1.固定残業代とは
一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金のことを一般に「固定残業代」といいます。基本給の中に割増賃金を組み込んで支給する場合(組込型。例:「基本給30万円の中に10時間分の残業代として2万5000円が含まれている。」)と割増賃金の支払に代えて一定額の手当を支給する場合(手当型。例:「基本給25万円+定額残業手当5万円」)があります。
2.固定残業代の有効性
(1)有効性が認められるための要件
固定残業代が有効と認められるための要件は、1で説明した固定残業代の支給方法によって異なります。具体的な要件は、以下のように分かれると考えられています。 ア 組込型(※1) ① 時間外労働に対する割増賃金を賃金に含める旨の契約上の根拠があること ② 基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区分されていること ③ 割増賃金に当たる部分よりも、労働基準法所定の計算方法による残業代の方が多いときは、その差額を当該賃金の支払時期に支払うことが合意又はその運用が確立されていること イ 手当型(※2) ① 実質的に見て、当該手当が時間外労働等の対価としての性格を有していること ② 支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていること ③ 固定残業代によってまかなわれる残業時間数を超えて残業が行われた場合には別途精算する旨の合意が存在するか、少なくともそうした取扱いが確立していること (※要件③については、確立した判例では明示されておらず、要件に含まれるかについて争いがあります。)
(※1)小里機械事件(最高裁判所昭和63年7月14日第一小法廷判決・労判523号6ページ)、高知県観光事件(最高裁判所平成6年6月13日第二小法廷判決・集民172号673ページ)、テックジャパン事件(最高裁判所平成24年3月8日第二小法廷判決・集民240号121ページ) (※2)東京地方裁判所平成24年8月28日(労判1068号5ページ)
(2)有効な固定残業代制度導入のために検討すべき事項
ア 月何時間の残業時間に対する固定残業代と設定すべきか 裁判例(※3)は、基本給のうちの一定額を月80時間分の割増賃金として支給していた固定残業代の有効性について、「長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定して、基本給のうちの一定額をその対価として定めることは、労働者の健康を損なう危険のあるものであって、大きな問題がある」として、このような固定残業代制度は、「公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当である。」と判示しています。 したがって、従業員の健康を損なってしまうようなあまりに長い時間に対する固定残業代を設定することは避けるべきです。また、36協定によっても月45時間を超える残業は認められないため(労働基準法36条4項)、月45時間を超える残業時間に対する固定残業代を設定することは避けるべきでしょう。
イ 歩合給の算定において残業代を控除しても問題ないか このような賃金規程を設けていた企業について、判例(※4)は、実質的には、歩合給として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合に、その一部につき名目のみを割増賃金に置き換えて支払うこととするものであると判示しています。また、賃金規程における割増賃金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われるものが含まれているとしても、通常の労働時間の賃金である歩合給として支払われるべき部分を相当程度含んでおり、割増賃金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、この企業の固定残業代制度は有効ではないと判示しました。 そのため、歩合給の算定において残業代を控除することはせず、歩合給と残業代は別に考える必要があります。
(※3)イクヌーザ事件(東京高裁平成30年10月4日判決・労判1190号5ページ) (※4)最高裁判所令和2年3月30日第一小法廷判決(裁判所ウェブサイト登載)
3.固定残業代が有効である場合の効果
固定残業代が割増賃金の支払として認められた場合、その分、割増賃金は支払済みとなり、割増賃金算定の基礎賃金からも除外されます。 一方、固定残業代が割増賃金の支払として認められない場合、割増賃金は未払となり、割増賃金算定の基礎賃金に算入されます。また、訴訟を提起された場合、割増賃金の支払を怠ったことに対して、労基法114条に基づく付加金の支払が命じられる可能性もあります。 なお、固定残業代が有効といえるためには、労基法第37条の計算方法による割増賃金の額が支給した固定残業代の額を上回るときは、その差額分を別途支払う合意をしているか、その運用が確立していることが必要であるとの考えもありますので、この点もご注意ください。