1.パワーハラスメント対策が法制化された経緯
近年各労働局に寄せられる職場におけるパワーハラスメント(以下「パワハラ」といいます。)に関する相談件数は増加の一途を辿っており、「いじめ・いやがらせ」に関する相談が全相談中トップの割合を占めているにも関わらず(厚生労働省「令和元年度個別労働紛争解決制度の施行状況」参照)、これまでこれを規制する法令が存在しませんでした。 このような状況を受けて、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)」が改正され、パワハラ防止のために企業が講ずべき雇用管理上の措置義務等が定められました。この改正労働施策総合推進法は令和2年6月1日に施行され、通称「パワハラ防止法」とも呼ばれています。 また、上記改正法のより具体的な内容については、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号、以下「指針」といいます。)において定められています(改正法第30条の2第3項)。
2.改正労働施策総合推進法の内容
(1) パワハラの定義
改正法においては、これまで一義的でなかった職場におけるパワハラの定義が次のとおり定められました。 職場におけるパワハラとは、①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③その雇用する労働者の就業環境が害されることをいいます(改正法第30条の2第1項)。この定義については、指針において、更に詳しい内容が明らかにされています(指針第2項)。
(2) パワハラ防止のための雇用管理上の措置義務等
改正法においては、パワハラ防止のための雇用管理上の措置として、事業主に以下の内容が義務付けられました(改正法第30条の2、指針第4項等)。
- ア 事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
- ①パワーハラスメントの内容、パワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること
- ②パワーハラスメント行為者については、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等の文書に規定し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること
- イ 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- ③相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること
- ④相談窓口担当者が、内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。パワーハラスメントが現実に生じている場合だけでなく、発生のおそれがある場合や、パワーハラスメントに該当するか否かが微妙な場合であっても、広く相談に対応すること
- ウ 職場におけるパワーハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応
- ⑤事実関係を迅速かつ正確に確認すること
- ⑥事実関係の確認ができた場合には、速やかに被害者に対する配慮のための措置を適性に行うこと
- ⑦事実関係の確認ができた場合には、行為者に対する措置を適性に行うこと
- ⑧再発防止に向けた措置を講ずること
- エ 併せて講ずべき措置
- ⑨相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、労働者に周知すること
- ⑩事業主に相談したこと、事実関係の確認に協力したこと、都道府県労働局の援助制度を利用したこと等を理由として、解雇その他の不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること
(3) 紛争解決のための特例
これまで、パワハラに関する事業主と労働者の間の紛争については、「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」に基づく労働局長による助言・指導、紛争調整委員会によるあっせんによる解決が図られてきましたが、改正法においては、同法で定められたパワハラ防止のための事業主の雇用管理上の措置義務・不利益取扱いの禁止に関する事業主と労働者間の紛争については、前記の「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」による解決手続きの対象とせず(改正法第30条の4)、都道府県労働局長による助言・指導・勧告(改正法第30条の5第1項)、紛争調整委員会による調停(改正法第30条の6第1項)により解決が図られることとなりました(中小企業の雇用管理上の措置義務については、2022年3月31日までは対象外)。
どちらの手続きについても、申請を行った労働者に対する不利益取扱いの禁止が定められています(改正法第30条の5第2項、同30条の6第2項)。パワハラに関する紛争があっせんではなく調停の対象となったことで、紛争調整委員会が当事者に調停案の受諾を勧告することができることになり、行政による紛争解決手段としての実効性がより高まったと言えます。
(4) 履行確保のための措置
改正法により、厚生労働大臣は、改正法の施行に関し必要と認めるときは、事業主に対し助言・指導・勧告、必要な事項についての報告の請求を行うことができ、改正法に違反し勧告を受けた事業主がこれに従わない場合は、その旨を公表することができることになりました(改正法第33条、同第36条第1項)。
また、厚生労働大臣からの報告の請求(改正法第36条第1項)に対し、事業主が報告をせず、又は虚偽の報告をした場合は、20万円以下の過料に処せられます(改正法第41条)。
3.中小企業を対象とした経過措置
改正法は、2020年6月1日に施行されましたが、経過措置として、中小企業(※)については、2022年3月31日までは、雇用管理上の措置義務(改正法第30条の2第1項)については努力義務とされ、雇用管理上の措置義務に関する紛争については、紛争解決のための特例(改正法第30条の4、同第30条の5、同第30条の6)の対象外とされています。
※中小企業(①又は②のいずれかを満たすもの)
業種 | ①資本金の額又は出資の総額 | ②常時使用する従業員の数 |
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小売業 | 5000万円以下 | 50人以下 |
サービス業(サービス業、医療・福祉等) | 5000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
その他の業種(製造業、建設業、運輸業等上記以外全て) | 3億円以下 | 300人以下 |