1.退職勧奨の概要
退職勧奨とは、使用者が従業員に対し、自発的に退職するよう促す行為をいいます。 単純に従業員に退職を勧めるという事実行為でしかないため、従業員の意思に関係なく雇用関係を終了させる解雇とは異なり、退職勧奨を受けた従業員が退職に合意しない場合には退職という効果は発生しません。しかし、解雇は、その要件が厳格に解されており、その有効性が争われるリスクがあるため、問題がある従業員について、まず任意の退職を期待し、解雇ではなく退職勧奨を行うという方法が考えられます。 退職勧奨は、実施に必要な要件といったものは定められておらず、使用者の経営判断に基づいて実施することができますが、以下に述べる点に注意が必要です。
2.退職勧奨実施時の注意点
(1)退職勧奨の限界
上記1で説明したように、退職勧奨の実施は使用者の経営判断に基づき自由に行っていただけますが、その実施方法によっては不法行為(民法709条)であるとされ、損害賠償責任が発生する場合があります。以下ではどのような場合に不法行為であるとされるのかについてご説明します。
(2)裁判例の立場
職員に退職を打診したところ、退職の意思がない旨を表明されたが、業務命令として当該職員を呼び出し、約3か月の間に十数回にわたり退職勧奨を行ったという事案に関する裁判例(※)では、退職勧奨の限界について、「被勧奨者は何らの拘束なしに自由にその意思を決定しうるのはもとより、いかなる場合でも勧奨行為に応ずる義務もないと解するのが相当である。なお勧奨は一定の方法に従って行なわれる必要はなく、退職を求める人事行政上の事情や、被勧奨者の健康状態、勤務に対する適応性、家庭の事情その他被勧奨者の要望等具体的情況に応じて、退職の同意を得るために適切な種々の観点からの説得方法を用いることができるが、いずれにしても、被勧奨者の任意の意思形成を妨げ、あるいは名誉感情を害するごとき言動が許されないことは言うまでもなく、そのような勧奨行為は違法な権利侵害として不法行為を構成する場合があることは当然である。」と判示しています。
※下関商業高校事件(最高裁判所昭和55年7月10日第一小法廷判決・判タ434号172ページの第1審である山口地裁下関支部昭和49年9月28日)
(3)裁判例を踏まえた退職勧奨時の留意事項
上記裁判例から、退職勧奨の実施にあたっては、従業員の退職についての意思決定の自由を侵害したり、名誉感情を害しないような対応が必要であるといえます。 上記裁判例では、退職勧奨が約3か月間にわたり十数回にわたった事実や、1度の退職勧奨において、職員1名に対して4名程度が最長1時間半にわたって退職勧奨を実施したという事実が退職勧奨の違法性を基礎付ける事情とされたと考えられることから、 退職勧奨の回数や期間、1回あたりの退職勧奨を行う時間が通常の交渉に必要な程度を超えてしまうことがないようにすべきですし、退職勧奨を行う際の状況が対象者の心理的圧迫となるようものでないよう、必要最低限の人数により冷静な言葉遣いを心がける必要があります。 ただし、こうした認定は個別具体的に行われるものであり、退職条件に関する質疑応答や具体的な交渉が行われたことで1回の退職勧奨が長時間化したり、退職勧奨が複数回や長期間にわたることも想定できますから、事案によって判断は分かれることになります。 また、退職条件について、退職勧奨を受けた従業員がその退職しない旨を明確に告げた場合には、より有利な新たな退職条件を提示する等しなければ退職勧奨を継続する合理的な理由が認められない可能性があります。 以上から、【質問】の事例のように、当初行った退職勧奨に対して従業員が応じなかったため、会社の現状について説明したり、退職時に支払われる金銭の増額といった従業員にとってより有利な退職条件を検討した上で提示するために退職勧奨が数度にわたったことは、社会通念上相当な態様にとどまる限りであれば許容され、不法行為に該当するとまではいえないと考えられます。