1.「問題社員」とは?企業が直面する典型的な類型
法律上の定義はありませんが、一般に「問題社員」とは、能力、態度、協調性等に問題があり、企業の運営や職場環境に悪影響を及ぼす従業員を指します。重要なのは、主観ではなく客観的な事実に基づき「問題」を特定することです。 主な類型としては、①能力不足・成績不良(指導・教育後も改善が見られない)、②協調性欠如(反抗的態度、連携拒否など。具体的な言動と業務への支障の記録が重要)、③勤怠不良(無断欠勤、遅刻常態化など。客観的証拠は得やすいが、健康問題の可能性も考慮)、④ハラスメント行為(パワハラ、セクハラ等。企業には防止措置義務あり)、⑤業務命令違反・規律違反(正当な理由なき指示拒否、情報漏洩、不正行為など)、⑥私生活上の問題(犯罪行為による会社の信用失墜など)が挙げられます。 特に能力不足や協調性欠如は主観が入りやすく、これらに基づく処分の有効性が争われやすいため、具体的な行動、頻度、影響、指導内容とその結果といった客観的記録が不可欠です。
2.問題社員への対応:指導から懲戒処分まで
問題社員への対応は問題行動の程度に応じて行うことが重要です。 まず、客観的な事実確認に基づき、具体的な問題点を指摘し改善を促す「指導・注意」を行います。最も重要なのは、指導・注意のプロセス(日時、内容、本人の反応等)を詳細に記録し、保管することです。これらの記録は、後の懲戒処分や解雇の正当性を裏付ける重要な証拠となります。 度重なる指導にもかかわらず改善しない場合や、重大・悪質な行為があった場合は、就業規則に基づく懲戒処分を検討します。主な種類には、軽い順に戒告・譴責、減給(法的制限あり)、出勤停止、降格、諭旨解雇・諭旨退職、そして最も重い懲戒解雇があります。ただし、就業規則における規定のない類型の処分をすることはできないので、注意が必要です。 懲戒処分が有効となるには、①就業規則上の明確な根拠規定、②懲戒事由への該当性、③処分の重さが行為に対して相当であること(相当性の原則、労働契約法第15条)、④適正な手続き(弁明の機会付与等)、⑤二重処罰でないこと、が必要です。特に就業規則の規定と周知は必須であり、処分の重さは慎重に判断しなければなりません。 多くの場合、問題行動に対してはしっかりと注意・指導を行い、改善が見られない場合には適切な処分をするというアプローチが、処分の有効性を高め、リスクの低減に繋がります。その全プロセスを客観的証拠と共に記録することが不可欠です。
3.「解雇」と「退職勧奨」の法的な違いと実務上の注意点
雇用契約終了を検討する際、「解雇」と「退職勧奨」の違いを理解することが重要です。 「解雇」は、会社が一方的に労働契約を終了させることをいいます。普通解雇、懲戒解雇、整理解雇があります。解雇は労働契約法第16条により厳しく制限されており、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」がなければ無効(解雇権濫用)という厳格な基準が定められています。原則30日前の予告か予告手当の支払いも必要ですが、予告又は手当の支払いをもって解雇が有効となるという意味ではない点に注意が必要です。 一方、「退職勧奨」は、会社が従業員に合意に基づく退職(自主退職)を促す働きかけをいいます。退職勧奨は事実行為にすぎず、実施にあたっての法的要件はありません。 ただし、退職勧奨も無制限に認められるわけではありません。退職を強いるような言動は避け、面談の回数、時間、担当者の言動などに注意し、退職勧奨のプロセスを記録することが重要です。 従業員が退職について明確に拒否した後に退職勧奨を継続した場合に不法行為の成立を認めた裁判例も存在するため、再度退職勧奨を実施することを検討する場合には弁護士への相談をお勧めします。 実務上は、解雇の高い法的リスクを考慮し、まず退職勧奨による合意退職を目指すのが紛争リスクの低い進め方です。理由を丁寧に説明し、それでも合意に至らず、かつ解雇要件を満たす場合に限り、最終手段として解雇を検討すべきでしょう。
4.労働紛争を未然に防ぐための企業側の予防策
労働紛争を未然に防ぐには、日頃からの労務管理体制の整備が不可欠です。
- ・就業規則の整備と周知徹底: 自社の実態に合った就業規則を作成・改定し、服務規律や懲戒・解雇事由を明確に定めます。テンプレートの安易な利用は避け、専門家と連携しましょう。法改正にも対応し、最も重要なのは、法に則った方法で全従業員に周知することです。周知されていなければ効力は認められません。
- ・証拠の記録・保管体制の構築: 指導・注意記録、面談記録、問題行動の具体的事実、メール履歴、勤怠記録などを、日頃から客観的かつ具体的に記録・保管する体制を整えます。これらは懲戒・解雇の正当性や、退職勧奨の任意性を裏付ける上で決定的に重要です。
- ・適切なコミュニケーションと一貫性のある対応: 期待する役割やルールを明確に伝え、問題発生時は冷静かつ丁寧に対応します。社内ルールは全従業員に公平・一貫して適用することが重要です。 これらの予防策は、問題行動を抑止する「盾」となり、万一問題が発生した際には、企業の対応の正当性を支える「剣」となります。ルールや証拠がなければ、企業は紛争時に極めて不利になります。