1 解雇に伴う金銭的リスク
(1)バックペイ
解雇とは、会社が従業員との労働契約を、一方的な意思表示により終了させることです。その結果、従業員は賃金を受け取ることができなくなります。 しかし、解雇が無効であると裁判所から判断されると、会社による無効な解雇が原因で受け取ることのできなかった過去の賃金(一般的には解雇日から裁判終了時までの賃金を請求される場合が多いです。)について会社に支払いを求めることが認められます(民法536条2項)。このことを、一般的にバックペイと言います。 どのくらいの期間バックペイが発生するかにつきましては、当該従業員が解雇通知後のいつの時期に解雇の無効を主張してバックペイの請求を行うか、訴訟手続きに先行して労働審判手続や団体交渉申し入れ等の手段を講じるか、その他事件の難易及び争点の多寡によっても異なってきます。 以下に、解雇を争う場合の手続きの一例を挙げ、想定されるバックペイの額を試算したものを記載します。あくまで試算の一例に過ぎないですので、個別具体的な事情により期間の長短は変動しますが、ひとつの参考例としてご参照ください。
なお、バックペイは、未払いになっている過去の賃金の支払いを命じるものです。そのため、会社は従業員に対して、各月の賃金について各賃金支払日の翌日から支払い済みに至るまでの遅延利息の支払いも別途必要になります。
(2)慰謝料
事案によっては、無効な解雇を行ったことを理由に、慰謝料の支払いが必要になるケースも存在します。例えば、ある裁判例では、解雇によって自らの意思に反してその職を奪われ、精神的な損害を被ったとして、30万円の慰謝料の支払いを会社に対して命じています(O法律事務所事件、名古屋高裁平成17年2月23日判決、労判909号67頁)。 しかし、解雇が無効と判断された場合、かならず慰謝料の支払いが必要になるわけではなく、通常解雇は得られたはずの賃金が得られなくなるという財産的損害しか生じないことから、バックペイが支払われれば精神的苦痛は慰謝されると考える裁判例や(東京地裁平成15年7月7日判決、労判862号78頁など)、解雇の態様が特に従業員の人格非難に及ぶものであったなどの、特段事情がない限り慰謝料の支払いが必要となる違法行為とは評価できないとする裁判例もあります(東京地裁平成23年11月5日判決、労判1045号39頁など)。
2 その他のリスク(復職・解決金)
上記1で述べたバックペイ等に加えて、解雇が無効(すなわち、従業員の貴社における従業員としての地位が存続していること)であることを前提として、当該従業員の地位を消滅させるための解決金が必要となるケースが実務上多くなっています。具体的な解決金額は交渉事項となり、解雇が争われた場合の勝訴見込み等の諸事情にも左右されるため、一概には申し上げられませんが、労働審判等の早期の解決を目指す手続きにおいては、給与月額の3か月分から9か月分程度となる事例が多いように思われます。一方で、訴訟手続によった場合、それまでの審理期間も必然的に長くなることから、その相場は高くなる傾向にあるといえるかと思います。 もちろん、解決金を支払わずに復職させるという選択肢もありえますが、復職させる場合には、当該従業員の従前の労働条件・職責のもとでの復職となります。これらの条件面で不利益な取扱いをしたり,労働条件の切下げをしたりすると、新たな法的紛争を生じさせることになりかねません。このような場面でも、労働条件を変更するためにはそれ相応の理由が必要となる点にはご注意ください。