1.懲戒解雇について
(1)懲戒解雇とは
懲戒解雇とは、使用者が労働者の企業秩序違反行為に対する制裁として行う処分のうち、労働契約の解消を伴うものをいいます。懲戒解雇はそれ以外の懲戒処分と異なり、労働契約が解消されてしまう点で労働者にとっては非常に重い処分(刑法でいうところの極刑に例えられることもあります。)であり、再就職の際に大きな障害となる場合もありますので、懲戒解雇の有効性は一般的に厳しく判断される傾向にあります。
(2)普通解雇との違い
普通解雇は、懲戒解雇とは異なり、労働契約に基づく契約解消手段であり、労働者の契約違反を理由とする解雇です。そのため、一般的には懲戒解雇に比べて普通解雇の方が有効性の判断において緩やかな傾向にあります。また、懲戒解雇の場合、事前に懲戒の対象となる労働者に意見聴取の機会を与えるなど、適正な手続きのもとで解雇しなければ無効と判断されるリスクもあります。 そこで、実務的には、懲戒解雇による労働契約解消の場面でも、懲戒事由とされた事実が普通解雇事由にも該当するようなケースでは、予備的な主張として普通解雇による労働契約解消の意思表示も併せて行うことがあります。これは、後に裁判で争われた際、懲戒解雇としてはその要件を満たさない(上記で説明した手続きの相当性を欠く場合もこれにあたります)と判断された場合でも、普通解雇としての要件は満たすと判断される場合があるためです(大阪地判H8.12.25判タ946-198など)。注意が必要なこととして、解雇当時には懲戒解雇のみを通知していたのに、後日裁判になって普通解雇の意思も有していたのだと主張した場合、このような主張が認められない可能性もあります(東京地判H24.11.30労経速2162-8など)。
(3)懲戒処分の法規制について
懲戒処分は、就業規則等に明確な根拠があることを前提に、使用者による懲戒権の行使が濫用にあたらないことが必要とされます(労働契約法15条)。一般的に懲戒処分が濫用にあたるか否かの判断は、労働者による規律違反行為の性質や態様、その他の事情を総合的に考慮したうえで判断されます。 その他、懲戒処分は刑罰類似の性質を有すると考えられているため、罪刑法定主義の観点から就業規則等への明確な記載、懲戒処分不遡及の原則、一事不再理(二重処罰禁止)等の法規制が及ぶとされています。
2.金銭取扱業務での横領事例における懲戒解雇について
以上を踏まえ、現金取扱業務に携わる従業員の着服、横領という規律違反行為を行った事例における懲戒解雇の効力について、実際に争われた裁判例をご紹介します。
(1)懲戒解雇が有効とされた裁判例について
① 福岡地判S60.4.30 労判455号63頁 ワンマンバスの運転手として被告に勤めていた原告が、乗務終了後の運賃等の精算手続きの際に、売上金のうち合計9,000円を着服したことを理由に、被告が原告を懲戒解雇したという事例において、裁判所は、「現金を取扱うワンマンバスの運転士が両替金を精算手続中に領得しようとした事案であって、その性質、態様において悪質であり、被告会社が懲戒解雇を選択することもやむを得ない」と判示し、右懲戒解雇を有効としました。
② 東京高判H1.3.16 労判538号58頁 原告は被告で定期積立の集中集金の業務に従事していたところ、原告が顧客から集金した定期預金の掛け金1万円着服、横領したとしたことを理由に懲戒解雇された事例において、裁判所は、被告を「(懲戒)解雇処分に付したことについては、その原因があり、かつ信用に立脚する金融機関の性格上やむを得ないもの」(括弧内は筆者)と判示し、右懲戒解雇を有効としました。 冒頭質問の事例とは異なる業種における横領事案ですが、運送業と同じく金銭を取扱う業務の性質上、着服、横領行為といった金銭取扱いに対する信頼を毀損する行為に関する懲戒処分は、懲戒解雇の選択もやむなしとした事例です。
③ その他の裁判例 以上のとおり、裁判例は現金取扱いを業務とするタクシーやワンマンバスの運転手による着服、横領事例において厳しい判断を行う傾向にあり、懲戒解雇を有効とする例が多く存在します。たとえば、少し古い裁判例ですが、料金100円の着服行為等を行ったバス運転士に対する懲戒解雇を有効とした例として水戸地判S47.11.16労判165号47頁、510円の着服につき松山地判S49.5.2労判200号20頁など、たとえ低額の着服、横領であっても懲戒解雇を有効とする裁判例もあります。
(2)懲戒解雇が無効とされた裁判例について
これに対して、懲戒解雇を無効と判断した裁判例は、上記(1)とは異なり、着服横領行為があったことを十分に認定できない事例や、現金取扱いに関する手順違反があったものの着服横領の意図までは直ちに推認できない事例などがあります。 以下に、このような事例の裁判所の判断を簡単に記載します。
① 福岡高判H9.4.9 労判716号55頁 ワンマンバスの乗務員として被告に勤めていた原告が、運賃を横領したものとして懲戒解雇された事案について、立証が不十分で事実関係が詳細にはわからず、原告に運賃を横領する意図があったとまで断定することはできないとして、懲戒解雇を無効と判断しました。
② 東京地判八王子支部H15.6.9 労判861号56頁 原告はバス事業営業所で事故担当助役として勤めていたところ、原告が交通事故処理業務に関する現金を着服・横領したものとして懲戒解雇された事案で、原告による着服・横領行為の存否につき、これを認めるに足りる合理的立証がないことを理由に、懲戒解雇が無効と判断されました。
(3)冒頭質問の事例における判断
冒頭質問の事例は、バス運転手が運賃の一部(20,000円)を自分のポケットに入れて着服したという事案です。 上記(1)①の裁判例(福岡地判S60.4.30労判455号63頁)では、バス運転手が売上金(9,000円)を左ポケットに入れて着服したという事実を認め、同運転手に対する懲戒解雇を有効と判断しています。冒頭の事案でバスの運転手が自分のポケットに運賃の一部を入れた行為について、横領行為によるものであることが諸事情を考慮した結果、裁判例の事案と同様に認定できた場合、本事案についても、懲戒解雇が有効と判断される可能性があります。 また、この裁判例以外の類似する事案をみても、現金取扱業務に就く従業員による金銭着服行為には厳しい判断がなされる傾向にあります。ただし、上記(2)で紹介した裁判例のように、事案により証明が不十分であるとして横領行為やその意図が認定されず、懲戒解雇が無効と判断される場合がありますので注意が必要です。 以上を前提に、本事案においてバス運転手が横領の目的で現金を着服した事実が明確であるのならば、着服金額が決して小さくないことも加味して懲戒解雇が有効と判断される可能性は高いと思います。
3.解雇予告手当の支払い義務について
(1)解雇予告手当について
労働基準法20条1項は、使用者が労働者を解雇する場合、30日以上前にその予告をするか、30日分以上の平均賃金(これを「解雇予告手当」といいます。)を支払わなければならないとしています。また、解雇予告期間が30日に満たない場合でも、平均賃金を支払った日数分を短縮することができます(同条2項)。 懲戒解雇も解雇の一種ですので、原則として解雇予告手当を支払う必要があります。
(2)解雇予告手当を支払う必要がない場合
他方で、「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能になった場合」、「労働者の責めに帰すべき事由に基づいて解雇する場合」(同法20条1項但書)には解雇予告手当の支払いが免除されています。これを即時解雇と呼んでいます。同条の「労働者の責めに帰すべき事由」については、懲戒解雇事由に該当する場合の全てを含むわけでない点に注意が必要です。「労働者の責めに帰すべき事由」とは、労働者を解雇予告制度により保護するに値しないほどに重大・悪質な行為や違反行為があることをいうと考えられています。 また、解雇予告手当を支払うことなく即時解雇を行うためには、行政官庁(労働基準監督署長)による解雇予告除外認定を受ける必要があります(同条3項)。
(3)冒頭質問の場合
冒頭質問の場合、懲戒解雇の対象となる従業員は、現金取扱業務であることを利用して会社の売上金を着服しています。行政解釈(昭和23年11月11日基発1637号、昭和31年3月1日基発111号)によれば、「労働者の責めに帰すべき事由」とは「労働者の故意、過失又はこれと同視すべき事由」をいうとしており、極めて軽微なものを除く事業場内の盗取、横領等の刑法犯を例示として挙げています。 上記行政解釈に則った場合、冒頭質問の事案では行政官庁の除外認定を受けられる可能性がありますので、同認定を受けることで解雇予告手当の支払をせずに即時解雇することが考えられます。
【参考文献】 石嵜信憲「懲戒処分の基本と実務」中央経済社(2019、26、42頁以下)