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2023/07/07

出向目的で役員として雇用された者の退任に伴う解雇が有効と判断された事例 ―チェース・マンハッタン事件―(東京地判平成4年3月27日 労判609号63頁)

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目次

第1.事案の概要

 被告は、アメリカの財閥であり多国籍企業であるロックフェラー・グループの金融部門の中心をなす銀行で、日本国内では東京都千代田区と大阪市にそれぞれ営業所を有していました。一方、原告は、1986年(昭和61年)4月1日に、被告との間で雇用契約(以下「本件雇用契約」といいます。)を締結すると同時に、チェース・リーシング・ジャパン株式会社(以下「訴外会社」といいます。)に出向し、同社の代表取締役に就任していました。
 訴外会社は、被告と資本系列を同じくするアメリカ法人の全額出資により設立された日本の株式会社であり、コンピューターその他の事務用機器のリース事業に参入するに際して、リース事業の経験堪能者を被告の名前で募集し、採用後直ちにその実質的な責任者として訴外会社に出向させる目的のもとで、原告と本件雇用契約を締結したものでした。
 ところが、被告は、1988年6月9日付け「閉鎖勧告書」に基づいてリース事業から撤退し訴外会社を閉鎖することを決定したとして、原告に対し、同年7月に被告以外での雇用先を探し始めるように指示し、1989年3月29日付け文書により出勤を停止して再就職活動に専念することを指示すると共に90日後に解雇する旨を予告しました。そして、同年6月30日に原告を解雇しました。なお、原告の訴外会社における取締役の地位も、同日、任期満了により終了しています。


第2.裁判所の判断

 裁判所は、本件雇用契約の目的について、本件雇用契約の締結は訴外会社への出向とそのゼネラル・マネージャーへの就任という目的を持つもので、被告の従業員としての身分は、このような出向の前提としての意味を有するに過ぎず、この目的は事後的な変更もされていないと判断しました。
 また、本件雇用契約は、原告が訴外会社に出向しそのゼネラル・マネージャーに就任してリース事業の責任者となることの前提となるのみであって、このことを離れて被告の従業員としての身分が問題となるものではないから、被告の従業員としてその銀行業務に従事することを目的として締結される通常の雇用契約とは著しく異なるものがあり、両者を同列に論ずるのは適当でないとしました。
 訴外会社がリース事業からの撤退を決定した結果、本件雇用契約締結の目的ひいては原告の訴外会社におけるゼネラル・マネージャーとしての地位存続の意味がなくなり、リース事業からの撤退の判断に格別の不合理が認められないことから、原告の訴外会社における取締役の任期満了による退任の時期に合せて、被告が原告に対して解雇の意思表示したことは相当であり、解雇権の濫用ということはできないと判断しました。


第3.検討

(1) 本裁判例のポイントは、原告の解雇は訴外会社のリース事業撤退を理由とするもので、いわゆる整理解雇の性質を持つものであったものの、いわゆる整理解雇の法理(①人員削減の必要性、②解雇回避努力の有無、③人選の合理性、④手続の相当性の4要素を総合評価する判断手法)に即した判断がなされなかった点にあります。
 その理由としては、訴外会社に出向しそのゼネラル・マネージャーに就任してリース事業の責任者となることが本件労働契約の前提であり、通常の従業員の労働契約と同列に論じることができないことが理由であったと考えられます。

(2) 本裁判例と類似する裁判例としては、角川文化振興財団事件(東京地決平成11年11月29日 労判780号67頁)があります。同判例は、訴外角川書店と債務者との間の業務委託契約(辞典編纂業務)の終了に伴い、同業務を担当する編纂室を閉鎖し、同編纂室の職員である債権者らを解雇したことに対する労働契約上の地位保全等仮処分命令を申し立てた事件です。
 裁判所は解雇の有効性について、債権者らは、債務者が訴外角川書店から委託を受けた出版企画の編纂に携わる目的で雇用又は再雇用されたことから、債務者が訴外角川書店から平成11年3月末日をもって出版企画の編集、制作の委託をすべて打ち切るという通告を受けた以上、債務者が同年4月1日以降も債権者らを雇用し続ける理由はないとしました。そして、そのような解雇の理由から、債務者が解雇回避努力を尽くしていなかったとしても直ちに解雇が無効とはならず、人選の合理性についても、本件解雇の理由が角川書店からの出版企画の編集、制作の委託の打切りであることから不合理な点はなく、解雇は有効と判断しました。
 本裁判例は訴外会社のリース事業廃止の合理性のみを判断しているのに対して、類似判例は整理解雇の法理の4要件の1つである人選の合理性を検討している点で判断要素は異なっています。しかし、本裁判例と類似判例はいずれも労働契約上、責任者としての職務や、角川書店から委託を受けた業務を行う目的で雇用されており、それらの職務・業務が終了したことを理由に、整理解雇の法理に即した判断がされなかった点で共通しています。これらの裁判例からは、従業員の職務や部署等が限定されている事案では、その終了や閉鎖を理由に解雇する場合に、整理解雇の法理が適用されずに解雇が有効と判断されるケースもあることがわかります。

法律事務所ASCOPE 監修

本稿執筆者
法律事務所ASCOPE 監修
法律事務所 ASCOPE所属弁護士

本稿執筆者からのメッセージ

 解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は無効となります。そして、解雇の有効性については膨大な裁判例があり、解雇の理由等によってそれぞれ判断は異なります。整理解雇一つをとっても、整理解雇の法理が適用されるケースが多数を占めておりますが、本裁判例や類似判例のように整理解雇の法理が適用されない裁判例もあり、解雇の際はその有効性を慎重に判断する必要があります。

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