1.パワーハラスメントの概要
(1)パワーハラスメントの定義
パワーハラスメント(以下「パワハラ」といいます。)は,労働施策総合推進法(以下「パワハラ防止法」といいます。)第30条の2第1項により,「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害」することと規定されています。 また,厚生労働省は,職場のパワハラの行為類型として以下の6種類(※1)があると整理しています。
- ➀身体的な攻撃
- 暴行・傷害
- ➁精神的な攻撃
- 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言
- ➂人間関係からの切り離し
- 隔離・仲間外し・無視
- ➃過大な要求
- 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの匡正,仕事の妨害
- ➄過小な要求
- 業務上の合理性なく,能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
- ➅個の侵害
- 私的なことに過度に立ち入ること
(2)事業主の防止措置義務
パワハラ防止法は,⑴で挙げられたようなパワハラが発生しないよう,事業主にパワハラの防止措置を採ることを義務付けています(パワハラ防止法第30条の2,「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)第4項)。各義務の詳細については,別記事「労働施策総合推進法の改正(パワハラ防止法)について」をご参照ください。
2.パワーハラスメントが生じた場合における会社の責任
(1)使用者責任
裁判例(※2)上,「パワーハラスメントを行った者とされた者の人間関係,当該行為の動機・目的,時間・場所,態様等を総合考慮の上,『企業組織もしくは職務上の指揮命令関係にある上司等が,職務を遂行する過程において,部下に対して,職務上の地位・権限を逸脱・濫用し,社会通念に照らし客観的な見地からみて,通常人が許容し得る範囲を著しく超えるような有形・無形の圧力を加える行為』をしたと評価される場合に限り,被害者の人格権を侵害するものとして民法第709条所定の不法行為を構成するものと解するのが相当である」として,パワハラを行った者について不法行為責任が認められます。そして,当該行為が会社の事業に関連して行われていたと認められる場合には,会社についても使用者責任(民法第715条)が認められ,パワハラ行為者と共に損害賠償責任を負います。
(2)安全配慮義務違反
会社は,従業員に対し,労働契約上,従業員がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をすべき安全配慮義務を負っており,パワハラにより従業員に生命身体に障害が生じた場合には安全配慮義務に違反したとして,債務不履行に基づく損害賠償責任(民法第415条)が生じます。
(3)職場環境配慮義務違反
また,会社は,労働者に対して働きやすい良好な職場環境を維持する義務である職場環境調整義務を負うため,パワハラの防止体制構築の懈怠について職場環境配慮義務に違反したとして債務不履行に基づく損害賠償責任(民法第415条)を認めた裁判例(※3)が存在します。
(※1)厚生労働省HP「職場におけるパワーハラスメントについて」 (※2)ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件(東京地裁平成24年3月9日判決・労判1050号68ページ) (※3)アンシス・ジャパン事件(東京地裁平成平成27年3月27日判決・労判1136号125ページ)
3.パワーハラスメントへの対応
(1)調査(ヒアリング)
ヒアリングは,パワハラを受けたと主張する従業員から順に,パワハラを行ったとされる従業員,パワハラ行為を目撃した第三者と,ヒアリング(※4)を行います 。 ヒアリングの際には,5W1Hを意識して,具体的な事情の把握に努めます。例えば,単に怒鳴ったといった抽象的なレベルにとどまらず,仕事中,加害者が被害者を加害者のデスクに呼びつけて「馬鹿野郎!」と怒鳴ったというように具体的な態様をヒアリングできると良いでしょう。 セクハラとの大きな相違点は,暴力等を伴う場合を除き,適正な業務上の注意・指導の範囲内である場合があり,その区別が明確でないことです。適切な判断のためには,問題となった言動がなされた背景,前後の経緯,当事者の普段からの関係性といった事項についても調査が重要です。 パワハラ該当性について争われた裁判例(※5)では,1時間半以上の叱責を行ったものの,終始落ち着いた口調で話しかけていること,各発言はあくまで指導を目的としたものであったこと及び退職を促す発言についても改善ができなければ勤務の継続が難しくなると自覚させる目的であったことなどが認められ,パワハラには該当しないと判断された事例が存在するため,どのような言動があったのか,その目的がどのようなものであったのかといった点についての調査は特に重要になると考えられます。
(2)パワハラを行った従業員への対応
ア 調査中の取り扱い
調査の結果,当該言動がパワハラに該当し,何らかの処分が必要であると判断した場合,対応を決定するまでの間,加害者に対して,業務命令として自宅待機を命じることがあります。この場合,処分前であるため,基本的には自宅待機期間中の賃金は全額支給する必要があります。
イ 懲戒処分を行う場合の注意点
(ア) 懲戒処分の内容を決定する際の考慮事項
注意喚起や指導を超えて懲戒処分を行う場合には,その前提として,就業規則においてパワハラを行ったことが懲戒事由に該当し,それに対してどのような懲戒処分が科されるのかについて規定している必要があります(最高裁第2小法廷平成15年10月10日判決・判タ1138号71頁参照。)。 そして,上記の事項が就業規則に規定されている場合であっても,「当該懲戒が,当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,当該懲戒は,無効とする。」(労働契約法第15条)と定められていることから,処分内容を検討するにあたっては,行為の態様・程度,反復・継続の有無,当事者の関係,従前の経緯,加害者本人の反省の程度等,様々な要素を考慮して相当な処分をする必要があります。
(イ) 懲戒処分の有効性が争われた裁判例の紹介
上記の要素を考慮した上で行われた懲戒処分の効力が裁判上争われた事案として以下のような事例が存在します。
➀ M社事件(東京地裁平成27年8月7日判決・労経速2263号3頁) 上司が部下に対する適切な教育指導のないまま,Ⅰノルマ未達の部下に退職を約束する文書を書かせる,Ⅱ部下の10歳の子どものことを持ち出して「それくらいだったらもうわかるだろう,おまえのこの成績表見せるといかに駄目な父親か」などと人格を傷つける発言をする,Ⅲ他の従業員のいる前で退職を示唆する発言をする等のパワハラを行った事案において,ⅰ会社は,パワハラについての指導啓発を継続して行い,ハラスメントのない職場作りが会社の経営上の指針であることも明確にしていた。ⅱ上司は幹部としての地位,職責を忘れ,かえって,相反する言動を取り続けた,として降格処分を受けることはいわば当然のことであり,本件処分は相当であると判断されました。
➁ 国立大学法人B大学(アカハラ)事件(東京高裁平成25年11月13日判決・労判1101号122頁) 大学の准教授がゼミの院生に対し,Ⅰ当該院生が就職先からの内定通知を得ていたにもかかわらず「今年は単位をあげないので,大学を辞めるか,もう1年やるか,親と相談しなさい」などと発言する,Ⅱ修士論文について討議している時に他のゼミ生の前で「Jさん,バカだから,しっかり認識してもらわないといけないから,屈辱を与えないとだめだから」などと発言する,Ⅲゼミにおいて「馬鹿」「あなたはだめだ」などと発言する,Ⅳ修士論文を書いても見ないなどと伝える等のハラスメントを行った結果,当該院生が適応障害,うつ病等に罹患したという事案において,一連の懲戒対象行為が長期間に及んでいるうえ,多くの学生の研究環境や人生設計に多大な悪影響を与えるものであり,教員として不適切なものといわざるを得ないとして,出勤停止3か月とした懲戒処分は相当であると判断されました。
➂ T大学事件・東京地判平27・9・25労経速2260号13頁 大学の准教授が同じキャンパスの他の准教授に対しⅠ「あんたはバカなんだから」「あんたは実力がない」「あんたなんかいなくたっていい」などと発言する,Ⅱ教授昇任人事の辞退を迫る,Ⅲ他の職員に対するハラスメント行為について口止めをする等のハラスメントを行った事案において,ⅰ被害者が深刻な被害感情をもっていることまではうかがえないところもあり,加害者においてこの点に思いが至らなかったとしてもやむを得ない面がある。ⅱ加害者に懲戒処分歴がない。ⅲより軽い処分を経て改善・更生の機会を与えることなく,期間中の給与停止分・賞与減額分による約190万円という大きな経済的損失を伴う停職処分としたことは社会的相当性を欠くと判断されました。
(3)会社内部の対応
ハラスメントに対する企業の基本方針の再確認,防止体制の必要な見直し,従業員への周知を行うことが重要です。 例えば社内ネットワークや社内掲示板上において,どのような行為がパワハラに該当するのか,パワハラを行った者に対しては厳正に対処する旨の広報を行うといった方法があります。なお,加害者に対する懲戒処分の内容の公表は,当事者のプライバシーに配慮し,ある程度抽象化した事実を公表することをお勧めいたします。
(4)再発防止に向けて
ハラスメントに対する企業の基本方針の再確認及び従業員への周知・啓発,相談窓口の設置といった防止体制の見直し,従業員への教育研修を行うことが必要です。 その際には,厚生労働省から「事業者の皆さまへ~NOパワハラ~」といった資料も公開されていますので,こうした資料を参照しても良いでしょう(※6)。
(※4)もっとも、パワハラを受けたと主張する従業員が、パワハラ行為者に対するヒアリングを望まない場合もありますので、パワハラを受けたと主張する者にヒアリングの可否に対する意見を確認してから調査を進めることが必要です。 (※5)東京地裁平成28年10月7日判決 (※6)厚生労働省HP「職場におけるパワーハラスメントについて」