1 整理解雇に関する有効性の判断基準について
⑴ 整理解雇とは
整理解雇とは、一般に、企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇とされています。整理解雇は、労働者側の責めに帰すべき事由による解雇ではなく、使用者の経営上の理由による解雇である点に特徴があり、解雇権に関する有効、無効の判断が比較的厳格に判断される傾向にあると考えられています。
⑵ 裁判例における整理解雇の有効性に関する解釈基準について
裁判例は、整理解雇が解雇権の濫用とならないかどうかについて、主に4つの要素に着目して判断を行ってきたと考えられています。 すなわち、①人員削減の必要性、②解雇回避措置(人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性)、③人選の合理性、④手続きの正当性などの4つの要素が重要であるとされています。 これら①から④の要素については、いずれか1つでも欠ければ整理解雇が無効であるとされるものではなく、いずれかの要素が足りずとも、そのほかの事情を総合的に考慮した結果、解雇が有効と判断される場合があります。
2 本件と類似する裁判例の紹介〔CSFBセキュリティーズ・ジャパン・リミテッド事件〕(東京高裁平成18.12.28・労判931号30頁)
⑴ 事案の概要
当該裁判例は、数年にわたり数十億円の損失を計上していた外資系証券会社の企業に雇用された従業員が、経営不振による部署の閉鎖に伴う人員削減によって整理解雇されたことについて、当該解雇が無効であるとして争われた事案です。当該裁判例では、一審・二審共に企業の行った整理解雇が有効と判断されています。
⑵ 判旨
以下では、当該裁判例が整理解雇における4つの要素について判断した該当箇所を引用して紹介します(「・・・」は、筆者において「中略」した箇所です。)。 ①人員削減の必要性 「・・・本件解雇を行った平成15年3月期においても、約148億円もの当期純損失を計上し、未処分損失は570億円にも達するなど、依然として厳しい経営状況にあった。次に、被告の販管費についてみると、・・・、本件解雇がなされた平成15年3月期においても、人件費負担が前年の約252億円から約157億円へと大幅に減少したものの、上記のとおり、依然として巨額の当期純損失及び未処分損失を計上していたことを考慮すると、被告の業績が十分回復していたとはいえず、依然として人件費を削減する必要性は継続していたものということができる。」 ②解雇回避措置(人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性) 「インターバンクデスクの業績は、・・・現実にも平成15年度の売上額は約372万USドルにまで減少するなど、インターバンクデスクの収益性に疑問があり、他方、インターバンクデスクは原告が配転された平成13年8月以前はAとBの2名が担当してきたところ、原告が増員となった以降本件退職勧奨がなされた平成14年10月24日までの間、同デスクの業績が向上した事実を認めるに足りる証拠がないことからすると、被告が人員削減の対象部署としてインターバンクデスクを選定したことが不合理であったとはいえない。・・・被告は、平成14年10月23日、原告を含む43名の従業員に対し本件退職勧奨をしたものの平成15年3月末時点において、多額の当期純損失を計上し、未処分損失は約570億円にまで達しており、本件退職勧奨によっても依然として厳しい経営状態であった。」 ③人選の合理性 「・・・インターバンクデスクにおける削減対象の選定にあたって、・・・ヴァイスプレジデントであった原告の給与水準は、Bのそれよりもはるかに高額であったのに対し、インターバンクデスクに対する原告とBの貢献度において、少なくとも原告がBを上回る貢献をした事実を認めるに足りる適切な証拠はなく、むしろ客観的に比較可能な国内金融機関からの売上げの点において、Bの売上げは原告のそれを大きく上回っている事実が認められる。・・・被告が、インターバンクデスクにおける人員削減の対象者として、原告を選定したことが不合理とまではいえない。・・・本件解雇後の平成15年4月以降も賃借物件の解約に加え、引き続き大規模な人員削減を実施し、新規採用も控えている状況からすると他部署が原告を受け入れることは容易ではなく、本件解雇をした平成15年3月末時点において、原告を他の部署に配転することは困難であったいうことができる。また、前記のとおり、被告は、本件退職時に退職パッケージとして、合計3027万3155円もの金銭給付の提案をし、組合との交渉後の平成15年2月5日には他の削減対象とされた従業員と比較しても条件のよい総額4100万円の金銭給付を提案した事実が認められる。」 ④手続きの正当性 「被告は、本件退職勧奨以降、原告及び組合に対して、・・・3回にわたって団体交渉に応じ、・・・協議・説明を行ったが本件退職勧奨の撤回を求める組合側との間で合意に至らなかった事実が認められ、・・・本件解雇通告以後においても団体交渉やあっせん手続等に応じ、さらに団体交渉の過程において他の退職者と比較して条件のよい退職パッケージを提案したが、本件退職勧奨及び本件解雇の撤回を求める原告及び組合との間において合意に至らなかった事実が認められる。・・・被告は組合との団体交渉等の場において、本件解雇の理由等について、上記のとおりの説明をし、原告及び組合の納得を得られるよう一応の努力をしたものということができる。」
⑶ 学びのポイント
当該裁判例における学びのポイントは以下のとおりです。 ① 人員削減の必要性があるかについては、当該企業の経営状況について損失における販管費の占める割合を分析するなど詳細に検討すべきであること。 当該裁判例では、当該企業において経営状況の不振を解消するためには人員削減を行うことが合理的であったかという点について、当該企業の純損失額及び当該損失に占める販管費の割合が大きいことを認定しています。 そのため、販管費以外の費用が損失の占める割合が大きい場合は、人員削減よりも先に企業努力によって損失の削減を解決すべきであるなどの理由で、整理解雇の有効性について消極的な判断がなされる可能性もあると考えられます。 ② 人員削減の必要性があると判断された場合であっても、いきなり整理解雇の手段を選択すべきではなく、退職勧奨等の解雇以外による方法を模索すべきとされること。 当該裁判例でも、整理解雇を行う前に早期退職者の募集(退職勧奨)が行われています。退職勧奨などの解雇以外の手段を試みないまま、いきなり整理解雇に踏み切った場合、その他の人員削減の手段を執り得たなどと判断され、整理解雇の有効性について消極的な判断がなされる可能性があると考えられます。なお、退職勧奨以外に考えられる手段としては、配置転換や希望退職者の募集等の方法が検討されることがあります。 ③ 複数の人員削減対象者又は対象部署が存在する場合、いずれの労働者又は部署を人員削減の対象とすべきかについては、当該労働者の能力、売上、対象部署の利益等から、客観的に検討すべきとされていること。 当該裁判例では、解雇対象労働者の所属する部署の売上が低いことから、当該部署を整理解雇の対象部署とすることが合理的であるとの判断を前提とした上で、解雇対象労働者を含む当該部署の労働者2名のうち、解雇対象労働者の売上や貢献度がもう一人の労働者と比較して低いことが客観的な証拠によって認定されています。 ただし、裁判例が「同デスクに対するXとBの貢献度において,少なくともXがBを上回る貢献をした事実を認めるに足りる適切な証拠はなく」という点を指摘していることからすれば、人選の合理性については、単純に解雇直近の売上のみが判断要素とされるわけではないようです。 ④ 企業に対し、整理解雇の必要性等について労働者(組合に所属している場合は、その組合を含む。)に十分な説明を行うこと等が求められていること。 当該裁判例では、紛争が生じた後の経緯において、企業が労働者及び所属する組合から提起された団体交渉並びにあっせん等に係る申立てに対し「一応の努力をした」という事実が認定されています。このような事実が認定されていることからすると、仮に、企業側において、労働者及び所属する組合から団体交渉などの積極的な働きかけがない場合にも、整理解雇の必要性について説明会等を開催して十分な説明を行うなどすることで、整理解雇の有効性について積極の判断がなされる可能性があると考えられます。
⑷ 活用場面
以上より、企業が整理解雇を行う場合に準備又は検討すべき事項は、①当該企業の損失における販管費の割合を分析し、経営状況を改善するために人件費を削減する必要性を検討すること、②整理解雇に踏み切る前に、退職勧奨又は配置転換等の解雇以外の手段を検討すること、③人事評価などを基に当該対象労働者の選定に合理性があるかを検討すること、④解雇に踏み切る前に、対象労働者等に対し、十分な説明を試みること、等であると考えられます。 今回紹介した裁判例の事案では、数十億円規模の損失を数年にわたって計上し、かつ、退職勧奨対象者も40数名に上るような大規模の企業が対象でしたが、整理解雇に関する判断枠組みは中小企業についても変わりなく該当するものですので、今後、整理解雇を検討する企業にとっては、事業規模を問わず、十分な指標になりうるものであると考えられます。