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2022/05/01

社宅費用の天引き・退職後の明渡

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Question

 会社で物件を借りて,従業員に社宅として提供したいです。社宅物件の賃料の一部を従業員に自己負担させる予定ですが,自己負担額は給与から天引きすればよいでしょうか。また,退職と同時に社宅を退去させることは可能でしょうか。

Answer

 社宅費用の従業員負担額(社宅費用)を給与から天引きする場合には,労使協定又は従業員の個別の同意が必要です。また,従業員の退職と同時に社宅を退去させられるか否かについては,従業員がどの程度の社宅費用を負担しているかが結論を左右する重要な要素となります。従業員が負担している金額が大きいと,従業員が退職してもすぐに退去させられないおそれがあります。

ポイント

  • ・法律に定められた項目(税金等)以外の費用について給与から天引きをするためには,労使協定の締結又は従業員の個別の同意が必要です。
  • ・社宅に関する会社・従業員間の関係が賃貸借関係であるとみなされた場合には,借地借家法が適用され,解約のためには正当事由と6か月前までの通知が必要となります。
  • ・社宅に関する会社・従業員間の関係が賃貸借関係であるか否かの判断においては,従業員が負担する社宅費用の金額が重要な要素となります。

目次

1.給与からの社宅費用の天引きについて

(1)賃金全額払いの原則

 労働基準法は,「賃金は,通貨で,直接労働者に,その全額を支払わなければならない。」(労働基準法第24条1項本文)と規定しており,「賃金全額払いの原則」を定めています。そのため,従業員への給与支払い時に,給与から何らかの費用について天引きを行うことは,原則禁止されています。
 ただし,この原則の例外として,以下の費用については天引きが認められています(労働基準法第24条1項ただし書)。

  • 税金や社会保険料等の法令で定められている項目
  • 従業員の過半数組合や過半数代表者と締結した協定書の中で定められている項目(ただし,社宅費用,組合費や購買代金等,事理明白な費用に限られます。昭和27年9月20日基発第675号参照。)

(2)労使協定が存在しない場合の社宅費用の天引き

 上記のとおり,社宅費用については,労使協定が締結されていれば給与からの天引きが可能です。一方,労使協定の締結が難しい場合には,社宅費用の天引きの対象となる従業員から,予め個別の同意をとっておくことで,天引きが可能になると考えられます(労働契約法第8条)。
 ただし,この同意の取得については,従業員が自由な意思に基づいて(会社から強制されたのではなく)合意したことが必要です(最高裁平成2年11月26日第二小法廷判決最高裁判所民事判例集44巻8号1085頁)。

(3)結論

 社宅費用を給与から天引きするためには,予め,労使協定を締結するか,少なくとも対象従業員から天引きに関する同意書を取得しておくことが必要です。
 このような労使協定や個別の同意なく天引きを行うことは,労働基準法違反となります。

2.退職時の社宅からの退去について

(1)社宅使用に関する会社・従業員間の関係

 社宅に入居していた従業員が,退職や解雇(以下「退職等」といいます。)により雇用契約が終了したにもかかわらず,社宅の明渡期限を過ぎてもなお社宅に居座るといったトラブルが発生することがあります。
 従業員の雇用契約終了時に,当然にその従業員に対して社宅から退去するように求めることができるかという問題は,社宅に関する会社と従業員の関係が,賃貸借契約とみなされるか否かにかかってきます。

  • 賃貸借契約であるとみなされた場合
  •  社宅に関する会社と従業員の関係が賃貸借契約であるとみなされた場合,当該関係には借地借家法が適用されます。
  •  借地借家法に基づくと,会社(貸主)が従業員(借主)に対して社宅の明渡を求めるためには,(退去日の)6か月前までの解約申し入れと,解約の正当事由が必要になります(借地借家法第26条~第28条)。
  •  その結果,たとえ会社の社内規則で「退職日から2週間以内に社宅を退去しなければならない。」などと定めていても,借地借家法の規定の方が優先されます。解雇日の1か月前に解雇予告と同時に社宅の明渡について通知をしたとしても,解雇日から5か月は,社宅の明渡義務はないことになります。
  •  また,解約の正当事由がなければ,6か月前に通知をしても解約は認められませんが,退職等が解約の正当事由になるか否かについても,見解が分かれています。
  •  (なお,上記の内容はあくまでも裁判等で争いになった場合の帰結ですので,当然,従業員に任意での退去を求めることは可能です。)
  • 賃貸借契約ではないとみなされた場合
  •  一方,社宅に関する会社と従業員の関係が賃貸借契約ではない場合,その関係の性質については,福利厚生施設の使用貸借契約,従業員であることを前提とする特殊な契約関係,会社が定めた社宅規程上の規定に基づく特殊な契約関係等,様々な考え方があります。
  •  いずれにせよ,①のような借地借家法の制限がないため,予め社宅規程等で定めた時期や,会社が退去日として指定した時期に退去を求めることとなります。
  •  ただし,退職日から直ちに退去を求めるのは現実的・合理的ではないため,転居作業に必要十分な期間を設けることが望ましいと考えられます。

(2)賃貸借契約か否かの判断基準

 裁判例上,社宅に関する契約関係が賃貸借契約であるか否かの判断においては,従業員が負担する社宅費用の金額が重要な要素となっています。
 すなわち,賃貸借契約において賃料は建物使用の対価として支払われますが,従業員が社宅費用として負担する額が,家賃の相場等に照らして低廉で,建物維持費程度である場合には,当該社宅費用は建物使用の対価とまでは言えません。その結果,社宅に関する契約は賃貸借契約ではない(=借地借家法の適用はない)とみなされます。
 この点については,裁判例上,「本来の賃料の●割以上を従業員が負担していれば賃貸借契約とみなされる」という基準はないため,個別的な判断とならざるを得ません。

(3)結論

 退職・解雇後に,会社の指定する任意の期限までに社宅の明渡を強制できるのは,従業員が負担する社宅費用の金額が低廉で,賃貸借契約とまでは認められない場合に限られます。社宅に関する会社・従業員間の関係が賃貸借契約であるとみなされた場合には,契約の解約・明渡の強制を行うためには一定の条件を満たす必要があります。

稲元 祥子(いなもと しょうこ)

本稿執筆者
稲元 祥子(いなもと しょうこ)
法律事務所 ASCOPE所属弁護士

本稿執筆者からのメッセージ

 社宅費用を給与から天引きするためには,労使協定の締結や個別の同意書の取得が必要となりますが,専門家にご依頼いただくことで,必要十分な情報が記載され法的に問題のない書面の締結が可能となります。
 また,特に円満な退社ではない場合には,従業員の退職後の社宅への居座りが問題となることも少なくありません。さらに,社宅に関しては,その他にも,社宅の選定方法,使用ルール・禁止事項や社宅費用の未払,転居・退去時の費用負担等のトラブルも発生します。
 弁護士にご依頼いただければ,社宅規程の整備等の事前の防止措置の対応のほか,万が一従業員とトラブルが発生したときの交渉・訴訟等の対応も可能ですので,現在社宅制度を導入されている場合や,今後社宅制度の導入を検討されている場合には,是非一度ご相談いただければと存じます。

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