1.はじめに
企業が直接雇用する労働者を外部市場から募集する方法は、大きく公募と縁故募集に区別され、このうち公募には公共職業安定所(ハローワーク)や求人広告などいろいろな方法があります。いずれの方法をとるかは企業が自由に決めることができ(いわゆる「採用の自由(※1)」 )、近年で最も広く利用されている公募方法はインターネット求人広告ですが、採用選考すべき人材の母集団を厳選して企業担当者の負担を軽減するなどの目的(※2)から、職業紹介事業者(※3) (以下では「人材紹介会社(※4)」といいます。) から有料で人材紹介を受けることもあります。 ただ、人材紹介はコストが割高なこともあり、人材紹介会社との間でトラブルが生じることも少なくありません。以下では、人材紹介に関する基本的事項を定めた契約(以下では単に「人材紹介契約(※5)」 といいます。)の委託者(求人者)の立場から、契約締結に際して注意するべき点をいくつかご紹介します。なお、人材紹介契約には様々なものがあり、全ての注意点を網羅できているものではないことにご留意ください。また、紙幅の関係等から、ここでは具体的な規定例やひな形を十分にご紹介することができないことをご容赦ください。
(※1) 菅野和夫「労働法(12版)」222ページ (※2) 人材紹介を利用する求人企業のメリットについて、「図解入門業界研究 最新人材ビジネスの動向とからくりがよ~くわかる本(第3版)」36ページ以下参照 (※3) なお、職業紹介事業を営むためには職業安定法30条1項の厚生労働大臣の許可が必要であり、無許可の有料職業紹介事業に当たるときは報酬請求が認められないことがあります(東京地判平成28年3月28日判タ1429号209ページ)。 (※4) 人材紹介会社は、登録型(人材バンク型)のほか、サーチ型(スカウト型)、アウトプレースメント型などに大別されます(「図解入門業界研究 最新人材ビジネスの動向とからくりがよ~くわかる本(第3版)」34ページ)。ここでは最も多くみられる登録型を主に念頭に置きます。 (※5) 人材紹介契約の法的性質は一般には準委任契約です。その内容については、一般に、(基本)契約書の記載事項のほか、人材紹介会社が作成、交付する「業務の運営に関する規程」も人材紹介契約の内容になりえますから、こちらの内容も併せて確認することが必要です。
2.ミスマッチに備えた注意点
(1)早期退職した場合の返戻金制度
まず、紹介を受けた人材が早期退職してしまうと、人材紹介を受けた目的が達成できず人材紹介会社に対して支払った紹介料が無駄になってしまいますから、これに備えることが必要です。多くの人材紹介契約では早期退職した場合の返戻金制度が設けられているところ、その有無、内容は、他の事項と共に書面の交付や電子メール等の送信などの方法で求人者に対して明示することが義務づけられているほか(職業安定法32条の13、同施行規則24条の5)、厚生労働省「人材サービス総合サイト」にて公開されていますので(職業安定法32条の16第3項、同施行規則24条の8第3項)、契約書の記載と齟齬がないかも含めて確認するようにしましょう。
また、返戻対象は「自己都合退職」などに限定されることが一般的ですが、ここにいう「自己都合退職」か否かは突き詰めると難しい問題ですから、雇用保険法上の「特定受給資格者」に該当するかどうかなどの基準を参照しつつ(※6)、事前に人材紹介会社との間で認識に相違がないか確認しておくことが望ましいでしょう。
(※6) 特定受給資格者該当性については、厚生労働省「特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲と判断基準」が参考になります。
(2)不適切な人材紹介を理由とする責任追及等
次に、不適切な人材を紹介した人材紹介会社に対する責任追及等が可能かという観点からも検討することが有益です。結論として、①重要事項について人材紹介会社に具体的な調査義務が課されているか、②必要とする人材ではなかったことを十分に主張立証できるか、が重要になります。 例えば、上記①に関して、ある裁判例(※7)は「長期間勤務してもらう正社員の紹介を依頼したのであるから、短期間で退職する可能性の高い者を紹介すべきではなかった」とする求人側の主張に対して、「長期就労が可能な人材を採用したいとの要望については、紹介を受けた会社が自ら面接の機会等を利用して確認し採用することが可能であり、その他、基本契約上の各条項を精査しても、長期就労が可能かどうかの調査をあっせん業者である原告に委ねているものと考えるべき事情は認められない」と調査義務がないことを理由として人材紹介会社の責任を否定しています。 また上記②に関して、別の裁判例(※8)は、美容外科医を紹介する旨のコンサルティング契約について虚偽説明があったとして債務不履行責任を追及した事案において「本件コンサルティング契約に基づいて原告(注:受託者である人材紹介会社)が行うべき業務は、被告(注:委託者である求人側)と被告が必要とする人材(美容外科医)との雇用契約締結の実現に向けた業務であるから、被告が自己の希望にかなう人材であるか否かを判断するために必要となる医療技術等の事項については、原告は、被告に紹介しようとする医師について適切に調査し、その結果を被告に報告すべき義務があるというべきである」として人材紹介会社の調査義務を肯定しつつ、「原告が被告に対して債務不履行責任を負わなければならないのは、(求職者)が、医師としての能力に欠けるところがあり、被告が必要とする人材ではなかった場合である」とし、結論としては「(求職者)が患者・スタッフとのコミュニケーション能力を欠いていた事実は認められず、したがって、(求職者)が被告の必要とする人材ではなかったということはできないから、原告は、本件コンサルティング契約につき債務の本旨に従った履行を完了したというべきである」として人材紹介会社の債務不履行を否定しました。 こうした裁判例を踏まえると、求人側としては、上記①に関して、人材紹介会社において調査すべき重要事項を人材紹介契約書に具体的に明記するなどの方法により調査義務を課すと共に、上記②に関して、客観的にみて必要とする人材ではなかったことを主張立証するためにも注意指導や人事考課などを適切に実施することが有益でしょう。
(※7) 東京地判令和2年9月6日令和2年(ワ)第3731号 (※8) 東京地判平成22年3月17日平成20年(ワ)7076号・平成20年(ワ)22270号
(3)採用選考段階での調査
また、そもそもミスマッチを回避するためには、採用選考の段階で求職者について十分な調査を実施することが重要です。ここで人材紹介会社は、職業安定法31条1項2号の「求職者等の秘密を守るために必要な措置」との関係から、思想及び信条(人生観、生活信条、支持政党、購読新聞・雑誌、愛読書)に関する情報収集に抵抗を示すことも予想されます(※9)。 しかしながら、採用段階では採用の自由が認められています(※10)。応募者の人格的尊厳やプライバシーなどへの配慮は必要ですが、少なくとも幹部要員については、一般に企業経営に関する高度の判断力や指導力を必要とされるという点で世界観が職業的関連性を有していますから、採用に際して思想、信条を調査しても違法ではないと考えられるでしょう(※11)。一旦採用してしまうと、その後にミスマッチが発覚したとしても当該求職者を解雇することは容易ではありませんから(※12)、採用選考の段階において慎重かつ十分な調査を心がけると共に、重要事項については人材紹介会社にもこれを求めるようにしましょう。
(※9) 労働新聞社編「職業安定法の実務解説(改訂第6版)」59ページ参照 (※10) なお、労働条件についての差別的取扱いを禁止する労働基準法3条はあくまで採用後の労働関係を規制する規定です。 (※11) 最大判昭和48年12月12日民集27巻11号1536ページ(三菱樹脂事件)。菅野和夫「労働法(12版)」226ページ、245ページ。 (※12) 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は無効とされてしまいます(労働契約法16条)。
3.紹介料に関する注意点
(1)紹介料の交渉
人材紹介会社への手数料(紹介料)は上限制手数料(職業安定法32条1項1号)と届出制手数料(同号2号)に大別されますが、実務上は届出制手数料がメジャーとされます。届出制手数料における紹介料には法令上の上限はありませんが、相場は想定年収の30%から35%程度とされます(※13)。届出制手数料の内容についても、返戻金制度と同様に、厚生労働省「人材サービス総合サイト」に公開されていますので、契約書の規定と齟齬がないかを確認することが望ましいでしょう。また、届出された手数料表には、一定範囲において個別合意で変更できる旨が明記されていることがあり、仮にこれが明記されていなくても個別合意による紹介料の減額は可能ですから(※14)、必要に応じて減額交渉をご検討ください。 紹介に要する調査費、交通費その他の実費は、特約がなければ紹介料とは別に請求される可能性がありますが(民法656条、民法650条1項)、特約において紹介料に含まれるとされる場合も少なくありませんので、紛争防止のために確認しておきましょう
(※13) なお、50%が紹介料の上限と説明されることもありますが、これはあくまで届出が受理される目安であり、法令上の根拠があるものではありません。執筆者が東京労働局需給調整事業第二課に確認したところ、少なくとも統一的な基準はないようでしたので、50%を超える紹介料を定めたからといって直ちに無効になるものではないと考えられます(公序良俗違反等については個別具体的に検討する必要があります。)。 (※14) 職業安定法32条の3第1項は「手数料表・・・に基づき手数料を徴収」することを求めていますが、手数料表に記入される成功報酬の金額(割合【%】または定額【円】)はあくまで限度額ですから(様式例第3号の裏面も参照)、減額交渉をしても同規定に違反することにはなりません。なお、執筆者が東京労働局需給調整事業第二課に確認したところ、同様の見解を得ています。
(2)いわゆる「接触禁止規定(オーナーシップ条項)」について
紹介料については、求人側があえて紹介を断ってから当該求職者と直接連絡を取って採用することにより紹介料の支払いを不当に回避することを防ぐため、たとえ求人側が紹介を断ったとしても一定期間内に採用した場合には紹介料が発生する旨の「接触禁止規定(オーナーシップ条項)」が設けられることが一般的です。接触禁止の期間は、通常は1年、長ければ3年とされます(※15)。 紹介を受ける前から既に直接連絡をとっていた場合にも紹介料の支払いが必要とされるか否か(接触禁止規定に違反するか否か)は、接触禁止規定の具体的な内容によります。例えば、ある裁判例(※16)は「原告(注:受託者である人材紹介会社)から紹介を受けた時点において、被告(注:委託者である求人側)がすでに求職者との間で連絡を取り合えており、雇用契約締結に向けた交渉等が行われているなど、原告からの情報提供等のあっせん行為を受ける必要がない状況にあるなどの特段の事情がある場合には、当事者の合理的意思としても、本件人材紹介契約に基づく報酬は発生しない旨の合意であったものと解するのが相当である。」と判断しました(もっとも、結論としては、紹介を受けた時点で、求人側はLinkedin経由でメッセージを送っていたことが認められるものの、求職者は同メッセージを見ておらず、同メッセージを認識していなかったから、連絡を取り合えていたとはいえないとして、紹介料の支払義務を肯定しました。)。求人側としては紹介料の支払いを不要とする旨の修正を求めるべきであり、少なくとも紛争防止の観点から、事前に連絡を取り合っていた場合の取扱いを契約書上も明記することが望ましいでしょう。 また別の裁判例(※17)は、人材紹介会社による紹介の「結果として、またはこれに起因」して24か月以内に紹介した候補者を採用した場合に紹介料の支払義務を負う旨の規定がある場合において、原告(注:受託者である人材紹介会社)の紹介後24か月以内に採用していることを認定しつつも、別の人材紹介会社が当該求職者の職務経歴書を送付し、それを踏まえた被告(注:委託者である求人側)における採用選考過程を当該求職者が通過したためであるという経緯に照らせば、当該求職者の採用は原告の紹介の「結果として、またはこれに起因」したものであると認めることはできないとして、紹介料の支払義務を否定しました。人材紹介会社としては、通謀や仮装のリスクに備えて因果関係をゆるやかに解するような表現へと修正する可能性もありますが、求人側としてはこの裁判例のように因果関係を厳格に解する規定への修正を求めるべきでしょう。
(※15) 黒田真行「図解即戦力 人材ビジネスのしくみと仕事がこれ1冊でしっかりわかる教科書」150ページ (※16) 東京地判令和2年8月14日令和2年(ワ)1609号 (※17) 東京地判平成28年1月15日平成27年(ワ)18632号
4.おわりに
これまで、ミスマッチに備えた注意点と紹介料に関する注意点についてご案内してきました。以上のほかにも、内定取消しによる求職者とのトラブルを誰が解決するか、人材紹介会社の再委託を許容するか、契約期間や中途解約をどうするか、損害賠償額や遅延損害金をどうするか、個人情報の取扱いをどうするかなど、様々な事項を検討することが必要となります。 また、求人側が労働条件等の明示(職業安定法5条3項)をする前提として、採用計画を明確化するなど適切な採用管理が必要となります。人材紹介契約を締結した経験に乏しければ、人材獲得を焦るあまり、こうした検討をおろそかにしてしまい、高い紹介料が無駄になってしまうばかりか、問題従業員を抱えるなど予想外の不利益を被ることにもなりかねません。 労務分野に詳しい弁護士による契約書審査を受けるなどして、こうしたリスクを低減することをご検討ください。