1 労働条件の不利益変更と本件における不利益変更の内容
そもそも、労働条件を不利益に変更する場合には、原則として、就業規則を変更しつつ(※1)当該不利益変更について各労働者と個別に合意を締結する必要があります(労働契約法8条、9条本文)。この個別合意が得られるのであれば、就業規則の変更内容の合理性や周知性は必要とされません(同法9条本文の反対解釈(※2))。
このような個別合意が得られない場合には、当該不利益変更に合理性が要求されるとともに、当該就業規則を労働者に周知する必要があります(労働契約法10条)。
そこで、本件のような1日当たりの所定労働時間の減少及びそれに伴う基本給の減少が、そもそも上記規制に服する「不利益」な変更なのかがまず問題となります。
本件では、1日の所定労働時間を1時間減少(1週あたりの所定労働時間を5時間分減少)させていますので、その点では時短となり労働者にとって利益な変更となります。しかし一方で、基本給が8分の7される(基本給が12.5%減少する)とのことですので、給与を減額するという点で労働者の既得の権利を奪うものであり、この点で労働条件の不利益な変更に該当すると考えられます(※3)。
したがって、本件においては、①労働契約法9条本文に定める従業員からの個別の同意を得るか、②仮に同意が得られない場合には同法10条に定める就業規則変更の合理性が必要になります。
(※1)より厳密に説明すると、各労働者との個別の合意があれば就業規則を変更せずとも個別合意をもって不利益変更を行うことは可能ですが、変更後の個別合意の内容(本件でいえば基本給を8分の7とする内容)が就業規則に定める労働条件(本件でいえば従前の基本給の内容)を下回る場合には、就業規則の最低基準効(労働契約法12条)により、結局従前の就業規則の内容が適用されて個別合意を得る意味がなくなってしまいます。したがって、結局のところ、本件のような変更を行う場合には就業規則の変更も合わせて行うことが必要となるケースが多いと考えられます。
(※2)大阪高判平成22年3月18日・協愛事件を参照。
(※3)過去の裁判例として、週44時間の所定労働時間を週40時間に減少させ年間所定労働日数も280日間から260日間に減少させた上で、基本給の金額を所定労働日数の減少に合わせて280分の260に減少させた(約7.1%減少させた)事案がございます(大分地判平成13年10月1日・九州運送事件)。この裁判例においては、時短の点は労働者にとって利益である一方で、賃金月額が減少する点では労働条件の不利益変更に該当すると判断しております。
2 いかなる場合に不利益変更に対する同意が認められるのか
会社側の立場からすると、労働条件の不利益変更だと言われる可能性がある以上は、①労働者の個別同意を得つつ、②就業規則の合理的な不利益変更も実施するという、2つの対策を同時にとることになります。
そして、本件の不利益変更については従業員の方も仕方ないと考えているとのことですし、これに合わせて就業規則も変更するとのことなので、一見すると不利益変更が可能な事案であるとも思えます。
しかしながら、このような個別同意や就業規則の不利益変更が有効とされるためには、一般に以下の(1)で述べるような厳しい条件をクリアする必要があります。
(1) 有効とされる個別同意の一般論
本件とは異なり退職金の不利益変更について争われた案件ですが、本件のような「賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべき」であるとした最高裁判例があります(最判平成28年2月19日・山梨県民信用組合事件)。
要するに、賃金に関する不利益変更をする際に要求される労働契約法8条の「合意」を得たというためには、ただ形式的に労働者から同意を得ているだけでは不十分であり、それに加えて各種事情を考慮してその同意が労働者の自由意思に基づくものであるといえるための合理的な理由が客観的に存在することまで要求されている、ということになります。実際、上記最高裁判例の事案においては、退職金減額に関する同意書に労働者が署名押印していたにもかかわらず、同書面の署名押印の経緯において説明が不足しており自由な意思に基づいて署名押印がなされていたとはいえなかったとして、不利益変更が認められませんでした(※4)。
(2) 本件における自由意志に基づく同意の有無
本件における不利益の程度は、確かに1日の所定労働時間を1時間も短縮するという点で労働者にとって利益な部分も含みますが、既に述べたように基本給を12.5%も減額するという重大な不利益を伴うものですので、これが自由な意思に基づくものであるといえるような合理的な理由が客観的に存在するような状況というは、かなり限られた状況になってくるかと存じます。
本件における不利益変更が生じた理由としては、店舗が入居する商業施設の営業時間が変更されたという事情があり、会社としてもこれに応じるほかありませんので、店舗の営業時間を変更すること自体は致し方ないといえるでしょう。確かに、店舗の営業時間を変更したからといって、賃金を減少させる必然性まではなく、賃金を減少させずに所定労働時間だけ減少させることが望ましいといえますが、そもそも賃金は労働の対価として支払われるものであり、所定労働時間が減少する場合にはこれに対応して減少する性質を本来的に有するものですので、少なくとも賃金減少自体に対する合理的な理由は存在するといえるでしょう。また、会社側もコロナウィルスの影響で赤字決算になっているとのことですので、本件においては、会社側が誠実に上記のような事情を説明し、減額される賃金額についても具体的な計算結果を含めて説明しているということであれば、自由な意思に基づく同意があったといえる合理的な理由が客観的に存在している状況にあると考える余地は十分にあると考えられます。ここで特に重要なのは、前掲山梨県民信用組合事件の最高裁判例でも述べられていたように、具体的に減少する賃金の額までしっかりと説明を行う点にあります。
したがって、会社側の対応としては、上記不利益変更に対する同意書面を各従業員から取得するとともに、同意書面への署名押印の前にきちんと不利益変更を行う理由と不利益変更の内容を具体的に説明する(可能であれば説明の証拠が残るように書面で行う)必要があります。
もっとも、どの程度の内容まで書面に記載するのかは非常に微妙な問題となるため、法律の専門家である弁護士に相談した上で同意書面を作成することが肝要になります。
(※4)東京高判平成28年11月24日・山梨県民信用組合(差戻審)事件
3 いかなる場合に就業規則変更の合理性が認められるのか
(1) 有効とされる就業規則変更の一般論
上記2のように各従業員から同意を得るというのが一番ですが、仮にこのような同意が得られなかった場合、就業規則の不利益変更の合理性が問題となります。そして、この合理性については、過去に様々な裁判例が出ていますが、以下のような要件が労働契約法10条において法定されております。
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。(以下略)
(2) 過去の裁判例と本件の検討
過去の裁判例において、本件のような所定労働時間減少に伴う賃金の不利益変更が争われた事例として、九州運送事件(大分地判平成13年10月1日・労判837号76頁)があります。この事件では、労働基準法の改正に伴い、週44時間の所定労働時間を週40時間に減少させ年間所定労働日数も280日間から260日間に減少させた上で、基本給の金額を280分の260に減少させた(約7.1%減少させた)事案でした。
この事件において裁判所は、労働者にとって重要な権利である賃金に対する不利益変更となるため、当該不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理性まで必要であると判示しました。そして、会社側は数年にわたって赤字決算が続いていて賃金の減少を伴わずに所定労働時間を変更するだけの金銭的余裕がなく、労使間の協議についても真摯な協議を行っており、時短よる労働者側に生じる利益も大きいこと等を総合考慮して、各従業員との個別同意なしに行われた就業規則の不利益変更も有効であると判示しました。
これを本件と比較すると、確かに直近が赤字決算となっている点では類似しておりますし、所定労働時間の減少は不可避であるという状況もありますので、高度の必要性に基づいた合理性まで認められる可能性はあります。しかし、賃金減少の幅が上記九州運送事件のケース(基本給の約7.1%)と比較して大きく(基本給の約12.5%)、赤字の決算も数年間に渡るものではないことから、より詳細に会社側の事情を把握した上で、慎重なリスク判断を行うべきケースであるといえます。