1 事案の概要
海空運事業者を対象とする健康保険組合に勤務する労働者が課長に就きましたが、他課の業務支援を部下に命じたことやシステム開発の仕様のあり方をめぐって部下である課員と対立し、管理業務を適切に遂行することができない状態となりました。そこで、本人との面談を経て異動としたものの、異動先においても約7年もの長年にわたり、レセプトを誤って廃棄する、補助金支給決定の通知の誤送などの業務についての判断の過誤や事務の遅滞も見られ、異動、指導や業務内容の変更、降格・降級処分をするなどしたにもかかわらず状況の改善が見られないとして、この労働者を解雇したところ、その有効性が争点となった事案です。 なお、本裁判例は、控訴審であり、第一審は、解雇が無効であると判断されました。
2 裁判所の判断の概要
上司の度重なる指導にもかかわらずその勤務姿勢は改善されず、従業員の起こした過誤、事務遅滞のため、上司や他の職員のサポートが必要となり、使用者側全体の事務に相当の支障を及ぼす結果となっていたことは否定できず、解雇に至るまで繰り返し必要な指導をし、配置換えを行うなど、雇用継続のための努力も尽くしたといえ、使用者側が15名ほどの小規模事業所であり、そのなかで公法人として期待された役割を果たす必要があることに照らすと、解雇通知書を交付した時点において、必要な資質・能力を欠く状態であり、その改善の見込みも極めて乏しく、引き続き雇用を継続することが困難な状況に至っていたといわざるを得ないとして、解雇には客観的に合理的理由があり社会通念上相当、すなわち、解雇は有効と判断しました。 この労働者は懲戒処分を受けたことがありませんでしたが、度重なる指導を受けており、2回にわたる降格・降級を受けているのだから、解雇に至るまでに懲戒処分をしたことがないからといって、重大な過誤や事務遅滞がなかったということはできないとして懲戒処分歴がないことは重視されませんでした。 なお、本判決の後、労働者側による上告受理申立てが行われましたが、上告不受理となり、本判決が確定しています。
3 裁判例のポイント
一審と控訴審とで結論が変わったポイントの一つとして、「郵送物の誤送や単純な計算ミス」といった一つ一つは細部ではあるものの、対象者の職務上の問題点が控訴審において追加で新たに認定されていることから、これらの事実に関して、証拠を踏まえてより丁寧な主張立証が行われたことがうかがわれます。 したがって、特に本件のような能力不足者の解雇場面では、小さな問題点であってもこれらの証拠を積み上げることで解雇有効の判断を導きうると考えられるため、適切な人事考課及び適切なタイミングでの人事処分(懲戒処分を含む。)を行うことを心掛け、これらに関する客観的な資料を作成・保存することが重要であると考えます。 また、募集要項などにおいて求める能力を具体的に記載することで、あらかじめ求められていた能力が不足していると対象者への能力不足が指摘しやすくなるため、採用時点におけるこのような対策も有効です。