1.不正競争防止法について
(1)企業秘密の保持と不正競争防止法
不正競争防止法は、企業間の公正な競争を確保することを目的とする法律であり、模倣や冒用といった、価格や品質によらない競争行為を類型化し、不正競争行為として規制しています。企業秘密との関係では、同法に定める「営業秘密」に該当する企業秘密について、その不正取得・開示・使用といった一定の類型の侵害行為を、不正競争行為としています(不正競争防止法第2条第4号~第9号)。
(2)不正競争防止法による規制の対象となる「営業秘密」とは
ア 「営業秘密」の定義の概要
不正競争防止法による規制の対象となる「営業秘密」とは、「秘密として管理されている生産方法,販売方法,その他事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」(同法第2条第6項)、すなわち①秘密管理性(秘密として管理されていること)、②有用性(事業活動に有用な情報であること)、③非公知性(公然と知られていないこと)という3つの要件を充足する情報をいいます。就業規則や秘密保持契約において秘密保持義務の対象とされる秘密情報は、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当する情報に限られませんので、同法の規制の対象となる「営業秘密」は、一般にいう企業秘密よりも狭い概念であると言い得ます。
イ 秘密管理性について
上記3つの要件のうち、ある情報が「営業秘密」に該当するかどうかの判断において問題となることが多いのが、①秘密管理性(秘密として管理されていること)の要件です。 多くの裁判例においては、ⅰその情報にアクセスできる者が制限されていること、ⅱその情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることが認識できるようにされていること、という2つの判断要素を検討し、秘密管理性の有無が判断されています。 この2つの判断要素は、当該情報が秘密として管理されていることが、これを取り扱う者からみて客観的に明らかな状況にあることを求めるものであり、当該情報の取得・開示・使用が不正競争行為に該当するかどうかについて、従業員等の予見可能性を担保することにより、萎縮効果が生じることを防止し、経済活動の安定性を確保するとの趣旨に基づくものであると考えられます。 この秘密管理性の要件は、裁判で争われた場合に、容易には認められない傾向があります。そのような状況を受け、同法を所管する経済産業省が策定した「営業秘密管理指針」においては、不正競争防止法による法的保護を受けるために必要となる秘密管理措置の最低限の水準等が示されています。同指針においては、不正競争防止法による保護の対象となるには、経済合理的な秘密管理措置により、当該秘密情報について、企業の秘密管理意思を従業員が容易に認識できることを要するとの考えを前提に、秘密管理措置の対象者の範囲、一般情報と秘密情報の合理的区分、その他媒体の選択・媒体への表示・媒体への接触者の限定といった秘密管理措置について、不正競争防止法による法的保護を受けるために必要と考えられる程度が示されています。 同指針に法的な拘束力はないものの、企業秘密について、不正競争防止法による法的保護を受ける上で企業が取るべき対策を検討する上で参考になります。また、同指針に示されている秘密管理措置は、秘密漏洩を防ぐための適切な情報管理という視点からも一定程度参考になるものと考えられます(不正競争防止法による法的保護を受けるという観点に限定されない、一般的な企業秘密の漏洩防止の対策・漏洩時の対策については、同じ経済産業省の「秘密情報の保護ハンドブック~企業価値向上に向けて~」が参考になります。)。
ウ 有用性について
「営業秘密」として不正競争防止法による法的保護を受けるには、当該情報が、事業活動に有用な情報であることを要します(②有用性の要件)。この「有用」とは、「財やサービスの生産、販売、研究開発に役立つなど事業活動にとって有用な情報」(東京地判平成14年2月14日)であることをいい、同法第2条第6項に挙げられている「生産方法」、「販売方法」のほか、製品の研究・開発の計画、製品の設計図、販売計画・マニュアル、顧客・仕入れ先のリスト、財務諸表(公表前のもの)等が挙げられます。当該情報が事業活動に有用であるかどうかは、企業の主観によるのではなく、客観的に判断されます。
エ 非公知性について
「営業秘密」として不正競争防止法による法的保護を受けるには、当該情報が、公然と知られていない状態にあることを要します(③非公知性の要件)。ここでいう「公然と知られていない状態」とは、当該情報が一般的に知られた状態になっていない状態、又は容易に知ることができない状態、すなわち、刊行物に記載されていない、既に公開されている情報・製品等から容易に推測・分析されないといった状態にあることをいいます(前掲「営業秘密管理指針」17頁参照)。
(3)不正競争防止法による規制の内容
従業員等が、上記の①秘密管理性、②有用性、③非公知性の3つの要件を充足する情報、すなわち不正競争防止法にいう「営業秘密」に該当する情報について、同法第2条第4号乃至第9号に定める不正競争行為(営業秘密の不正取得・開示・使用)を行った場合、企業は、同法に基づき、当該従業員等に対し、侵害行為の差止め(法第3条)、損害賠償(法第4条)、信用回復措置(法第14条)を請求することができます。また、損害賠償額の推定等、企業側の立証の負担を軽減する規定が適用されます(法第5条、同第5条の2)。当該不正競争行為が、不正競争防止法において特に違法性が高い類型として規定されている侵害行為に該当する場合は、刑事罰が適用されることもあります(法第21条)。
2.契約等に基づく秘密保持義務について
(1)契約等に基づく秘密保持義務の必要性
企業秘密のうち、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当しない情報については、同法による法的保護の対象になりませんが、企業にとって、企業秘密の漏洩を防止するにあたり、不正競争防止法上の「営業秘密」の不正取得等の不正競争行為が規制されるのみでは不十分であると考えられるため、従業員に対し、就業規則の規定や従業員との間の個別の合意に基づく秘密保持義務を課すことが必要になります。こうした個別の秘密保持義務については、当該従業員が在職中か退職後かにより法的な捉え方が若干異なるため、これを区別して検討する必要があります。
(2)在職中の従業員の秘密保持義務
在職中の従業員は、労働契約に付随する信義則上の義務として、企業秘密を保持すべき義務を負うとされています(労働契約法第3条4項参照)。 この信義則上の秘密保持義務は、就業規則や秘密保持契約による個別の合意がなくても発生すると考えられており(東京地判平成15年9月17日)、在職中の労働者が秘密保持義務に違反する行為を行った場合、企業は、労働者に対し、就業規則に基づく懲戒処分、債務不履行に 基づく損害賠償請求といった民事上の責任追及を行うことが可能であると考えられます。 しかしながら、労働契約に付随する信義則上の義務としての秘密保持義務は、従業員にとって当該義務の存在・その内容等が不明確であり、その実効性及び違反があった場合の責任追及の際の立証等において問題が生じると考えられることから、実務上は、就業規則において秘密保持義務を規定したり、個別に秘密保持契約を締結したりすることにより、従業員が負う秘密保持義務の内容を明確化する対応が取られているのが一般的です。
(3)退職後の従業員の秘密保持義務
退職後の従業員については、秘密保持契約等による個別の合意がない場合、労働契約の終了とともに、その付随義務としての秘密保持義務も終了するとも考えられますが、労働契約の終了後も、信義則上、一定の範囲で引き続き秘密保持義務を負うと判示する裁判例もあります(大阪高判平成6年12月26日)。したがって、事例により、個別の合意がなくても、退職後の従業員の秘密漏洩行為等について、損害賠償請求が可能な場合はあるとも言えますが、秘密保持義務の実効性及び義務違反があった場合の責任追及の可能性を高めるため、就業規則の規定や誓約書の取得、秘密保持契約の締結等により、退職後の秘密保持義務についても明確な合意をしておくべきであると考えられます。
この点、在職中とは異なり、退職後の従業員の行動は、本来会社から制約を受けるものではなくその自由が保障されるべきものであると考えられるため、多くの裁判例は、退職後の従業員に課す秘密保持義務の有効性の判断において、秘密保持の対象となる範囲が明確である、過度な制約とならない等、秘密保持義務の内容に合理性が認められ公序良俗違反とならないことを要求しています(東京地判平成24年3月13日ほか)。