1.労働契約において職種や地位を特定した中途採用者に対する解雇について
労働者の解雇は,労働者の生活の基盤を喪失させるものである以上,その有効性は厳格に判断されます(労働契約法第16条参照)。一方で,職種や地位を特定して雇用された労働者(中途採用者など)である場合,労働契約の内容となっている能力や適正を欠くことを理由とした解雇は,裁判例上,比較的認められやすい傾向にあるといえます。
2.裁判例
(1)解雇を有効とした裁判例
職種や地位を特定して雇用された労働者で合意された能力や適正を欠くことを理由にした解雇のうち,解雇を有効とした裁判例を紹介します。 フォード自動車事件・東京高判昭和59年3月30日労判437号41頁では,人事本部長という地位を特定し,特段の能力を期待して採用された労働者であったが,自らの仕事を部下に任せきりにし,その態度を一向に改めることもなく,人事本部長としての業務能率が極めて悪く,引き続き勤務することが不適当であるとして解雇を有効と判断しました。 なお,本判決は,職種や地位を特定した労働契約と認められる場合,特定された職種や地位より下位の職種等への配置換えをしなければならないものでないと判示しています。
(2)解雇を無効とした裁判例
一方で,職種や地位を特定してなされた労働契約であることを理由に,その能力や適正を欠くとしてなされた解雇であっても,職種や地位の特定の程度が問題となることがあります。たとえば,ブルームバーグ・エル・ピー事件・東京高判平成25年4月24日労判1074号75頁は,労働契約上求められている職務能力について,採用選考や試用期間中に格別の審査や指導等を行っておらず,本採用後の指示・指導の内容から見ても,職種や地位を特定してなされた労働契約であるとは認められないとして,結論として解雇を無効と判断しました。 すなわち,職種や地位を特定してなされた労働契約であるというためには,労働契約の締結時点で特定の職種や地位を前提とした能力を有する契約であることを明示してそれが合意されなければいけません。
3.特定の職種や地位を前提とした労働契約を締結する場合の注意点
以上に見てきたとおり,職種や地位を特定してその能力や適正を有することを前提に合意された労働契約では,裁判例上,右職種等を基準とした能力や適正を欠くことを理由とする解雇は比較的認められやすい傾向にあるといえます。 もっとも,当該労働契約が職種や地位を特定してなされたものであるというためには,労働契約締結の時点でそのような合意がされることが必要です。たとえば,求人票に特殊な技能や資格が求められることを記載したり,採用面接の際に技能・資格を有することを確認し,労働者がこれを保証する旨回答したりといった事情が考えられます。 このような職種や地位の特定にかかる事情がないにもかかわらず,職種や地位を特定してなされた労働契約であることを理由に解雇に踏み切ってしまうことには大きなリスクを伴います。