1 健康診断の費用負担の要否について
少なくとも法令上実施が義務付けられている健康診断については、使用者がその費用を負担すべきです。 法律上、使用者は労働者に対して、雇入れ時の健康診断や定期健康診断等、一定の健康診断を実施する義務があることが規定されています(労働安全衛生法(以下「安衛法」といいます。)第66条、労働安全衛生規則第43条以下)。 これらの健康診断の費用を使用者と労働者のどちらが負担すべきかについて法律上の規定はありませんが、通達によると、安衛法第66条で実施が義務付けられている健康診断の費用については、原則として使用者が負担すべきとされています。これらの健康診断の実施は法律で定められた使用者の義務であることがその理由です。 ※法律上実施が義務付けられている健康診断の種類や詳細等については、「健康診断の種類と実施後の対応」の記事を参照して下さい。
2 健康診断の受診時間に対する賃金の支払義務の有無について
労働者が健康診断を受けるために要した時間について、労働時間として賃金を支払うべきか否かは、健康診断の種類によって異なります。
(1)一般健康診断
雇入れ時の健康診断や定期健康診断等、いわゆる「一般健康診断」と呼ばれる健康診断については、使用者は必ずしも受診時間に対する賃金を支払う義務はありません。 これらの健康診断の実施は使用者の義務であると同時に、労働者もこれを受診する義務があり(安衛法第66条)、使用者・労働者双方の義務である以上、必ずしも使用者の指揮命令下におかれた拘束時間とは言えません。また、これらの健康診断は業務とは直接関係がないため、労働者が労務提供に要した時間とも言えません。したがって、一般健康診断の受診時間は、使用者に賃金の支払義務が発生する「労働時間」には該当しないと考えられます。 通達でも、「その受診のために要した時間については、当然には事業者の負担すべきものではな」いとされています。 そのため、一般健康診断の受診に要した時間に対して賃金を支払うか否かは、使用者・労働者間の協議によって決定されることとなります。 厚生労働省としては、労働者の健康診断の受診の促進等の観点からは、使用者が健康診断に要した時間の賃金を支払うことが望ましいという見解です。もっとも、実際の運用方法については、①就業時間中に実施して所定の賃金を支払う、②就業時間外に実施して賃金相当額や一定額の手当を支払う、③就業時間外に実施して賃金・手当は支払わない等、会社によって様々です。労働者の満足、健康診断の受診の促進や会社の経済的利益等を考慮して制度設計を行うことになります。
(2)特定業務従事者の健康診断
法律上実施が義務付けられている健康診断の中には、特定の有害な業務に従事する労働者について実施しなければならない「特殊健康診断」があります。 通達では、特殊健康診断については、所定の就業時間内に実施した上で、受診時間に対して賃金を支払う必要があるとされています。 特殊健康診断は、一般健康診断とは異なり業務に関連して実施されるため、その受診に要した時間は「労働時間」と解されます。そのため、特殊健康診断が所定の労働時間外に実施された場合には、必要に応じて割増賃金も支払う必要があります。
3 再検査等の受診時の費用・賃金の支払いの要否について
健康診断の結果に「異常所見」があった場合には、二次健康診断・再検査・精密検査等(以下「再検査等」といいます。)が実施される場合がありますが、使用者がこれらの再検査等の検査費用や受診に要した時間に対する賃金を支払う義務は無いと考えられます。再検査等については、法令上、その実施・受診を義務付ける根拠がないためです。 もっとも、使用者には、法律上、「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」義務、いわゆる安全配慮義務があります(労働契約法第5条)。そのため、使用者が、労働者に異常所見があることを知りながら、何ら措置を取ることなく通常どおり業務を行わせ、その結果労働者が体調を崩したり、亡くなってしまった場合には、会社が安全配慮義務違反を問われる可能性もあります。 また、使用者は、異常所見があると診断された労働者について、医師の意見を聴取した上で、必要に応じて就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮を含む適切な措置を講じなければならないとされています(安衛法第66条の5第1項)。 会社として、労働者の健康状態を正確に把握し、上記のような義務を履行するために、再検査等に要する費用を負担することで労働者に再検査等の受診を促進することも一つの方法であると考えられます。
4 休業中の健康診断の実施の要否について
通達では、育児休業等により休業中の労働者については、健康診断を実施しなくても良いとされています。ただし、休業が終了して復帰した場合には、速やかに健康診断を実施する必要があります。 (平成4年3月13日基発第115号参照)