています。
 復職支援のプロセスは、一般的に、①主治医による復職可能の判断、②産業医等による評価と企業への意見具申、③職場復帰支援プランの作成、④最終的な復職決定、⑤復職後のフォローアップ、という流れで進められます。特に重要なのが、主治医の診断書だけでなく、産業医が実際に従業員と面談し、業務遂行能力の回復状況や職場への適応可能性を評価することです。その上で、元の職場への復帰か、あるいは業務内容の変更や配置転換を伴う復帰かなど、具体的な復職プランを検討します。
 復職支援制度の具体的な内容としては、試し出勤制度(リハビリ出勤)の導入が有効とされています。本格的な復職前に、短時間勤務や軽作業から徐々に慣らしていくことで、従業員の不安を軽減し、企業側も復職の可否をより慎重に見極めることができます。また、復職後も定期的な産業医面談や上司との面談を設定し、状況を継続的に把握することが重要です。管理職に対しては、復職者への適切な配慮やコミュニケーション方法についての研修を行うことも、再発防止や周囲の従業員との円滑な関係構築に繋がります。これらの復職支援制度の活用は、従業員の定着と戦力化だけでなく、企業の安全配慮義務の履行という観点からも極めて重要です。

5. 企業がメンタルヘルス対策で押さえるべき就業規則と社内体制の整備

 メンタルヘルス対策を実効性のあるものにするためには、個別の対応だけでなく、就業規則の整備や社内体制の構築といった組織的な取り組みが不可欠です。就業規則には、メンタルヘルス不調に関する休職・復職の規定を明確に定めておく必要があります。具体的には、休職期間の上限、休職中の賃金の取り扱い、復職の手続き(診断書の提出、産業医面談の実施など)、復職可否の判断基準、自然退職、試し出勤制度の有無などを具体的に記載します。これらの規定が曖昧であると、いざという時に従業員との間でトラブルが生じる原因となり得ます。
 また、労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度の実施手順や、その結果に基づく面接指導の申し出の手続きなども就業規則や関連規程で定めておくことが望ましいでしょう。さらに、ハラスメント防止規程を設け、相談窓口の設置、相談者のプライバシー保護、ハラスメント行為者への懲戒処分などを明記することも、メンタルヘルス不調の予防に繋がります。
 社内体制としては、人事労務担当者、管理監督者、産業医、保健師などが連携し、メンタルヘルス対策を推進する体制を構築することが重要です。特に、管理監督者は部下の日常的な変化に気づきやすい立場にあるため、メンタルヘルスに関する正しい知識と対応スキルを習得するための研修を定期的に実施することが効果的です。産業医との連携を密にし、従業員の健康相談や職場巡視、ストレスチェック結果の分析・活用など、専門的な見地からの助言を積極的に取り入れることも求められます。これらの就業規則の整備と社内体制の構築を通じて、企業はメンタルヘルス問題の発生予防、早期発見、そして再発防止という一連の流れを円滑に進めることができ、結果として法的リスクの低減にも繋がります。

法律事務所ASCOPE 監修

本稿執筆者
法律事務所ASCOPE 監修
法律事務所 ASCOPE所属弁護士

本稿執筆者からのメッセージ

 従業員のメンタルヘルス問題は、企業規模の大小を問わず、どの企業においても発生しうる経営上の重要課題です。適切な対応を怠れば、貴重な人材の離職に繋がるだけでなく、安全配慮義務違反を問われ、企業イメージの低下や思わぬ経済的損失を被る可能性も否定できません。「従業員からメンタル不調の相談を受けたが、具体的にどう対応すれば良いのか」「自社のメンタルヘルス対策や就業規則は十分なのだろうか」といった不安や疑問をお持ちの経営者様、人事労務担当者様も少なくないのではないでしょうか。
 当事務所は、企業側の立場に特化した人事労務分野の法律事務所として、これまで数多くの企業のメンタルヘルス案件に対応してまいりました。その経験に基づき、法的なリスク分析から具体的な予防策の立案・実行支援、休職・復職支援制度の構築・運用サポート、就業規則その他社内規程の整備、そして万が一の紛争発生時の代理交渉や訴訟対応まで、貴社の実情に合わせたきめ細やかなリーガルサービスを提供いたします。
 メンタルヘルス問題は、早期の適切な対応が、問題の深刻化を防ぎ、企業と従業員双方にとってより良い解決に繋がる鍵となります。少しでもご不安やご懸念がございましたら、まずは一度、お気軽にご相談ください。貴社が安心して事業に専念できるよう、全力でサポートさせていただきます。

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