1. 就業時間中の私用メールについて
労働者は,労働契約上の義務として,就業時間中は職務に専念すべき義務(これを「職務専念義務」といいます。)を負っています。一方で,労働者といえども,個人として社会生活を送っている以上,就業時間中に外部と連絡を取ることが一切許されないわけではなく,職務遂行の支障とならず,会社貸与の携帯の利用によって会社に過度の経済的負担をかけないような使い方であれば,社会通念上相当と認められる限りで会社の貸与携帯やパソコンなどを利用して私用メールを送受信したとしても,これをもって直ちに職務専念義務に違反するものではないといえます(グレイワールドワイド事件・東京地判H15.9.22労判870号83頁等)。 以下では,就業時間中の私用メールに関する判断がされた裁判例をいくつか紹介していきたいと思います。
2.裁判例の紹介
⑴ 懲戒処分が無効と判断された例
グレイワールドワイド事件・東京地判H15.9.22労判870号83頁【解雇・無効事例】 就業時間中に外部と連絡を取ることが一切許されないわけではなく,就業規則等に特段の定めがない限り,職務遂行の支障とならず,使用者に過度の経済的負担をかけないなど社会通念上相当と認められる限度で…私用メールを送受信しても上記職務専念義務に違反するものではないと判示した事例です。 同事案は,1日あたり2通程度の私用メールを行っていましたが,職務遂行に支障を来し会社に過度の経済的負担をかけることもなく,社会通念上相当な範囲に留まるから職務専念義務に違反したとはいえないとの判断がされました。
北沢産業事件・東京地判H19.9.18労判947号23頁【解雇・無効事例】 同事案は,就業規則で私用メールについて禁止をしていた事例です。 もっとも,私用メールを禁止する就業規則の規定の趣旨について,裁判所は,主に従業員が就業時間中に私用メールのやり取りを行うことによる職務懈怠を防止することにあり,そうすれば,個別具体的な私用メールのやり取りについても,それが社会通念上許容される範囲を超え,職務に支障を生じさせる程度のものであったかどうかを検討したうえで就業規則違反の有無について判断すべきと判示しました。 なお,本事案では,1か月に2,3通程度のメール頻度であり,その内容も取引先とのやり取りや,やむを得ない内容のやり取りも含まれるとして,メールの作成に長時間を要し職務の遂行に支障を生じさせるものではないとの判断がされました。
全国建設工事業国民健康保険組合北海道東支部事件・札幌地判H17.5.26労判929号66頁【減給処分無効・降格処分無効事例】 約9か月間,就業時間中に上司への批判を含む私用メールを送信したことを理由に「3か月間基本給10%の減給処分(※これは労働基準法91条に違反しています)」及び「課長職から係長職への降格処分」を無効とした事例です。 同事案は,私用メールの大半が就業時間中に送受信され,相当長文のものもあったものの,回数及び1回あたりのメール作成の所要時間が短いこと,会社貸与携帯の取扱規定や従前の私用メールに対する注意等もなかった事情からすれば,減給処分は社会通念上重きに失するため相当性に欠けるとして無効と判断されました。
⑵ 懲戒処分が有効と判断された例
K工業技術専門学校(私用メール)事件・福岡高判H17.9.14労判903号68頁【解雇・有効事例】 長期に渡り,大量の私用メールを勤務時間中に送受信していた事例で,5年間のメール受信記録約1650通のうちのおおよそ半数,送信記録約1330通のうちのおおよそ6割が出会い系サイト等で知り合った女性とのやり取りであり,さらにやり取りのうち約半数が勤務時間内のものであったという事実関係のもとで,裁判所は,その分の時間と労力を本来の職務に充てていれば,より一層の成果が得られたはずであって,事務を疎かにしなかったなどということはできないと判示し解雇を有効と判断しました。 ただし,同事案は,教職員が学校貸与のパソコンで,学校のメールアドレスを使って出会い系サイトに登録し,露骨に性的関係を求める内容のメールを第三者が閲覧可能な状態にして送信していたという事情により,同サイト利用者から学校に匿名で指摘があったことで発覚したという事案であり,学校の品位,体面及び名誉を傷つけるものであることも解雇の有効性を基礎づけるひとつの事情であったといえます。
3 まとめ
以上の裁判例からすれば,労働者が労働契約上,就業時間中の職務専念義務を負っており,職務に支障を生じさせるような私用メールの送受信については同義務に違反するものの,私用メールの全てが同義務に違反するわけではなく,就業時間中であるかどうか,メールの件数,メール作成にかかる所要時間,その他社用携帯の取扱規定の有無や私用メールに対する会社の注意指導の状況等を勘案し個別具体的に判断がなされます。 冒頭【質問】の例でいえば,就業時間中に私用メールを日に1,2通程度送受信していた事例ですので,メールの内容(誹謗中傷等,その内容・表現の悪質性も問題となります。)やメール作成にかかる所要時間,社用携帯の取扱規定や会社の注意指導の状況等も判断要素とはなりますが,一般的にいえば,この程度の私用メールの送受信では職務専念義務に違反すると評価を受ける可能性は低いと考えられます。 したがって,直ちに懲戒処分の選択を行うには会社にとって大きなリスクを伴うものであるといえます。 上記裁判例のうち,懲戒処分を有効と判断した例(K工業技術専門学校(私用メール)事件)のように,長期間かつ大量の私用メールの送受信を勤務時間中に続け,その内容も業務と無関係であり,会社の品位,体面や名誉を傷つけるような悪質性の高いという事案のもとでは,懲戒解雇のような重い懲戒処分も有効と判断される余地があり,処分の検討に値することになると考えられます。