1.身元保証書の法的性質
多くの会社では、従業員を雇い入れる際に、当該従業員が勤務中に会社に損害を与えた場合の損害賠償債務を担保するために、両親などの親族(以下「身元保証人」といいます。)に身元保証書を書いてもらうことがあります。具体的には、以下のような条項の入った身元保証書を実務上よく見ます。
このような内容の保証は、個人である身元保証人が、その保証する債務の内容を保証時(契約時)において具体的に特定しないまま契約する点で、民法上は個人根保証契約と呼ばれる契約に分類され、民法465条の2以下に定められている規制に服します。 また、上記条項のある契約(以下「本件個人根保証契約」といいます。)は身元保証契約とも呼ばれ、民法だけでなく「身元保証ニ関スル法律」という法令においても規制を受けることになります。 以下、具体的な規制内容を説明していきます。
2.身元保証契約(個人根保証契約)に対する法規制
(1) 「身元保証ニ関スル法律」による規制
この法律は昭和8年に成立した古い法律であり、全部で第1条から第6条までしかない短い法律ですが、契約をするタイミングで一番重要なポイントとしては、身元保証契約の有効期間の上限を5年間としている点にあります(同法2条1項)。 なお、有効期間を定めずに身元保証契約を締結すると、原則としてその期間は3年間に制限されることになりますが(同法1条)、契約自体は有効に成立するため、そこまでクリティカルな法規制とはいえないかもしれません。問題は、次に述べる民法上の規制になります。
(2) 民法による規制
平成29年に成立した「民法の一部を改正する法律」により、本件で問題にしている個人根保証契約については、その施行日である令和2年4月1日以降に成立したものについて、新たに民法465条の2で定める規制が及ぶことになりました。 具体的には、個人根保証契約をする際に、その保証の上限となる金額(法的には「極度額」といいます。)を定めなければ「その効力を生じない」(同法2項)ものとされたため、本件個人根保証契約の条項のように極度額を設定しないで契約しても、その契約は無効となります。 なお、この極度額については書面化する必要(つまり身元保証書に明記する必要)があります(民法456条の2第3項、同法446条2項)。
3.具体的な極度額の設定方法について
そこで次に、どの程度まで具体的に定めれば良いのか(例えば具体的に300万円とまで明示しなければいけないのか、ある程度抽象的に「損害額の8割相当額」等でもよいのか)という点が問題となります。 そもそも上記法改正で本件のような個人根保証契約について極度額の設定が求められるようになった趣旨は、個人で根保証をする保証人(本件であれば従業員の両親等の親族)に自分が保証することになる金額の上限(リスク)を明示させて予測可能性を確保することにより、根保証の要否やその金額的範囲について慎重な判断をさせる点にあると考えられます(※1)。このような法の趣旨に鑑みれば、少なくとも「損害額の8割相当額」といった程度の定めでは結局実際に損害が発生するまで具体的なリスク(自己が負担することになる金額)が分からないのですから、具体的な金額が算定できるレベルまで具体的に定めなければいけないと考えることになりそうです。 もっとも、数百万単位の極度額を明示すると、身元保証の具体的な極度額を目の当たりにした親族等が身元保証人になってくれず、事実上身元保証契約を締結できなくなるという可能性もあります。このバランスは難しいところであり、法的判断というよりは経営判断としての色彩が強い検討事項になるとは思いますが、実際に身元保証契約書を作成される場合には、各種規制に適合しているか否かという全体的な検討も必要になりますから、労働法分野に精通している弁護士に事前に相談した上で、具体的方策を決めるのが肝要になります。
(※1)松岡久和ほか編「改正債権法コンメンタール」(法律文化社、2020年)・377頁。