1.東海旅客鉄道事件の紹介
(1)事案の概要
本記事では、東海旅客鉄道事件(東京地裁令和5年3月27日判決、以下「本事件」といいます。)について説明します。 本事件は、東海道新幹線及び東海地方の在来線に係る事業を日本国有鉄道から承継して設立された株式会社(以下「被告」といいます。)に、乗務員(運転士及び車掌)6名(以下「原告ら」といいます。)が平成27・28年度に申請した年次有給休暇(以下「年休」といいます。)について、会社の時季変更権の行使は労働契約に反するもので、債務不履行に基づく損害賠償請求として慰謝料及びこれに対する遅延損害金の請求を行った事案です。
(2)東海旅客鉄道事件における年次有給休暇の取得方法について
被告における乗務員の勤務形態は、毎月1日を始期とする1か月単位の変形労働時間制を採用していて、1か月ごとに交番月と予備月という勤務体制の入れ替わりがあります。乗務員の具体的な業務内容は「行路」(定期列車を担当する「定期行路」と、短期的な需要予測に基づいて設けられる臨時列車等を担当する「臨行路等」があります。)として乗務経路、始業・終業時刻、労働時間の詳細等が定められます。 交番月は、就業日と休日(法定休日及び所定休日のことで、年休は含みません。)が一定の周期となっていて(この周期的なスケジュールを「交番」といいます。)、それに基づいて就業日と休日が定められる一方、予備月はそのような交番に基づかないで、都度、就業日が定められます。なお、被告において、就業日は以下のような手順で確定されます。
- ①被告が、前月10日ころに、当月の休日予定表を発表
- この休日予定表には、交番月であれば行路と休日について仮の予定として記載されていましたが、予備月には仮の予定が空欄となっていました。
- ②従業員が、前月20日までに、年休の時季指定日等を年休申込簿に記入
- ③被告が、前月25日に、勤務指定表を発表
- 交番月について、行路、休日とは別に「年休」と記載されている場合には、勤務指定表の時点では時季変更権を行使しないことを意味します。予備月の勤務指定表についても、休日とは別に「年休」の記載がされている場合には、勤務指定表の時点において時季変更権を行使しないことを意味しますが、就業日について行路の記載はなく空欄となっています。
- ④被告が、勤務日の5日前に日別勤務指定表を発表
- 勤務日の5日前に乗務員の確定した勤務内容を記載した日別勤務指定表を発表して、勤務日当日まで備え付けます。この日別勤務指定表では、就業日の場合には行路などの就業内容が具体的に記載され、就労義務がない場合には休日、年休といった記載がされます。年休と記載されている場合には、時季変更権を行使しないことを確定し、年休の記載がなく、行路等が記載されている場合には、被告が、時季変更権を行使したことを意味します。
この年休の確定にあたっては、被告では、乗務員の年休取得の優先順位を月の前半後半で、機械的処理によってランダムに順位付けを行い、その優先順位に基づいて年休取得処理を行い、年休取得可能上限に達した場合には、それ以降の乗務員に対しては時季変更権を行使するとしていました。
(3)争点と裁判所の判断
本事件では、多数の争点が設定されましたが、本記事では、以下の点に絞って紹介させていただきます。
【争点】
被告による時季変更権の行使が恒常的な要員不足に陥った状態のままされたものとして債務不履行を構成するか
【裁判所の判断】
裁判所は、「労基法39条5項が年休の時季の決定を第一次的に労働者の意思にかからしめていること、同規定の文理に照らせば、使用者による時季変更権の行使は、他の時季に年休を与える可能性が存在していることが前提となっているものと解されることに照らせば、使用者が恒常的な要員不足状態に陥っており、常時、代替要員の確保が困難な状況にある場合には、たとえ労働者が年休を取得することにより事業の運営に支障が生じるとしても、それは労基法39条5項ただし書にいう『事業の正常な運営を妨げる場合』に当たらず、そのような使用者による時季変更権の行使は許されないものと解するのが相当である。そうすると、使用者である被告は、労働者である原告らとの関係でも、労働契約に付随する義務(債務)として、年休の時季指定をした乗務員に対して時季変更権を行使するに当たり、恒常的な要員不足の状態にあり、常時、代替要員の確保が困難である場合には、そのまま時季変更権を行使することを控える義務(債務)を負っているものと解するのが相当である。」と判断したうえで、本事件において、その恒常的な要員不足について、次のような判断枠組みを提示しました。 「原告らは、いずれも年20日の年休権を付与され、その有効期間は2年間とされていたところ(基本協約53条、55条、就業規則71条、73条)、被告は、年度内に乗務員らが1年間で平均20日の年休を取得できるように適正な要員を確保するという観点から基準人員を算出し、これに基づいて各運輸所に所要の乗務員を配置していたほか、年度中の配置要員数や臨行路等の数の増減の予想を踏まえて休日勤務指定制度を活用しながら乗務員が年休を取得し易くするという対応をしていたことが認められる。以上の事情によれば、被告の乗務員が本件期間において恒常的に要員不足の状態にあったか否かは、原告らを含む乗務員の年休の取得のために講じられていた被告の施策等も考慮しながら、各年度において原告らが平均20日の年休を取得できる程度の要員が東京第一運輸所及び東京第二運輸所に確保ないし配置されていたといえるか否かといった観点から検討するのが相当である。」 そのうえで、裁判所は以下のような事実を認定しました。
- ア 平成27年度について
- ①被告は、年度ごとに前年の実績値を用いて、必要となる基準人員数を予測していたこと、②第一運輸所において、平成27年4月1日の時点では、必要となる人員数から1人少ない人員配置であったが、年休取得実績は20.5日であって平均20日を上回っていたこと、③第二運輸所では、平成27年4月1日の時点では、基準人員を6人下回る375人の配置だったが年休取得実績は20.3日であって平均を上回っていたことを認定しました。 他方で、④平成27年度は前年度実績と比較して運行本数を3%増加する予測をしていたこと、⑤実際に予測に近い運行本数、その運行本数に基づく乗務員数を要したこと、⑥当初の予測した基準人員を配置しても、乗務員が平均20日の年休を取得できる状況とは見込めなかったことから、休日勤務指定(休日に勤務させること)を平均約2.7~2.8泊(勤務日としては5.4~5.6日)行ったこと(これに対する振替休日や代休は付与されていません。)も認定されました。 以上の事実認定を踏まえて、裁判所は次のとおり判示しました。 「年休取得日数が年間で平均20日以上という目標値を達成したのも、休日勤務指定制度を他の乗務員の年休取得日数の確保という本来的な目的とは異なる目的で利用したことによるものと推察されるところで・・・平成27年度の東京第一運輸所及び東京第二運輸所は恒常的な要員不足の状態に陥っていたものと認めざるを得ない。」
- イ 平成28年度について
- 被告は、前年度実績で約3%の列車本数を増加させる可能性があると予測して、それに伴って必要な乗務員数も、前年の臨行路等に必要となった乗務員数と比較して8%増加すると予測していたと認定しました。 他方で、①年度内では基準人員数を確保することができた時期もあったものの、20人以上基準人員を下回る状態が継続していたこと、②年休取得実績は、第一運輸所では15.7日、第二運輸所では15.1日しかなく、平均20日の年休取得目標を大きく下回ったこと、③不足する労働力を補うために休日勤務指定をするなどして、平均約2.9泊(勤務日としては5.8日)の休日勤務指定を行ったこと(これに対する振替休日や代休は付与されていません。)が、認定されました。 そして、平成27年度同様に恒常的に要員不足であったと判断しました。
- ウ 結論
- 裁判所は、上記平成27年度、28年度について、「年休の時季指定をした原告らに対し、恒常的な要員不足の状態のまま時季変更権を行使していたものといえるから、原告らとの関係でみれば、過失により労働契約上の義務(債務)を怠ったものと認めるのが相当である。」と結論付けました。
2.恒常的な要員不足の考え方
質問にあるような業務が繁忙状態という場合、それが突発的な受注増大による一時的なものか、今後もその繁忙状態が継続するかによって判断は異なってきます。 特に後者のように今後も繁忙状態が継続する場合には、そもそも時季変更権として想定する他の時期に年休を与える可能性が無いということになってしまい、本事件の判断基準に基づくと、そのような場合には「恒常的な要員不足」として時季変更権の行使が認められないと判断される可能性は高いです。 また、一時的な繁忙という場合であっても、1年間に労働者に対して付与する年休の日数を踏まえたうえで労働者の勤務日数を想定した必要要員数を算出することができるような場合には、そのような必要な要員数を確保できているか(その要員数を確保するために会社として採った施策)という観点も考慮する必要があります。
3.最後に
本事件は、旅客運送業であるため、昨年度の実績に応じて運行本数などは一定の予測が立てやすいため、紹介したような基準で、「恒常的な要員不足」か否かが判断されています。しかしながら、業態によっては突発的な受注や時期的な繁忙期が予測しづらい業態も考えられますので、必ずしも、本事件で紹介した裁判所の判断基準が全ての業態に当てはまるとは限りません。 また、本事件では、乗務員が申請した年休に対する時季変更権の行使が、「事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超え、労働者の円滑な年休取得を著しく妨げないようにするという労働者の利益への配慮に悖る」という判断をされ、恒常的な人員不足な下で時季変更権を行使したことと併せて損害賠償請求が認められていますので、時季変更権の行使時期にも注意する必要があります。 なお、本記事で紹介した裁判例は、あくまで東京地裁の判断であるところ、現在控訴中であるため、控訴審で判断が変わる可能性もあります。しかし、東京地裁は労働専門部を持ち、全国的にも多くの労働事件を取り扱っていますので、同様の判断が全国的に踏襲される可能性もあります。そこで、時季変更権の行使について取扱いを考える上で参考にしていただければと思います。