1 業務上の意義
被災労働者・遺族が労働災害補償保険法(以下「法」といいます。)に基づく保険給付請求を行うためには、「業務上の事由」による負傷、疾病、障害、死亡等(以下「負傷等」といいます。)であることが必要です(法7条1項1号)。
行政解釈では、「業務上の事由」とは、当該負傷等の業務起因性、すなわち、業務と相当因果関係があることを意味し、その第一次的判断基準として、当該負傷等の原因となった事故の「業務遂行性」、すなわち、労働者が事業者の支配下にあったかということが検討されます。
この業務遂行性の存在を前提として、その危険が現実化したと経験則上認められることで業務起因性が認められ、当該負傷等が「業務上の事由」によるものであるとして労働災害であることが認められます。
判例(※1)も「労働者災害補償保険法に基づく保険給付の対象となるには、それが業務上の事由によるものであることを要するところ、そのための要件の一つとして、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にある状態において当該災害が発生したことが必要であると解するのが相当である。」と判断しています。
(※1)十和田労基署長事件(最高裁判所第3小法廷昭和59年5月29日判決・集民142号183頁)
2 相談内容に対する回答
相談内容と類似の出張中に発生した事故に関する事案について、裁判例(※2)では、「労働者が宿泊を伴う出張をしている場合は、出張中の労働者は事業者の管理を離れてはいるが、その用務の成否、遂行方法などについて包括的に事業主に対して責任を負っているものであるから、出張の全過程について事業主の支配下にあるということができる。」として、業務遂行性が認定されています。
会食への参加についても、業務の一環として上司の指示等による義務性があり、取引先との懇親を深めるという必要性が認めうるため、「積極的に私的な遊興行為として飲酒をしていたと評価すべき事実を見いだすことはでき」ないと認定した裁判例(※3)が存在します。
また、転倒について、飲酒の影響により適切な危険回避動作をとれなかった場合であったとしても、裁判例(※4)では、当該事故が「業務とまったく関連のない私的行為や恣意的行為ないしは業務遂行から逸脱した行為によって自ら招来した事故である」ような例外的な場合でなければ、出張に随伴する行為の危険が現実化したと経験則上認められるとして業務起因性が認められています。
相談内容の事案においても、上記の裁判例に沿うと、出張の全過程において業務遂行性が認められることを前提に、会食での飲酒が「積極的に私的な遊興行為」といえず、宿泊先での転倒事故が「業務とまったく関連のない私的行為や恣意的行為ないしは業務遂行から逸脱した行為によって自ら招来した」ものといえる特殊な事案でない限り、本件事故の業務起因性が認められ、労災と認定される傾向にあるといえそうです。
(※2)大分放送事件(福岡高裁平成5年4月28日判決・労判648号82頁)
(※3)渋谷労基署長事件(東京地裁平成26年3月19日・労判1107号86頁)
(※4)前掲大分放送事件