1 本採用拒否とは
(1) 試用期間満了時において正社員として採用をしないこと
本採用拒否とは、試用期間中の労働者に対し、試用期間満了時においてその後の本採用を拒否する行為を言います。 多くの企業では、労働者を正社員として採用する前に当該労働者の適格性を判断するための試用期間を設けており、この試用期間中に労働者の能力不足や適格性の欠如が発覚した場合に使用者側が一方的にこの労働契約を解消するために行う法律行為が本採用拒否といえます。
(2) 本採用拒否に対する適法性の判断基準
試用期間といえど、使用者と労働者間においては、既に労働契約(解約留保権付労働契約)が成立しているとされ(三菱樹脂事件:最大判昭和48年12月12日民集27巻11号1536頁)、本採用拒否に対する適法性の判断は、「客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認された場合にのみ許される」(労働契約法16条)とされています。すなわち、試用期間中の解約も使用期間満了後の本採用拒否も、解雇に類似した法的性質があると考えられており、解雇制限法理の適用を受けるものとされています。したがって、本採用拒否の適法性については、基本的に解雇と同様の厳格な基準を用いて判断されるということになります。
もっとも、一般的に、本採用拒否に関する使用者の裁量は普通解雇と比較すると、会社に多少広い裁量が認められるとされており、本採用拒否の適法性を判断する具体的な基準について判例は、「採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇用しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合」と、判示しています(前掲三菱樹脂事件)。
なお、いわゆる新卒採用の従業員の場合と中途採用の従業員の場合とでは、一般的に使用者が求める人材・能力に自ずと差があることや募集形態も異なることから、本採用拒否に関する適法性の判断にも違いがあると考えられています。
以下では、中途採用の従業員に対する本採用拒否が有効であると判断された裁判例を紹介します。
2 専門的業務の中途採用者に対する本採用拒否が有効とされたケースについて
(1) 裁判例の紹介(東京地裁平成31年2月25日労経速2392号35頁)
原告である労働者は、被告である会社との間で、次の内容により、期間の定めのない労働契約を締結しました。
- ①試用期間 3か月
- ②所属 証券株式会社オペレーションズ部門(出向)
- ③職位 アナリスト2
また、被告の就業規則には「入社後3か月間を試用期間とする。試用期間の満了以前に、当該試用期間対象者の上長は、当該試用期間対象者の勤務成績を評価し、社員として勤務させるか、又は解雇すべきかを会社に通告するものとする。」とする旨の試用期間に関する定め等がありました。このような事実関係の下、会社は中途採用した労働者を試用期間満了時においてその本採用を拒否したため、労働者が会社における雇用関係上の地位を確認する訴えを起こしました。
主要な争点は、労働者が実際に業務に従事した後に初めて判明した事情を総合的に判断した場合、当該本採用拒否が、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認されるかという点です。
この点、裁判所は、会社の募集要項において、当該人材に係る責任として、日次、週次又は月次での当局宛て報告書の作成又はその正確性の確認等がその内容として記載されていたほか、当該人材に係る基本的資質として、大学卒以上、金融業務における5年以上の実務経験、複雑な金融商品・機能に関するデータ分析等の能力を有するものであったこと等を前提として、「原告の業務上のミスが、そもそも指導等によって改善を期待するというよりも、自らの注意不足や慎重な態度を欠くことにも由来するものであると考えられることなどの諸事情を総合的に考慮すると、原告に対する指導の中では『いくらか改善がみられる』旨が言及されたこと等の事情があったとしても、原告を引き続き雇用しておくことが適当でないとの被告の判断が客観的に合理的を欠くものであるとか、社会通念上相当なものであると認められないものであるとは、解し難い。したがって、本件主位的解雇は、権利の濫用に当たるとはいうことはできず、有効なものというべきである。」と判断しました。
この裁判例によれば、専門的業務を対象とした中途採用者について、企業が募集した専門的業務に必要な能力が著しく不足しており、指導等によっては改善できかねる資質の欠如がある場合には本採用拒否に合理性が認められ、解雇が有効とされる場合があると考えられます。
(2) 企業側が行うべき対策・予防策について
上記の裁判例から企業側が行うべき、対策及び予防策は次のとおりと考えられます。
- ①専門的業務等の募集をする際には、当該業務内容をできる限り詳細に記載した書面を交付するなどし、募集条件が「即戦力としての募集」であることを応募者に対し明確に伝えること。
- ②①に加え、会社の募集条件に対し、応募者のどのような能力に着目して採用したのかを明らかにし、それを応募者にも明確に伝えること。
- ③募集条件についても、この人材募集が即戦力としての募集であることを明確にするために、即戦力に見合った待遇としておくこと。
- ④当該労働者の試用期間中の就業状況及び能力・資質を判断することが可能な客観的資料を記録しておくこと。
上記対応をすることにより、仮に労働者との間に解雇に関する紛争が生じた場合においても、企業側における本採用拒否の合理性をできる限り客観的な側面から主張・立証することが可能になると考えられます。なお、上記対応のうち②及び③については、新卒採用者並びに専門的ではない業務を対象とする労働者に対して本採用拒否を行う場合にも有用と考えられますが、裁判例とは事案が異なるため、具体的な対応については弁護士に相談することをおすすめいたします。